シンデレラと動物達の音楽隊 4
昨夜と同じように、私達はリビングのテーブルについて朝食をとっている。パンと果物という簡単なものだけど、皆美味しそうに食べていた。いや、ただ一人エミルは不機嫌そうな目をしている。そしてその視線の先には……
「いやー、道に迷って腹が減って、おまけに耳障最悪な騒音まで聞こえてきたと思ったら、まさかこうして飯にありつけるなんてな。まさに地獄に仏だ」
昨夜とは違い、食卓には笛吹きさんの姿もある。動物さん達の演奏に文句を言いに来た彼だったけど、話を聞くと旅の途中で道に迷って森をさ迷っていたのだそうだ。そういえばこの笛吹さん、方向音痴だったっけ。
ハーメルンの街で彼とは色々あったけど、お腹を空かせているとなると放ってはおけず、こうして一緒に朝食をとっているのだ。
「まさかこの笛吹きさんが二人の友達だったなんて。世間は狭いですねえ」
「友達じゃないよ。不本意な事に顔見知りではあるけど」
ロバさんの言葉にエミルがそう返した。そして続けて笛吹きさんに目を向ける。
「朝食がすんだならさっさと出て行ったら」
「ちょっとエミル」
露骨に笛吹きさんの事を嫌うエミルを、私は慌てて抑えた。
「ダメよそんな言い方しちゃ。笛吹さんだって困ってるんだよ」
「それはそうかもしれないけど……シンデレラ、君も以前彼に何をされたか忘れたわけじゃ無いでしょ」
「それは……」
忘れるわけが無い。以前ハーメルンの街で彼がやるはずだったネズミの駆除を私達が先にしてしまったものだから、商売を台無しにされた笛吹さんは怒って、私を笛の音で操ろうとしたのだ。でも……
「あの時の笛吹きさんはきっと本気じゃなかったのよ。だって簡単に術が解けちゃったじゃない」
あの時はエミルの機転で笛の音から逃れる事が出来たけど、人を操るような術が容易く溶けるとは思えない。だから笛吹きさんは私の事をちょっと怖がらせようとしただけなのではないかと考えている。
「だからと言って、やった事はどうかと思うよ。彼は信用できない」
「おいおい、酷いなあ」
私達の話を聞いていた笛吹きさんが心外だと言わんばかりに弁解を始める。
「そのお嬢ちゃんの言ったとおり、あの時はちょっとふざけただけだって。アンタ、俺がそんなに悪い奴に見える?」
「見える」
きっぱりと断言した。すると何を思ったのか、笛吹きさんは不意に私の手を取った。
「人を信用しないなんて、冷たい奴だ。お嬢ちゃん、こんな奴との旅なんてやめて、俺と一緒に旅をしない。きっと楽しい旅になるよ」
「えっ?ちょっと、やめてください。困ります」
冗談だって事は分かっているけど、それでもそんな事を言われたら反応に困るよ。手を振りほどこうとしたけど、強く掴まれていてそれが叶わない。するとそれを見ていたエミルが席を立ち、こっちに寄って来た。そして。
ビシュッ!
エミルの鋭い手刀が、私の手を握る笛吹きさんの手を直撃した。よほど痛かったのか、笛吹さんは慌てて手を引っ込める。
「痛えなあ、いきなり暴力かよ。耳だけじゃなく手だって大事な商売道具なんだぞ」
「これでも十分手加減した方だよ。本当なら剣でその手を斬り落としたかったくらいだ。もし斬ったらシンデレラに返り血が飛ぶからやめたけど」
いや、返り血が飛ぶのは確かに嫌だけど、もっと他に色々と間違っているから。するとそれを聞いた笛吹さんがクククと笑いを浮かべる。
「物騒な事を言うねえ。それは俺の手があるうちに、笛の音でお前さんを操ってしまった方が良いと暗に言っているのかい?」
「まさか、僕は貴方と事を構える気はありませんよ。シンデレラに妙なちょっかいさえ出さなければですけどね」
「ちょっと、二人とも少し落ち着いて」
仲裁に入ろうとした私の腕を、笛吹さんがまたも掴んでグイッと引き寄せた。
「ちょっかいって言うのはこういう事かい?」
「分かっているのなら話が早いです。ちょっと剣を取ってくるので待っていてください。ですがその前に、シンデレラを放してもらいますよ」
そう言って今度はエミルが私を引き寄せる。どうしてこんな事になってしまったのかと混乱する私をよそに、二人はバチバチと火花を散らしている。
助けを求めようとロバさん達の方を見たけど、彼等も呆気に取られている。ただ一人ネコさんだけが面白そうに「アンタも罪造りな女だねえ」と、よく分からないことを言っていた。
そんなネコさんの言葉や首をかしげる私も目に入らないように睨み合う二人。以前もそうだったけど、何だかこの二人は会うたびに仲が悪くなっている気がする。それにしても、エミルがこんなに不機嫌になるなんて。エミルにはちょっと悪いけど、普段見ない彼の一面を見られた事が、私は少し面白かった。
けど、いくら面白いからと言って、二人をこのままにしておくわけにはいかない。睨み合うエミルと笛吹きさん。そんな緊迫した空気に耐えられなくなったのか、ロバさんが話を変えようと口を開いた。
「あのー、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何?」
「何だ?」
エミルと笛吹さきんがそろってロバさんの方を向く。二人の鋭い視線に少し圧倒されたようだったけど、ロバさんは恐る恐る言葉を続けた。
「こんな時に何ですが二人とも。先ほど我々の演奏の事をボロクソに言っていましたよね。それならどこをどうすれば良くなるのでしょうか?教えて頂けたら嬉しいのですが」
ロバさんがしてきたのは、思い出したくもない先ほどの演奏の話だった。いや、どうすればって言われても。私は音楽の事なんてよく分からないけど、そもそもあれを良くする方法なんてあるの?横を見ると、エミルも笛吹きさんも揃ってため息をついている。
「アレはもうどうしようもないんじゃないか」
「どこを直せとか言うレベルの問題じゃないよ。いったいどんな練習をしてきたらあんな演奏になるわけ?」
二人ともズバズバ言っていく。まあここで変な気遣いをしてもロバさんたちの為にもならないだろうけど。するとここで、今まで成り行きを見守っていた猫さんが口を開いた。
「アンタ等がそう言うのも無理ないだろうね。何せアタシ達、音楽の基礎も知らないような素人集団なんだから」
「基礎を知らない?」
笛吹きさんが驚きの声を上げる。基礎を知らないってことは、ちゃんとした演奏なんてできるわけないよね。私もエミルも訝し気にネコさんを見る。
「いったいどういう事なの?」
「そのまんまの意味さ。音楽で一旗あげたいなんて言って出てきたは良いけど、泥棒をだまして大金を手に入れただろう。それから今までの間、楽器は買っても誰かに教わったりはしなかったんだよ。今はまだ充電期間だとか言って、最近じゃ触ってもいなかったね」
「そう言えば、僕がヴァイオリンを見つけた時は埃かぶっていたっけ。高価な物なのに、手入れをサボっちゃ楽器が可哀想だよ」
「面目次第もございません」
頭を下げるロバさん。エミルはフウッと息をつくと、ロバさんを慰めるように柔らかな表情で言った。
「まあ本当に音楽をやりたいのなら、これから真剣に練習することだね。そうすれば上手くなるかもしれないよ。全くの初心者なら、まだ伸びしろもあるだろうし」
それはエミルにとって最大限の慰めだったのだろう。だけどロバさんはそれを聞いて驚愕の表情を見せる。
「そんな、我々はすぐにでも音楽で稼がなきゃいけないんですよ。練習する暇なんてありませんよ」
「まだそんな事を言ってるの?」
呆れる私とエミルをよそに、イヌさんやニワトリさんも吠える。
「こっちには時間が無いんだ。手っ取り早く上手くなる方法なんてないか?だいたい練習をしようにもどうすればいいのか分からない。せめて腕の良くて教えるのが上手な師匠でもいればなあ」
「そうだアンタ、ヴァイオリンの弾き方を教えておくれよ。アンタの腕なら教えるのなんて簡単だろ」
二人はそんな事を言ってきた。確かにエミルの演奏は上手だったけど。しかしエミルは首を横に振った。
「僕は弾けることは弾けますけど、それでも誰かに教えられるようなレベルではありません。習うならもっとちゃんとした人に……」
不意にエミルの目が留まった。そしてその視線の先には笛吹きさんが座っている。
「何だ、俺がどうかしたか?」
笛吹きさんは嫌そうな顔をしている。私もエミルが何を考えているかが何となくわかる。次の瞬間、エミルは笛吹きさんの肩にポンと手を置いた。
「僕たちは先を急ぐので、この動物達の音楽隊の事は貴方にお任せします」
「ちょっと待て、それはどういう了見だ!」
笛吹きさんが慌てた声を出す。しかしエミルはそれを無視して話を進めようとする。
「皆さん、この笛吹きさんはプロの音楽家です。プロですよプロ。きっと僕なんかとは比べ物にならないくらいに音楽のセンスが抜群で、教え方も上手なはずです。教わるなら彼の方が良いでしょう」
「お前、体よく厄介払いしようとしているだろう。まあ、お前より俺の方が何倍も音楽のセンスがあるのは間違いないけどな」
妙なプライドを出した笛吹きさんの言葉に、エミルはちょっとだけムッとしたようだ。けど笛吹きさんはそれには構わず、動物さん達と向き合った。
「貴方、プロの音楽家なんですか?」
「ぜひとも我々に楽器の演奏の仕方を教えて下さい!」
「断る!」
笛吹きさんの無慈悲な言葉に、ロバさんと犬さんがそろって膝をつく。
「何で俺がお前等の練習に付き合わなければならない。金を払うなら教えてやらんことも無いが、お前ら払えるのか?」
「そ、それは……」
いくら要求するつもりかは分からないけど、払うのは難しいかもしれない。何せ動物さん達は昨日お金に困って私達から盗もうとしたくらいなのだ。動物さんたちの様子を見た笛吹きさんはそれを悟ったのか、彼らに背を向けた。
「払えないんだったらこの話は無しだな」
「そんなあ!」
悲痛な声が家の中に響く。何だか可哀そうになってきた私は、思わず吹きさんに言った。
「少しだけでも良いので、彼等に教えて頂けないでしょうか。皆さん、本当に困っているんです」
そりゃあ少し習ったくらいで稼げるくらいに上手くなれるなんて私も思ってはいない。だけど、こうまで本気になった彼等を見捨てるというのは心が痛む。
「アンタ、相変わらずのお人好しだな。別にこいつ等がどうなろうが、アンタが困るわけじゃ無いだろう」
「それはそうですけど」
「だったら余計な事に首を突っ込まないことだ。じゃあな、朝飯、美味かったぜ」
そう言って笛吹きさんは家を出て行こうとする。だけど笛吹きさんのその言葉を聞いた時、私はある事を閃いた。
「ああー!」
「シンデレラ、どうしたの?」
思わず大声を上げた私を、エミルが驚いて見る。笛吹きさんも足を止めてこちらを振り返っている。私はそんな笛吹きさんに、ずかずかと歩み寄って行った。
「笛吹きさん、さっき何て言いましたか?」
「何って、余計な事に首を突っ込むなって……」
「その後です!」
笛吹さんは少し考えた後、思い出したように答えた。
「朝飯が美味かったって言ったかな」
「はいそうです。朝ご飯、食べましたよね」
にんまりと笑う私を見て、笛吹きさんの顔が引きつる。どうやら何を言わんとしているか察したらしい。
「朝ご飯、食べましたよね。つまり笛吹きさんは一飯の恩があるというわけですね」
「それはそうだが……恩があるのはアンタにだ。こいつ等じゃない」
「ですが私は、この動物さん達に一宿の恩があるんです。ですからここは一つ、私の代わりに彼等に恩を返すというのでどうでしょうか」
そう言った途端、ロバさんたちの目の色が変わった。
「それは良い、ぜひとも恩を返してくれ」
「我々は昨夜、その嬢ちゃんたちを一晩泊めたぞ」
「宿代は頂いたけどね。それも全額返金するから、助けると思って音楽を教えてくれ」
思い思いの言葉を口にする動物さん達。そこにさらにエミルがダメ押しの言葉を投げかける。
「貴方、さっき出て行こうとしてましたけど、森を抜ける方法は知っているんですか?彼らに聞けば分かるでしょうけど、そうすると恩がまた増えますね」
「その手に乗るか、適当に歩いていれば街道に出るだろう」
「本当にそう思いますか?食糧が尽きて困るくらいに迷っていた貴方が、本当に森を抜けられます?」
ぐうの音も出ないとはこのことだろう。笛吹きさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていたけど、やがて諦めたように小さく言った。
「楽器の弾き方を教えますから、街までの道をオシエテクダサイ」
ついに折れた。ロバさん達は肩を抱き合って喜び合う。それに引き換え、笛吹さんはがっくりと肩を落としている。それを見た私は、隣に立つエミルに囁いた。
「ちょっと強引だったかな。後で謝っておかなきゃ」
「別に良いんじゃないの。彼にはハーメルンの街での前科があるんだから、それをチャラにしてあげたと思えば」
笛吹きさんを気遣おうとする私の横で、エミルがそんな事を言った。まあそれもそうかもね。
かくして動物さん達は笛吹さんに音楽を教えてもらえる事となった。またサボったりしないかがちょっと心配だったけど、とりあえず頑張ってみてね。
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