シンデレラと動物達の音楽隊 2

 さっきまでお化けと名乗っていたのはこのニワトリだったのだろうか。そう言えば話している時聞こえた変な声も、ニワトリの鳴き声に似ていたような気がする。疑問に思っていると、ニワトリは弱弱しい声で喋り始めた。


「お、脅かしてしまってゴメンなさい。お願いですから食べるのだけは…ご、御勘弁下さい」


 声が震えている。それを見て可哀そうに思ったのか、エミルが優しく声を掛ける。


「僕達はそっちが何もしてこないなら、あなたに危害を加える気はありませんよ」

「嘘だ、そっちのお嬢さんはさっき私をフライドチキンにするって言っていたじゃないか」

「え?たしかにフライドチキンを作りたいとは言ったけど」


 だからと言ってこのニワトリさんを食べようという気は無い。慌てて疑いを晴らそうとしたけど、ニワトリさんは聞く耳を持ってくれない。


「騙されないぞ。アンタは私を絞め殺して皮をはいだ後、油の中に落としてフライドチキンにするつもりなんだろ」


 そんなつもりはないのに、酷い誤解だ。


「そんなことしません。私は油に落とす前にちゃんと下味を付けます!」

「やっぱり食べる気だ!」


 いや、さっきのは調理の手順が間違っていたから指摘しただけで、本当にニワトリさんを食べる気はないんだけどな。


「シンデレラ、君は少し黙っていようね」


 見かねたエミルが私を制した。もしかして、エミルも私がニワトリさんを食べようとしていると誤解しているんじゃ。だとしたらショックだ。


「別にそうは思ってないよ。そもそも、先にフライドチキンの話題を出したのは僕だしね。会話の中でお化けの正体が喋るニワトリだって気づいたから脅かすつもりで言ったんだけど、君が本格的な調理法を語り出したのは誤算だったな。こうまで怯えられたら話も出来ないよ」


 それって、やっぱり私のせい?自責の念にかられていると、不意にエミルが家中に響く大きな声を出した。


「他にも誰かいるんでしょ。僕等は本当にあなた達に危害を加える気はありません。顔を見せて話をさせてくれませんか」


 ニワトリさん以外にも誰かいるの?そう言えばさっき聞こえてきた声は明らかに一人の人の物では無かった。慌てて辺りを見回すと、二階に続く階段の上から、何かが顔をのぞかせていた。あれは……


「ロバ?」


 そこにいたのは一人のロバだった。さらによく見ると、ロバの後ろからイヌも顔をのぞかせている。

 ロバとイヌに気を取られていると、今度は玄関の方から声が聞こえてきた。


「やれやれ、こうなったら仕方が無い、ちゃんと顔を出すとしよう」


 そう声がしたかと思うと不意に下駄箱が開き、中から一人のネコが顔を出した。

 いったいいつから下駄箱の中にいたのだろう。もしかして私達が入ってくる時に玄関の戸を開けたのはこのネコさんで、それからずっと中に隠れていたのかもしれない。


「ロバにイヌにネコにニワトリ。他には誰かいる?」


 エミルがそう聞くと、二階から下りてきたロバさんがそれに答えた。


「いいえ、これで全部です。我々は四人でこの家で暮らしています」

「全員喋る事は出来るんですね。けど、住んでいるのはあなた達だけ?人間はいないの?」


 そう言ったとたん、ロバさんは嫌そうな顔をする。


「人間なんていませんよ。人間は、俺達を虐げるだけですから」


 ロバさんがそう言ったとたん、イヌさんやネコさんも声を荒立て始めた。


「そうだそうだ。人間はいつも俺達に意地悪ばかりするんだ」

「まったく、私達が何をしたって言うんだい」

「そうだそうだ。人間は理不尽で酷いやつばかりだ」


 いつの間にかニワトリさんまで元気になって人間を非難している。するとその様子を見たエミルが呆れたように言った。


「貴方達ねえ。人間を悪く言うのはいいけど、自分達がした事分かってる?僕等からお金を巻き上げようとしてたよね」

「そ、それは……」


 とたんに声が弱くなる。だけどエミルは容赦なく続ける。


「貴方達がやろうとしたのは強盗ですよ。それならたとえ動物といえども処罰を受けなければなりません。分かりますよね」

「そ、そんな……どうか役人に知らせるのだけは勘弁して下さい」

「お願いします。フライドチキンにされるなんて御免です」


 だからしないってば。だけどこの人達、もとい動物達を見ていると、ちょっと可哀そうに思えてしまう。そりゃあ確かにお金を奪おうとした事は腹が立つけど。


「エミル、被害も無かった事だし、許してあげない?」

「そうだね。けど、どうしてこんな事をしたか、事情は聞かせてもらうよ」

「本当ですか、見逃してくれるんですか?」


 とたんにロバさんが嬉しそうな声を出す。それを見てエミルは続けて言った。


「あと、町に出るための道も教えてくれないかな、タダで。もちろん嫌とは言わないよね」


 エミルがにっこりと笑い、それを見たロバさんの顔が引きつる。半ば脅しが入っているような気もしたけど、道を教えてもらえない事には身動きもとれない。私はエミルの交渉を見守る事にした。





 私とエミルはリビングの長テーブルにつき、向かい合う形でロバさん達四人の動物が座る。それにしても、一度にこんなにも喋る動物と出会うだなんて、城下町にいたころには考えられなかったことだ。

 感心していると、隣に座っているエミルが話を切り出した。


「まず、どうして貴方達はお化けのフリをしてお金を盗ろうとしたの?」

「それは、そうしないと生活するだけのお金が無くて。つい出来心だったんです」


 ロバさんが弱弱しい声で言う。すると今度はイヌさんが口を開いた。


「俺達は元々、人間の下で働いていたんだ。ロバは荷運び、俺は番犬と言う風に、それぞれちゃんと仕事していた。だけど、人間は俺達に酷い扱いをするようになっていったんだ」

「酷い扱いって?」


 私がそう聞くと、ネコさんが溜息をつきながら話し始める。


「ロバはとても持てないような重い荷を無理やり運ばされたり、アタシはネズミを駆らないとご飯抜きなんてこともあったね。けど、私達はもう皆いい歳なんだ。いつまでも若い頃みたいに物を運んだりネズミを追いかけたりできるわけじゃないんだよ」

「そんな酷い事をされてたんですか?」


 ネコさんの話は、私も人事とは思えなかった。だって私も継母や義姉さんから手に余る量の仕事をするように言われては、出来なかったら罰を与えられた事が何度もあったのだから。


「そうした人間達の強制労働に耐えきれなくなって、ある夜アタシ達は逃げだしたのさ。ここではないどこか、もっと自由にノビノビと生きていける場所を目指してね」

「自由への逃避行と言うわけですね」

「その通り。逃げだした私達は話し合って、ブレーメンの街に行こうって事になったのさ。ブレーメンは音楽が盛んだから、そこで音楽をやって一旗あげようって思ったんだよ。いずれは日本武道館でライブをやりたいとか言っていたっけ」

「それは素敵な目標ですね。それで、どうなったんですか?こんな立派な家に住んでいるという事は、音楽で成功したんですよね」


 家の中を見ながら言う。森の中とはいえ、これほど立派な家を建てるには相応のお金が必要なはずだ。ところがネコさんは首を横に振った。


「違う違う。この家はね、元々は泥棒の隠れ家だったんだよ」

「泥棒の?どういう事?」


 エミルが怪訝な顔をする。


「ブレーメンまであと少しの所で道に迷ってね。そうしたら森の中に立派な家があるじゃないか。様子を伺ったら中にいたのは盗んだお金をたらふく貯め込んだ泥棒たちでね。それを見てピンと来たんだよ。お化けのフリをして奴らを追い出せば、家もお金もアタシ達の物に出来るんじゃないかってね」

「え、でもそれって……」

「相手が泥棒とはいえ、犯罪じゃないか」


 エミルが言うとニワトリさんが慌てて言った。


「仕方ないでしょう。あの時は銅貨一枚も持たずに旅をしていたんだから。どうにかして金と休む場所が欲しかったんだ。それにもうとっくに時効だよ」


「そういう事。アタシ達はロバの上にイヌ、その上にアタシが、最後にニワトリがアタシの上に乗っかって巨大な影を作った。その影を泥棒達に見せてアタシ達が一斉に声をあげたら、泥棒達はすっかりアタシ等をお化けだと信じ込んで逃げて行ったよ。おかげでアタシ等はこの家と大金を手にする事が出来たんだ」

「なるほど。それで、その時の成功の味が忘れられずに、迷い込んできた僕等を脅かしてお金を盗ろうとしたわけだね」

「い、言っておくけど泥棒以外で脅かしたのはお前達が最初だからな。こんな辺ぴな森の中に来る人なんてほとんどいないんだし」


 ロバさんが慌てて言った。私達なら脅かされても良かったというわけじゃないけど、他に被害者はいないならまだ良かった。けど、今の話を聞いただけではどうにも分からない事がある。


「あの、泥棒から奪ったお金があるのなら私達からも盗む必要はないんじゃないですか?」

「泥棒から巻き上げたのなんてだいぶ前の話で、今では貯金も残り僅かなんだよ。こんなことなら、遊んでばっかりいないで、もっと早く仕事を見つけるんだった」


 え、遊んでばかりだったの?さっきは音楽をやって一旗あげたいって言ってなかったっけ。疑問に思ったので尋ねてみる。


「音楽を始めるという話はどうなったんですか?皆さんそのつもりでブレーメンを目指していたんですよね」

「そりゃあ元々そのつもりで来たんだから、この家に住んでからすぐに楽器は買い揃えたさ。けど、手元にお金があると思うとつい怠けてしまって。最近じゃロクに演奏してないよ」

「なるほど、同情の余地は無いね」


 エミルがバッサリと言い放った。うん、私もそう思う。お金がある間にこそ先の事を考えないと。楽して手に入れたお金なんてあっという間に無くなっちゃうんだから。


「貴方達の事情は分かりました。本来ならやはり通報すべきですけど、もう二度とお金を盗ろうなんて考えないのなら今回は見逃します」

「本当ですか、ありがとうございます。お礼にブレーメンの街への行き方を教えましょう」


 見逃してくれると分かったとたん、ロバさんが生き生きし始めた。地図を広げてどう行けば良いかを教えてくれた。


「ここからまっすぐ北に進めば街道に出ます。後はそれに沿って歩けばブレーメンです。ですが、今日はもう遅いですから、泊って行きませんか?」

「え、良いんですか?」


 ロバさん達は人間をよく思っていないような事を言っていたのに、やけに優しい。


「はい。どうやら貴方達は我々を虐げていた人間とは違うようですから」


 良かった。正直歩き疲れてクタクタだった。けど喜んでいる私とは対照的に、エミルはなんだか難しい顔をしている。


「随分と親切ですけど、後で見返りを求めてきたりしませんか?」


 そう言ったとたん、ロバさんはギクリとしたような顔をする。


「そ、そんな事ありませんよ。ただ、お二人分の宿代くらいは欲しいなと思っただけです」


 結局はそういう事ですか。エミルが気付いてくれてよかった。私一人だったら法外なお金をぼったくられていたかもしれない。魂胆を見抜かれたロバさんが提示してきた宿代は相場とそう変わらない金額だったけど、エミルが指摘していなかったら後で法外なお金を要求されたに違いない。


「どうする?」


 エミルが聞いてくる。躊躇いが無いかと言われると嘘になってしまうけど、これから森を抜けるのも危険な気がする。ロバさんだって流石にこれ以上あこぎな要求をしてくる事も無いだろうから、ここはやっぱり一晩お世話になった方が良いだろう。


「この額なら妥当だし、それじゃあ今夜一晩お世話になります」

「そうですか、お泊りになりますか。それと、夕食についてお願いがあるのですが……」

「ああ、夕飯は別料金なんですね。お気遣いなく。私達、いざと言う時の為に食料は持ち歩いていますから」


 料理人たる者、いついかなる時も食料を切らすような事があってはならない。荷物の中には十分な水や食料が入っている。だから夕飯は用意してもらわなくて結構。そう言おうとしたけれど、ロバさんの反応は思っていたモノとは違った。


「そうじゃないんです。できれば、食料を分けていただければ助かるのですが」

「分けるって、この家、食べるものは無いんですか?」

「ええ。家計は火の車でして、最近はロクに物も食べていないんです」


 ロバさんは恥ずかしそうに言う。けど、ロクに物を食べていないというのは聞き捨てならない。


「ロバさん、台所はどこですか?」

「それでしたら奥にありますが」

「だったら貸して下さい。私達の持っている食糧で全員分の夕飯を作りますから」


 私はさっそく荷物の中から食料を取り出し、何が作れるかを思案し始める。動物達はそんな様子を見て呆気にとられているけど、エミルは私のこんな行動にもすっかり慣れているようだ。


「シンデレラならそうすると思ったよ。ロバさん、と言うわけで台所を使わせてもらいますね」


 ロバさんから許可をもらって台所に立つ。手持ちの食料を使えば、量は多くは無くとも全員分の夕食は何とか作れそうだ。

 張り切って料理を始めようとしたけど、ふとニワトリさんが私の様子を伺っている事に気がついた。


「ニワトリさん、どうしたんですか?」

「あのー、料理をするのはいいですけど、私をフライドチキンにするのだけは勘弁願えませんか」


 まだフライドチキンの事を引きずっていたのか。だけど私だって意思疎通の出来るニワトリさんを食べようだなんて思わない。これ以上ニワトリさんに怖がられない為にも、喜ばれるような美味しい夕食を作ろうと決心した。

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