シンデレラと動物達の音楽隊 7

 しばらくして、買い物に行っていたニワトリさんは両手いっぱいに大きなお米の袋を抱えて帰ってきた。


「ふう、重かった。けど米屋が開いていて良かったよ。これで夕飯は何とかなるね」


 額の汗を拭うニワトリさん。だけど笛吹きさんやロバさんはそんなニワトリさんを冷たい目で見ていた。


「おいニワトリ、これは俺の気のせいだろうか。米しかないように思えるんだが」

「気のせいじゃないよ。何せ私が街に着いた頃にはほとんどの店が閉まっていてね。唯一開いていた米屋にかけ込んで買って来たんだ。こんな重い物を運んだものだから、腰が痛くなっちまったよ」


 ニワトリさんの腰がどの部分を指すのかは分かりにくいけど、きっと笛吹きさん達が問題としているのはそこでは無いだろう。一仕事を終えた様子のニワトリさんに、ロバさんが喰ってかかった。


「そうじゃないだろ。晩飯が米だけってどういう事だ?たしかに飯抜きよりはマシかもしれないけど、おかず無しで米ばっか食えるか!」

「仕方が無いだろう、店が閉まってたんだから。私が悪いんじゃないよ」

「いいや、元はと言えばお前が買い出しに行くのを忘れたからこんな事になったんじゃないか」

「それを言うなら食料のストックを使いきっちまったのは連帯責任だろ」


 ロバさんとニワトリさんはとうとう喧嘩を始めてしまった。明日は音楽祭本番だというのに、こんなことで喧嘩なんてしていて大丈夫だろうか。


「どうする?僕等が家まで戻って食料を持ってくる?」


 エミルはそう言ったけど、私達二人分ならともかく、この人数を賄えるくらいのストックは無かった気がする。そうしている間にもロバさんとニワトリさんの喧嘩はヒートアップしている。


「テメエ、皮を剥いでフライドチキンにしてやろうか!」


 ロバさんがそんな暴言を吐いている。このままでは今にも殴りかかりそうな勢いだ。


「フン、フライドチキンにしたところで、草食動物のアンタは食えはしないよ」

「バカめ、何年一緒にいると思っている。俺は肉だろうと魚だろうと何でも食うぞ。というかお前だってそうだろ。魔力を持った喋る動物は皆、基本人間と同じように雑食なんだ」

「そう言えば……あんた、草食動物のプライドってものが無いのか?」

「無いね。だいたい、今は草食系は弱弱しくて頼りないって言われてるんだ。そんな草食動物、こっちからオサラバしてやるよ。その気になれば壁ドンだってできるぞ」


 ロバさん、途中から話が脱線しています。それにしてもこのまま放っておくわけにも行かない。どうしようかと考えていると、私はある事を思い出した。


「そうだ、ありますよ食料。明日出店で使うつもりだった材料が沢山あるんです」


 私の言葉を聞いて、ロバさんもニワトリさんもピタリと喧嘩を止めた。


「それは本当ですかシンデレラさん」

「はい。一度街まで戻らなければいけないので時間はかかりますが、沢山あるので皆で食べる分は十分にあります」


 とたんにロバさんの顔に笑みが浮かぶ。だけどそれを聞いたエミルが心配そうに聞いてくる。


「でもそれってお店の材料だよね。使って大丈夫なの?」

「平気だよ。私達が食べるくらいなら問題ないし、それにお代はちゃんと頂くから。良いよね、ロバさん」

「構わないよ。こっちとしては大助かりだ」

「それなら早いとこ行った方が良いな。こっちは練習のしすぎでもう腹ぺこだ」


 笛吹きさんが疲れた声を出す。確かに急がないと、辺りはもうすっかり暗くなってしまっている。


「と言うわけで、夜道は危険だから俺が同行しよう」


 そう言って笛吹きさんが私を抱き寄せる。同行してくれるのは良いけど、どうして肩に手を回すのだろう?疑問に思っていると、エミルが笛吹きさんから私を引きはがした。


「ご心配なく。彼女の事は僕が守りますから。貴方はここでゆっくり休んでいて下さい」

「そうはいかないな。君一人じゃ、万が一夜盗にでも遭遇した時が心配だ。音楽祭の観光客を狙う強盗もいるかもしれないしな。俺だったら笛の音色で退ける事が出来る」

「生憎僕も剣の腕には自信があります。貴方は明日演奏するんですよね。少しでも休んでいた方が良いですよ」

「少しくらい大丈夫だって。君の剣の腕を疑うわけじゃないけど、俺の演奏の方が危険は少ないと思うぞ」

「貴方の場合、道に迷って帰れなくなる恐れもありますけど」

「確かに。シンデレラと二人で行方不明になりかねないかもな。けどそれはそれで面白い」

「面白くない!」


 いつの間にか私は二人に左右の手を取られて、両側から引っ張られている。二人とも力を加減してくれているので痛くは無いけど、何だか変な感じだ。


(エミルは笛吹きさんに休んでほしいと思っていて、笛吹きさんも夜道を心配してくれているんだよね。だから喧嘩しているわけじゃ無いはずなのに、やけに空気が重いような……)


 そんな事を考えていると、二人が私を見て言って来た。


「シンデレラ、君はどっちと行きたい?」

「ああ、この王子様にハッキリ言ってやれ」


 本当は三人で行けば良いと思うんだけど、なぜかそれを言ってはいけないような気がする。悩んだ結果、私は答えを口にした。


「それじゃあエミルで。悪いけど、付き合ってもらえるかな」


 とたんにエミルの表情が明るくなった。別に喜ばれるような事はしていないんだけどなあ。すると選ばれなかった笛吹きさんが聞いてきた。


「ちなみに、俺でなくそいつを選んだ理由は?」

「だって、笛吹きさんは明日演奏があるから。やっぱりちゃんと休んでいた方が良いかなって思って」


 すると今度は笛吹きさんが可笑しそうに笑う。え、私何か変な事言った?見るとロバさん達も何やら呆れた目で私を見ている。


「うん、そんな事だろうと思ったよ」


 エミルも何やら納得したように頷いている。どういう事かと聞こうと思ったけど、これ以上遅くなるといけないと急かされ、私とエミルは外に出る。


「もうすっかり真っ暗だね。シンデレラ、足元に気を付けて」


 エミルの右手にあるカンテラの明かりを頼りに進んでいく。確かに暗くて進み辛い。私ははぐれまいと、そっとエミルの左手を取った。


「え、シンデレラ?」


 驚いたようにエミルが振り返る。


「ごめん、はぐれないようにって思ったんだけど、嫌だった?」

「ううん、全然。そうだね、暗くて道が良く分からなくなっているから、手を繋いでいた方が良いかも」


 エミルの承諾を得て、手を繋ぎながら森を進んでいく。そこでふと、さっき動物達の家を出る前に話した事を思い出した。


「エミル、さっき言っていたエミルを選んだ理由なんだけど……」

「ああアレ。良いよ、気を使わなくても。笛吹きを休ませる為だって事は予想付いたし」

「それもあるけど、他にも理由があって。だってエミルじゃないと、こうやって手を繋いだりできないでしょ」

「えっ?」


 エミルが思わず足を止める。

 どうやら驚いているようだけど、私だって女の子なのだ。そんなに親しいわけでもない笛吹きさんと手を繋ぐのにはやはり少し抵抗がある。だけど……


「エミルとなら手を繋げるから。夜道は怖いけど、こうしてエミルと手を繋いでいたら安心できるからエミルと一緒の方が良いなって思ったんだよ」


 何故今になってわざわざこの事をエミルに伝えたかったのか。その理由は自分でもよく分からない。だけど何故かそれからエミルの機嫌が良くなった気がする。

 夜の森はやはり気味が悪いけど、エミルが傍にいると不思議な安心感がある。私達は手を繋いだまま、暗い森を抜けて街へと向かって行くのだった。







 食料を調達した私達が動物達の家に戻ると、そこにはお腹を空かせた皆が待っていた。


「おお、晩飯が帰ってきた」

「イヌ、そこは二人が帰ってきたと言ってあげなよ」


 呆れたようにイヌさんを叱るネコさんにただいまと挨拶をし、台所へと向かう。すると笛吹きさんが私に言ってきた。


「お帰りシンデレラ。君が俺の事を気遣って休むように言ってくれたおかげで、随分と疲れが取れたよ」


 それは良かった。疲れていたら明日の演奏に支障が出たかもしれない。すると笛吹きさんは何故かエミルに目を向ける。するとそれを見たエミルが一言。


「何とでも言いなよ」


 言っている意味はやはりよく分からなかったけど、なんだかエミルは満足げな表情を浮かべている。笛吹きさんは「この短い間に何があった」と首を稼げていたけど、私にもよく分からない。

 まあそれはさておき、まずは晩御飯の準備をしなくちゃ。持って来た食料を台所の台の上に置く。


「お米はもう少ししたら炊きあがるって言ってた。他に必要な物は無い?」

「そうねえ」


 私は少し考える。材料も調味料も持って来たから、これで夕飯は作れる。ただ、一つ贅沢を言えば。


「卵でもあればいいんだけど、無いよね」


 ダメもとでロバさんに聞いてみる。するとやはりロバさんはやはり首を横に振った。


「すみません。卵の一つも残っていないんです。これというのもニワトリのやつが買い出しに行くのを忘れたから」


 するとニワトリさんが甲高い声をあげる。


「男が過ぎた事をいつまでもグチグチ言いなさんな。有るもので何とかするしかないでしょう」

「それはそうだけど、買いに行くのを忘れた本人に言われたくはない」

「ちゃんと米は買ってきただろう。文句を言うならアンタは今夜米を食わせないよ」

「それは困る」


 慌てて謝るロバさん。まあ無いものは仕方が無い。当初の予定通り、今ある材料で作ろう。そう思って調理に取り掛かろうとした時。


「ちょっと待てよ」


 不意に笛吹きさんが何かを思いついたように声を出した。


「アンタが何を作ろうとしているのかは知らないけど、卵があったらより良い物が作れるんだよな」

「より良いものかどうかは分かりませんが、ちょっと思いついた料理があります。ですが、実際卵はありませんから……」


 無理ですと言おうとした時、笛吹きさんの言葉がそれを遮った。


「確かに卵は無い。だけど、卵はいったい何から産まれる?」


 何って……その答えを考えた時、私は笛吹きさんが言わんとしている事が分かった。


「卵は、ニワトリから産まれる」

「そう、その通り」


 笛吹きさんが楽しそうに声をあげる。瞬間、皆の視線がニワトリさんに集まった。


「ちょ、ちょっと皆、いったい何を考えているのさ」


 何ってそりゃあ。ロバさんもイヌさんもネコさんも、皆無言のままネコさんを見つめている。


「俺達、明日演奏だよなあ。できれば力のつく物が食べたいんだけど」

「ああそうだね。新鮮な産み立て卵は栄養が豊富で力が出るって言うから、ぴったりじゃないか」

「普通卵は朝産むものだっていうけど、夜でも産めない事は無いんじゃないか。頑張れ、成せば成るだ」


 皆はそう言ったけど、ニワトリさんにとってはたまったもんじゃ無い。


「冗談じゃないよ。そう簡単に卵なんて産めるか!」

「まあまあそう言わずに」

「明日の演奏を成功させるためなんだから」


 皆がじりじりとニワトリさんに迫って行く。その様子を見ながら、エミルは恐る恐る私に聞いてきた。


「何だか変な流れになっているけど、あれって止めなくて良いの?」

「いまさら私が何か言って止まってくれるかなあ。それに、私自身卵があれば良いなって思っているし」


 我ながらとんでもない事をニワトリさんに求めているという自覚はある。だけど作ってみたいという欲求が、皆を止めなきゃという気持ちを押さえつけている。祈るような眼でこっちを見ているニワトリさんに、私は言葉を投げかけた。


「ごめんなさいニワトリさん。私じゃ皆を止められそうにないの。だけどもし卵を産んでくれたら、その時は腕によりをかけて料理を作るから」

「鬼―!」


 ニワトリさんの悲痛な叫びが響いた。

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