シンデレラと動物達の音楽隊 5

 音楽の街、ブレーメン。私達がこの街に来てから三週間が過ぎていた。

 来る時は森で道に迷ったりして大変だったけど、到着してからは街にあるレストランで働かせてもらい、ちゃんと料理の勉強も出来ているので、順調といえる。

 私を雇ってくれたレストランの店長さんは四十代半ばの愛嬌のある笑顔が特徴の優しい男の人で、私が料理修行で旅をしている事を話すとうちの店でよければ大いに働いて、どんどん味を盗んでくれと言ってくれた。

 私はその言葉に甘え、この店独自の味付けやブレーメンの郷土料理を学び、その恩を少しでも返そうと、他のコック達に後れを取らないよう、毎日頑張って働いている。

 この日も私は、朝からレストランの厨房でせっせと動いていた。


「二番テーブルに若鶏のグリル、五番テーブルにクリームシチュー」


 オーダーを受けた私は、せっせと料理を作る。大通りにあるこの店は昼時になるといつも満席になる人気店なので、作る方は大忙しだ。

 けど、私の夢は自分の店を持つこと。もし実際に店を持ったら忙しさは今の比では無いだろう。だからこれくらいで根を上げてはいけない。私は戦場のような厨房の中をせわしなく動き回って行く。

 それにしても、最近はやけにお客さんが多い。働き始めた当初はもう少し少なかった気がするのに。

 そんな事を考えていると、店長さんが声をかけてきた。


「シンデレラ、もう上がりの時間だよ」


 そう言われて時計を見ると、もう交代の時間になっていた。料理を作るのに夢中になっていて、時間を忘れてしまっていたようだ。


「もうこんな時間なんですね。すみません、時計を見るのを忘れていました」

「頑張るのはいいけどほどほどにね。けど、君が来てくれてよかったよ。毎年この時期になるとウチは忙しくなるからね」

「この時期?何かあるんですか?」


 首をかしげながら聞くと、店長さんが驚いたように言った。


「何だ、知らないのか?毎年この時期になるとこの街で音楽祭が開かれるんだよ。町の至る所でステージが設けられ、いろんな音楽隊が演奏する。この町を代表する音楽祭だよ」


 そう言えば、町のあちこちでステージの設営をやっているような。


「それじゃあ、最近お客さんが増えたのって」

「ああ、設営の為に近くの町から人が駆り出されてるから、その人達だよ。音楽祭の当日はもっとすごいぞ。沢山の人が集まって大変な賑わいになる」


 私は音楽祭なんて見たことが無いけど、そんなに凄いの?そんな事を考えていると、店長さんが思いついたように言ってきた。


「そうだ。祭りの当日なんだが、出店をやってみる気は無いかな?」

「出店ですか?」

「そう。当日はいろんな出店が出て、来場者に料理を振舞うんだよ。ウチの店も毎年出しているんだけど、去年まで担当していた人が産休に入っちゃっててね。どうしようかと困っていたんだ」


 確かに産休中なら働けない。けど、この店に入ってから日が浅い私に任せてしまっていいのだろうか?


「あの、私で大丈夫なんでしょうか?出店なんてやった事ありませんし」

「心配ないよ。僕もちゃんと手伝うから、難しい事は無い。君はいつも通り料理を作ってくれていれば良いよ」

「けど、メニューはどうすれば?」

「それも君に任せようかと思ってる。できるだけすぐに作れて、食べやすい料理が良いから、そんな物を考えてほしいんだけど、引き受けてくれないかな?」


 私は少し考える。突然の申し出だけど少し……いや、かなり興味がある内容だ。イベントで出店をするなんて機会はそうそう無いだろう。


「ちゃんとできるかどうかは分かりませんが、任せてくれるのなら精一杯がんばります」

「おお、引き受けてくれるのか」


 店長さんは顔をほころばせる。

 正直、不安が無いと言ったら嘘になるけど、それでもやはりやってみたいという気持ちの方が強かった。


「メニューは考えたら僕に教えてくれるかな。君は各地を回って料理の勉強をしているそうだから、凄いのを期待しているよ」


 店長はハードルが上がるような事を言ってきたけど、それも期待の表れだろうか。だとしたらその期待を裏切らないよう、ぜひとも成功させたい。

 すぐに作れて食べやすく、もちろん美味しい料理。どんな物を作れば良いか思案しながら、私は帰り仕度を始めた。





 ブレーメンの街に来てから私とエミルは、小さなアパートの部屋を二つ借りて寝泊まりしていた。赤ずきんの住んでいる街に滞在した時も部屋を借りていたから、同じような要領で生活は出来る。エミルもあの時と同様に短期の仕事を探しては働いて、庶民としての暮らしを満喫しているようだ。


「こういう生活も中々面白いね。いっそ王子には戻らず、このままこんな生活を続けても良いかも」


 そんなことを言った事もあった。もちろん冗談で言ったのだろうけど、驚いた私は王子じゃなくなっても構わないのと彼に聞いてみた。


「僕は君さえ傍にいてくれたら、王子じゃなくなっても構わないよ」


 その言葉を聞いて、やっぱり冗談で言っているのだと分かりホッとした。面白い返しが出来なかったせいか、エミルは残念そうな表情をしていたけど。

 日々そんなやり取りをしながらも、私とエミルはこの街での生活を仲良く続けている。

 レストランで店長さんから出店をやってみないかと言われた日の夜、私はエミルにその事を話していた。


「音楽祭の出店を任されたって、良かったじゃない」


 エミルはまるで自分の事のように嬉しそうな声を出す。


「ブレーメンの音楽祭と言ったら王都でも有名な、グリム大陸屈指の音楽の祭典だよ。そんなイベントで店を任されるなんて。やっぱりシンデレラは凄いよ」


 恥ずかしながら私はその音楽祭の事をよく知らなかったのだけど。けど、エミルのこの言い方だとやはり大きなイベントだという事は分かる。


「ありがとう、問題はメニューをどうするかなんだけどね」

「カボチャの煮付けは?あれなら温め直せばすぐに食べられるから、作り置きも可能だよ」

「煮付けかあ。問題はあまり知られていないってことね。ぱっと見の花が無いのは分かっているから、初めてみる人が買ってくれるかどうか」


 何せカボチャの煮付けはお城の厨房で作った時はその見た目の地味さから、料理長に食べても貰えなかったという苦い思い出がある。


「そっか。確かに受け入れられるかどうか分からないかも。残念だなあ、僕は結構好きなのに」

「そう言ってくれて嬉しいよ。けどやっぱり別のメニューを考えた方が良いかな。音楽祭には笛吹きさん達も来るって言っていたし、下手な物を作って閑古鳥が鳴いている所を見られたら恥ずかしいしね」

「え?」


 エミルの表情が固まった。


「あの笛吹きが来るの?」

「うん、元々音楽祭目当てでブレーメンに来たって言ってた。あとロバさん達も来るって言っていたよ。ロバさん達、あれから皆頑張って演奏の練習をしているんだって」

「そうなんだ。って、どうしてシンデレラがそんな事を知っているの?」

「今日聞いたの。ロバさん達の家に顔を出したら笛吹きさんもいて、当日はお店の様子も見に来るって言ってくれたわ」

「ちょっと待って。君、あの動物達の家に行ったり、笛吹きと会ったりしているの?」


 あれ、言っていなかったっけ?私は音楽隊として成功したいと言っていたロバさん達の事が気になって、たまに森まで様子を見に行っているのだ。今日も仕事が終わった後に伺って、音楽祭の話をしてきたばかりなのだ。


「あと、笛吹きさんはよくレストランにお昼を食べに来てるよ」

「笛吹き、よくレストランに来るの?それに、動物達の家でも何度か会っているんだよね」

「うん。笛吹きさん、あれから動物達の家に住み込みで演奏を教えているからね。笛吹きさんって笛を吹くだけじゃなく、教えるのも上手なんだね。ロバさん達の演奏もだんだん上手になってきてて、ビックリしちゃった」


 笛吹きさんは最初、演奏を教える事に乗り気じゃない様子だったけど、いざ教え始めたら中々熱心に指導しているようだ。意外と責任感の強い人なのかもしれない。

 そこでふと話を聞いてきたエミルが何故か浮かない顔をしているのに気がついた。


「どうしたのエミル?私、何か変な事言った?」

「シンデレラ、店に笛吹きが来るのは仕方が無いにしても、動物達の家に行くのは控えた方が良いんじゃないかなあ。危険な気がする」

「危険?たしかにあの家は森の中にあるからけど、そう深い場所にあるわけでもないし、そんなに危険じゃないと思うよ」


 木が覆い茂っていて薄暗いけど、道を覚えたから迷う心配は無い。それに、危険な獣が出るという話も聞かない。


「心配してくれてありがとう。でももう何度か行っているから平気だよ。いつかみたいにオオカミが出る事も無いだろうし」

「いや、僕が心配なのは笛吹きさんと言うオオカミなんだけどね」

「え?笛吹きさんは人間だよ」


 まさか魔法で人間に化けているわけでもないだろう。するとエミルは少し言い難そうに言ってきた。


「ねえ、次から動物達の家に行く時は僕も一緒に行って良いかな。やっぱり少し心配だから」

「エミルも?でも、エミルは笛吹きさんと顔を合わせたくないんじゃ……」

「そんな事……無いとは言えないけど、喧嘩はしないようにする。ああ……でも、ついて行ったら君が迷惑かな。僕とはいつも顔を合わせているわけだし、一人で出かけたい時だってあるよね」

「ううん、迷惑なんかじゃないよ」


 私は慌てて首を横に振る。


「エミルが心配してくれて、とっても嬉しいよ。今度行く時は声をかけるから、一緒に行こう」

「シンデレラ……分かった。君が行く時は、仕事をサボってでも駆けつけるよ」

「いや、仕事をサボるのは良くないよ。そこはちゃんと終わってから行こう」

「確かに。ゴメン、ちょっと取り乱してた」


 エミルが照れたように視線を逸らす。しばらくそうした後、ふと思い出したように聞いてきた。


「そう言えば、笛吹きから変な事を言われたりはして無い?」

「変な事?特にないと思うけど……」


 私は笛吹きさんがレストランを訪れた時の事や、ロバさん達の家で話をした時の事を思い出す。


「やっぱり無いかな。世間話をしただけだよ」

「そっか、良かった」


 エミルはなぜかほっと胸をなで下ろす。


「私くらいの女の子の結婚願望について聞かれたり、音楽家と交際するのは有りかどうか聞かれたりしたかな。笛吹きさん、気になる女の子でもいるのかも。よくそんな話をしてくるよ」

「前言撤回!やっぱり心配だよ」


 エミルが悲痛な声が部屋の中に響いた。

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