シンデレラと動物達の音楽隊 3

 窓から明るい日差しが差し込んでいる。朝の眩い光の中、私はベッドから身を起こす。


「おや、起きたのかい。昨夜はよく眠っていたみたいだね」


 隣で眠っていたネコさんがそう言ってきた。

 昨夜動物達の家に泊まる事になり、夕飯の後に私は二階にあるネコさんやニワトリさんの部屋で、エミルはロバさんとイヌさんの部屋で眠る事にした。

 歩き疲れていたせいかベッドに入った私はあっという間に眠ってしまい、気がつけばもう朝になってしまっていた。


「おはようございますネコさん。今何時でしょうか?ちょっと寝坊してしまったかもしれません」

「まだ七時くらいだよ。だいぶ疲れていたみたいだから、もうちょっとゆっくり休んでも良いんじゃないか?ほら、そこのニワトリなんてまだ眠っているよ」


 見るとニワトリさんはすやすやと寝息を立てていた。昨夜は途中まで私の事を怖がっていたニワトリさんだけど、夕飯に作ったスパゲティを食べた後はすっかり警戒を解いてくれた。


「こいつときたらニワトリのクセに家で一番の寝坊助だから困るよ。アタシなんて毎朝五時には起きているって言うのに」


 それは随分と早起きのネコさんだ。ネコはよく眠っている印象があったからちょっと驚いてしまった。


「ネコさんは二時間も前に起きてたんですね。ちょっと待って下さいね。今朝ご飯の用意をしますから」

「用意って、分かっているのかい。アンタは金を払って止まっている客なんだよ。そんなアンタがアタシ達の朝食まで用意するって言うのかい?」


 そう言えばちょっと変かも。家にいた時は朝食を作るのなんて当たり前だと思っていたからつい癖で言ってしまっていた。今まで宿屋に泊まった時もつい同じような事を言ってしまったことがあったので、どれだけ旅を続けてもこの癖は直らないのかもしれない。


「まあ料理は好きですから、やっぱり朝食は用意しますね」

「そりゃあアタシ等としてはありがたいけど、そんな風に人が良いと、いつか優しさに付け込んだ詐欺師にでも引っ掛かるよ」

「肝に免じておきます」


 そう返した時、ふと綺麗な音色が耳に届いた。


「何の音だろう?」


 よく耳を澄ましてみると、聞こえてきたのは弦楽器の、おそらくはヴァイオリンの音だった。


「珍しい、この音はヴァイオリンかい?」


 ネコさんも私と同じように耳をすませている。すると今まで眠っていたニワトリさんもむくりと身を起こした。


「なんだか妙な音がするねえ。ロバかイヌかが楽器でも弾いているのかい?」

「え、楽器はもう弾いていないんじゃ?」


 昨夜皆は音楽をやりたいからブレーメンを目指したと言っていたけど、結局遊んでばかりだったはずだ。


「確かに最近は練習はサボってばっかりでロクに触ってもいないけど、ロバか犬かが引っ張り出してきたのかな?それにしても綺麗な音を出すねえ。アイツらってこんなに弾けたっけ?」


 音はどうやら家の庭から聞こえているようだ。部屋の窓を開けると風に乗って心地良い音色が聞こえてくる。庭に目をやるとそこには音色に耳を傾けるロバさんとイヌさん、それに優雅にヴァイオリンを弾くエミルの姿があった。


「エミル、ヴァイオリンなんて弾けたんだ」


 エミルは慣れた手付きで演奏をしていたけど、私達に気づくと弾くのをやめて手を振ってくれた。


「おはようシンデレラ。ヴァイオリンの音、五月蠅くて起こしちゃった?」

「ううん、とってもいい音色だったよ。ヴァイオリン得意なんだね」

「芸術面にも精通していた方が良いって勉強させられていたから、たしなむ程度には引けるかな。久しぶりだったからあまり上手くは無いけど」

「そんなこと無いよ。ちょっと待ってて、今行くから」


 私は窓を閉じると、部屋を出て階段を降りる。ネコさんやニワトリさんも後ろからついてくる。

 庭に出るとヴァイオリンを持ったエミルが迎えてくれた。


「おはようエミル。さっきのヴァイオリン、とても素敵だったわ」

「ありがとう。ロバさん達の部屋にあったヴァイオリンを見つけて、つい弾いてみたくなってね。頼んで貸してもらったんだ」

「この兄ちゃん、なかなか筋が良いな。弟子にしたいくらいだ」


 ロバさんがそう言うと、ネコさんがジトっとした目を向ける。


「何が弟子だい。こっちの色男の方がアンタより全然うまいじゃないか」

「なにおう。そんな風に言うんだったら俺の演奏を見せてやる」


 ロバさんはエミルからヴァイオリンを貰って弾き始めた。が……


 ギギ―――ッ!バギ―――ッ!


 ロバさんの演奏はあまり……と言うか全然上手くなかった。もっと率直に言えばヘタと言う事だ。正直これは長い時間聞きたくない。

 すると同じことを思ったのか、ニワトリさんがコケコッコ―と一鳴きして、演奏を中断させた。


「おいロバ!なんて演奏をするんだアンタは。前はもっとマシだったはずだろう」


 ニワトリさんにそう言われて、ロバさんはシュンとする。


「だって、もう長い間ヴァイオリンに触れてもいなかったし」

「そうだったね。まあ私も楽器を買ってすぐに弾かなくなったんだから大きなことは言えないけど、それにしたって今のは酷いよ。アンタそれでも元プロ志望かい?」


 ニワトリさんの言葉にロバさんはションボリとする。なんだか見ていて可哀想だ。


「そんなに落ち込まないで下さい。少しづつでも練習すればそのうちきっと上手くなりますよ」


 元気づけようと思ってそう言ったのだけど、なぜかロバさんは首を横に振った。


「いや、そのうちなんて悠長な事を言っている場合では無い。俺は一日でも早く上手くなって、音楽で一花咲かせるんだ」

「え?音楽はやめたんじゃなかったんですか?」

「俺もそのつもりだった。だけど、久しぶりにこのヴァイオリンを握って思ったんだ。俺にはやはり音楽の道しかないと。ちょうど生活費も無くなってきた事だし、音楽で一山当てるんだ」

「いや、そこは真面目に働こうよ」


 エミルがそう突っ込むも、ロバさんの目は本気だ。


「いいや、真面目に働くなんてまっぴらゴメンだ。俺は好きな音楽をやって食べていくのが夢だったって事を今思い出したんだ」

「あの腕で?それはやめておいた方が良いんじゃない?」


 エミルの言う事はもっともだ。あの演奏ではとてもお金を稼ぐことなんて出来ないだろう。でも……


「エミル、そんな事言わないであげて」

「え、急にどうしたのシンデレラ?」


 エミルが困惑した顔で私を見る。たしかにエミルの言いたい事は分かるし、正しいのはエミルの方だろう。けど、私はロバさんの音楽をやりたいという気持ちを無下にしたくは無かった。


「だって、昨日まで犯罪にも手を染めようとしていたロバさんが、やりたい事を見つけたんだよ。それに、私にも料理人になりたいって言う夢があるから、ロバさんの気持ちが何となくわかるの」

「それはそうだけど。もっと現実を見なきゃ。音楽をするなとは言わないけど、せめて仕事はちゃんと見つけないと」

「他の事にうつつを抜かしながらの練習で、上手くなると思っているのか!」


 ロバさんの声が響く。


「確かにそうかもしれないけど……ああ、こんな面倒な事になるならヴァイオリンを弾きたいなんて言わなきゃよかった」


 エミルは一人頭を抱えている。正直私も働いた方が良いとは思うけど、ロバさんの熱意に水を差したくも無い。そしてさっきのロバさんの熱弁に心を動かされたのがイヌさんだった。


「そうだよなあ。俺達は元々音楽をやりたかったんだよな。よし、俺も今日から音楽を再開するぞ」


 さらにニワトリさんも興奮気味に言う。


「私も久々にフルートが弾きたくなったよ。またみんなで昔みたいに演奏しようじゃないか。目指すは武道館だ!」


 なんだか皆ノリノリだ。その様子を見ていると、なんだか私まで胸が熱くなってくる。


「そうです、夢は大きく持ちましょう」

「シンデレラ、君まで何を言っているの?」


 エミルがそう言うと、ネコさんがそんなエミルの肩をぽんと叩いた。


「こりゃあ何を言ってもまともに聞いてくれそうにないね。しばらく放っておいた方が良いよ。なあに、しばらくしたら興奮も冷めるって」

「ネコさん……まともに話が通じる人がいて良かった」

「こいつ等の悪ノリは慣れているからね。今日はそれにシンデレラが加わっただけの話さ」


 エミルとネコさんが話していると、イヌさんが皆の楽器を用意し始めた。


「今日は俺達の再スタートだ。ネコ、お前も楽器を持て。久しぶりに皆で合わせて演奏してみるぞ」


 そう言ってイヌさんはピッコロを手に取り、ネコさんにシンバルを渡す。


「やれやれ。それじゃあちょっと付き合うとするか」


 ネコさんもシンバルを構える。動物さん達の音楽隊がここで再スタートした。ヴァイオリンを構えたロバさんが号令を掛ける。


「それじゃあ合わせるぞ。せーの……」


 ……その後の事はあまりよく覚えていない。ロバさんのヴァイオリンのソロ演奏はまだ何とか聞く事は出来たけど、皆で合わせた演奏は聞くに絶えないものだった。

 森にすむ鳥達は慌てて空へと逃げまとい、リスやイタチといった小動物も我先にと駆け出す始末。長い演奏が終わった後、動物さん達の家の周りは、森の中だというのに他の動物はいないのではないかというくらい、生命を感じさせない空間になっていた。

 ようやく音から解放された私に、同じく演奏という名の拷問を受けていたエミルが弱弱しく話しかけてきた。


「……シンデレラ、これでも彼等に水をささない方が良い?」

「……ゴメン、私が悪かったわ」


 まさかこんなにも酷いものだったなんて。そんな私達の心情など分からないように、演奏していたロバさん達はなぜか満足げな表情を浮かべている。


「どうでしたか、我々の演奏は」

「正直、もう二度と聞きたくないです。ジャイアンリサイタルのようでした」

「そ、そんな」


 ショックを受けるロバさん。だって本当に聞きたくないんだもの。そう続けようとした時、すぐ後ろの茂みから物音がした。


「コラー!さっきの騒音の原因は貴様らか―!」


 そう声が響いたかと思うと、茂みから派手な服装の一人の男が飛び出してきた。


(え、あの人って)


 男はズカズカとロバさんに詰め寄る。だけどそのロバさんはいたって呑気な顔をしている。


「我々の演奏を聞いてくれたのですね。お気に召していただけましたか?」

「ふざけるな!耳が壊れるかと思ったぞ。俺にとって耳は大事な商売道具だ。お前等の地獄のような演奏のせいで使い物にならなくなったらどうしてくれるんだ」

「地獄のようなって、何もそこまで言わなくても」


 ロバさんはへなへなと座り込む。だけど私もそれをフォローする気にはなれない。それはさておき、私はどうも気になる事がある。

 様子を伺っていると、男は不意にこっちを振り返った。


「あんた等もさっきの騒音を聞いていたんだろう。こいつ等に何か一言言ってや、れ…よ……」


 男の言葉が詰まった。私も言葉を失い、男と見つめ合うように硬直する。すると、そんな私達の間にエミルが割って入った。


「どうして貴方がここにいるんですか?」


 エミルはそう言って男をキッと睨みつける。

 その視線の先にあるのは初めて見る顔では無い。その派手な服を着た男は、いつかハーメルンの街で出会った笛吹きさんだったのだ。

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