シンデレラと動物達の音楽隊 6
今度ロバさん達の家に行く時はエミルも一緒に行く。
そう約束したものの、それからは中々都合が取れず、ロバさん達の家に行くことが叶ったのは音楽祭の前日だった。
日も落ち始めた夕暮れ時、私とエミルは森の中の獣道を進み、ロバさん達の家へ向かって歩いていた。
「ゴメンねエミル。エミルが行きたがっていたのに、私の都合が合わずに行くのが遅くなって」
「いや、僕は別に行かないなら行かないで構わなかったんだけどね。それはそうと、明日は音楽祭だけど、出店の方は大丈夫なの?」
「そっちは心配しないで。メニューは店長さんからもお墨付きをもらったし、設営ももう終わっているから、後は明日作るだけよ。それより、笛吹きさんも明日は演奏するだろうから、激励してあげないと」
「彼の神経の図太さを考えるとそれこそ心配ないような気もするけどね」
そんな話をしていると、やがて家が見えてきた。そしてその家の方から、風に乗って美しい音色が流れてくる。
「綺麗な音。笛吹きさんが演奏しているのかな」
私がそう言うと、隣でエミルが首をかしげた。
「いや、笛の音以外にも、ヴァイオリンやシンバルの音も聞こえる。動物達も演奏しているのかな。けど、短期間でこんなにも上手くなるものなのかな?」
そう言えばそうだ。私は音楽の事はよく分からないけど、動物達が演奏しているのだとしたら凄い進歩だ。何せ少し前まで騒音としか言いようの無い、酷い演奏をしていたのだから。
家に近づいてみると、庭で笛吹きさんや動物達が演奏しているのが見えた。皆は私達が来た事に気付いていないのか、真剣な表情で演奏を続けている。彼等の演奏は、もう以前のような酷いものでは無かった。見れば木々の間から、リスやウサギといった小動物達が顔を覗かせ、演奏に耳を傾けていた。
やがて演奏はフィナーレを迎え、奏でられていた音が止んだ。
その様子を見た私は、耳に残る余韻に浸りつつも、素敵な演奏をしてくれた皆に拍手を送った。
「皆さん、素敵な演奏でした」
拍手を続けながらそう言うと、私に気づいた笛吹きさんがこっちに目を向けた。
「来てくれたのかシンデレラ。俺達の演奏、気に入ってくれたみたいだね」
笛吹きさんはそう言いながら歩み寄ってくる。すると不意にエミルが私の前に立った。
「大変良い演奏でしたよ。まさかあなたがここまで人に教えるのが上手だったなんて思いませんでした」
エミルがそんな言葉をかける。どうやらエミルもさっきの演奏を気に入ったらしい。私と笛吹きさんの間を遮るように立っているのが少し気になるけど。
「どうだいお嬢さん、君が望むならいつでも極上の演奏を聞かせてやっても良いけど」
笛吹きさんはそう言ってくれたけど、私が返事をする前に間に立つエミルが先に口を開いた。
「それは素敵ですね。できればその時は、彼女の友人である僕もぜひご一緒させてくれませんか」
「君もかい?けど、君は俺を嫌っていたんじゃないかな。そんな奴の演奏を聞いても気分が悪いだけだろう」
「そうでもないですよ。音楽に罪はありませんし。それに、貴方を見ているとどうしても同行したいって思えてくるんですよ」
「それは嬉しい。ライバルと認めてくれたという事かな?」
「それはどうでしょう。放っておけないという事は間違いないでしょうけど」
言っている事は途中からよく分からなくなったけど、二人とも笑っているようだから、仲良くなったって思って良いんだよね。
「それはそうと、今の演奏の凄さは素直に認めますよ。貴方はともかくこの短期間で動物達をここまで上達させるなんて。いったいどんな魔法を使ったんですか?」
エミルがそう言うと、横で話を聞いてきたロバさんが上機嫌で歩み寄ってきた。
「これが我々の真の実力ですよ。今までは充電期間。ちょっと本気を出せばこれくらい簡単ですって。明日の音楽祭で華々しいデビューを飾ってあげますよ」
随分と大きなことを言っている。けど、さっきの演奏を聴いた後だと、その自信にも頷ける。
「あれ、そう言えばロバさん達も音楽祭に出るんですか?」
「はい。笛吹きさんと同じステージに立つつもりです。笛吹きさん、自分のステージに私達も出てもいいと仰ってくれたんですよ」
そうだったんだ。きっと頑張っているロバさん達を見て、ステージに立たせてあげようと思ったのだろう。笛吹きさん、中々良い所がある。と思ったら……
「動物の音楽隊なんて珍しいからな。ステージにあげれば客が増えると思ったんだ」
「そんな理由ですか?」
どうやら賑やかし目的だったらしい。確かに動物達が演奏すればお客は増えるかもしれないけど。
「動物を使って客寄せするって、演奏家として良いの?」
エミルがそう聞くと、笛吹きさんはフフンと鼻を鳴らした。
「何を言ってるんだ。演奏するのが全てじゃないんだよ。音を聞くだけでなく、目で見て楽しませるのも立派なパフォーマンスだ。音楽一本で勝負するって言うのももちろん悪くないが、より面白いステージにするためなら俺は何だってやるぜ」
確かにそれも一つのやり方だろう。私が作る料理だって、味だけでなく形や色で見て楽しませる事だってあるのだ。もちろん味を損なわないという大前提はあるけど。
そう言った意味では笛吹きさんの言うパフォーマンスは間違ってはいない。動物達の楽器の音だって、決して演奏の質を落としているわけでは無いのだ。
「それにしても皆さん、本当に凄く上手になりましたね」
私がそう言うと、今度はイヌさんとニワトリさんが得意気に言う。
「これでもう騒音のような演奏だとは言わせないぞ」
「そうだよ。私達はもう一人前の音楽家なんだから」
しかしネコさんはそんな二人を見ながら、呆れた声を出した。
「何が一人前だよ。笛吹きのドーピングを使っての演奏じゃないか」
「え?」
ドーピングってどういう事?私が思わず声をあげると、イヌさんとニワトリさん。それにロバさんはそろって目をそらした。
「どういう事ですか?まさか何かインチキをする気じゃないでしょうね」
エミルが笛吹きさんを怪しげに見る。
「もしかして、録音した音に合わせて演奏の真似をしているんじゃないですよね。そんなアイドルライブの口パクみたいな事、ブレーメンの音楽祭では許されませんよ」
「そんな事してないって。お前だってさっきの演奏は聞いただろう。あれが録音した音だと思うか?」
「それは……」
エミルが言葉に詰まった。どうやら録音したものではないようだけど、さっきネコさんはドーピングという、あまり良くない言葉を使っていた。それにロバさん達の態度、やはり何かあるとしか思えない。
疑問に思っていると、笛吹きさんが笑いながら言ってきた。
「変に疑いを持たれても困るから、種明かしをしておくよ」
という事は、やっぱり何か仕掛けがあるという事だ。笛吹きさんは誰にも言うなよと前置きした後、私達に語り始めた。
「俺の笛の音は人や動物を操る力がある事は知っているよな」
その問いに私もエミルも頷く。前はその力を使ってネズミを駆除しようとしていたし、私を操った事もある。
「実は自分の演奏をしながら、こいつ等を操っていたんだ。ちゃんとした演奏をするようにな」
「そんな事も出来るんですか?」
「ああ。と言っても、自分の演奏をしながらだと、操れるのは手くらいだがな。それでも上手く合わせれば、ちゃんとした演奏にする事が出来る。操るやつが元々演奏出来た方がやり易いからこいつ等に基礎をきっちり覚えてもらったよ」
基礎を覚えたという事は、ロバさん達も決して遊んでいたわけではないようだ。だけど、それって良いのかなあ?
「エミル、これってインチキにならないの?」
そう聞くと、エミルも難しい顔をする。
「操ったにせよ、動物達が演奏している事に変わりは無いからねえ。それに本人達も同意の上だし、操る分笛吹きの負担は大きくなる。決して楽して演奏しているわけじゃ無いからなあ。何よりこれを規制する決まりなんて無いし、セーフだと思う」
確かにその通りだ。だけど、ロバさん達はこんな演奏で良いの?
「良いんです。当初思い描いていた演奏とは違いますけど、どんな形であれ音楽隊としてステージに上がれる。それなら、これでも良いんじゃないかって思えるんですよ」
ロバさんが思いを噛みしめたように言う。確かに夢がかなう事に変わりは無いのだ。ロバさん達がそれで満足なら、私達がとやかく言う事では無いのかもしれない。
「格好良く言っているところ悪いが、要約するとお前らじゃ実力不足だから俺がフォローしてステージに上げてもらうってだけだってことを忘れるなよ」
「そんな、少しは格好良く決めさせて下さいよ」
笛吹きさんの言葉にロバさんが悲痛な声をあげる。けど、よく考えたらやっぱり笛吹きさんの言う通りだ。
「格好良く決めたいなら死ぬ気になって練習しろ。操られている間とはいえ、お前等はしっかりとした演奏が出来ているんだ。それを体に覚えさせろ。普通はこんな反則技の練習なんて出来ないんだから、これで上手くならなかったら悲しくなるぞ」
「はい、分かりました師匠」
「俺達、まだまだ精進し続けます」
ロバさんとイヌさん、ニワトリさんが揃って頭を下げる。その様子を見ていた私とエミルに、ネコさんがそっと囁いた。
「あいつ等ああ見えて、本当にやる気だけはあるんだよ。最近は毎日朝から晩まで必死に練習してさ」
「そうなんですか。それじゃあ、ネコさんはどうなんです?」
「アタシはあいつ等ほど熱心じゃないね。けど、長い付き合いだ。あいつ等がやる気になっているのなら協力するのはやぶさかじゃないね」
何だかんだ言って、ネコさんも皆の事を放っておけないらしい。
そんな話をしていると、ロバさん達と話をしていた笛吹きさんが声を上げた。
「それじゃあ、今日の練習はここまでだ。明日はいよいよ本番だから、今日はしっかり飯を食ってたっぷり休んで明日に備えろ」
こうしてこの日の練習は終了した。明日の本番、私の出店もそうだけど、彼等の演奏が上手くいくかどうかもとても気になるところだ。
「ところでお二人は夕飯はまだでしょうか?よろしければ家で一緒に食べていきませんか?」
ロバさんがそんな事を言ってきた。とても前に盗みを働こうとした人とは思えない言葉だ。
「良いんですか?前はお金に困ってるって言っていましたけど」
「ええ。貴方達には笛吹き師匠を紹介してくれた恩もありますし。ぜひ食べて言って下さい。ニワトリ、今日はお前が食事当番だったよな。美味いのを頼むぞ」
ロバさんはそう言ったけど、言われたニワトリさんはキョトンとした顔をする。
「え、今日は私の番だったっけ?練習の事ばかり考えていたから忘れていたよ」
「オイオイしっかりしてくれよ。買い出しにはちゃんと行ったんだよな。何しろこの家には食料のストックがもう無いからな」
「え、そうだっけ?」
ニワトリさんがとぼけた声を出す。この様子だとどうやら買い物にも行っていないらしい。するとそれを聞いたイヌさんが悲痛な声をあげる。
「おい、どうするんだよ。今夜は飯抜きか?それじゃあ明日演奏しようにも力がでないぞ」
「そんな事言ったって。それじゃあ今から買ってくるよ」
ニワトリさんはそう言ったけど、日はもう沈みかけている。今から街に行っても、店はもう開いてないかもしれない。
「とにかく行ってみましょう。もしかしたら開いている店があるかもしれません」
「そうだな。とにかく急げ」
笛吹きさんがニワトリさんを急かす。本当はゆっくり休みたいだろうに。ニワトリさんは慌ただしく街へと出かけて行った。
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