再び、シンデレラとカボチャの煮付け 19
迎えた舞踏会当日。
私は気合を入れながら、真新しい白いコックの制服に袖を通し、舞踏会の料理が作られているお城の厨房にいた。
室内では料理長をはじめ、多くのコックが慌ただしく働いている。私も彼等に後れを取るまいと、包丁を手にしたその時。
「シンデレラさん‼」
勢い良く厨房のドアが開かれる。そしてドアの向こうには、綺麗にドレスアップした棘姫さんが何やら血相を変えて立っていた。
「おい、姫様だぞ」
「どうしてこのような所に?」
お姫様の突然の乱入に騒めき出す厨房。だけど棘姫さんはそれを気にする様子もなく、一直線に私の元に近づいてくる。
「ここで何をしておりますの?それにその格好は何なんですか?舞踏会はもうすぐ始まるんですよ。さあ、早く着替えて準備をしましょう」
慌てたように私の手を引っ張る棘姫さん。包丁を握っているのだから危ないのだけど、その事に気付いていないのか、彼女はとにかく私を急がせる。
だけどごめんなさい。私は足を止め、棘姫さんに深々と頭を下げた。
「すみません、大変申し訳無いのですが。今日の舞踏会、欠席させていただきます」
「どうしてっ?」
悲痛な声を上げる棘姫さん。ドレスを用意してくれたり、ダンスのレッスンをしてくれたりとお世話になりっぱなしだったから本当に悪いとは思うのだけど、これには深い事情があるのだ。
「実は、厨房の人手が足りないと聞いて。僭越ながらお手伝いさせて頂くことになったのです」
「人手が足りないって。今日の為にシフトを組んではいなかったのですか?」
「予定では問題なかったのですが、コックが三人、急きょ来られなくなってしまったそうなのです。一人は体調不良、一人は身内に不幸があり、一人は自分探しの旅に出ると書置きを残したまま、連絡がつかなくなったそうです」
「なぜよりにもよってこんな大事な日に?それに他二人は仕方が無いにしても、自分探しって何ですか?青春真っ盛りの高校生じゃあるまいし、社会人が仕事をサボってまでやる事ですか!」
それは私も思う。これには料理長も頭を抱えており、たとえ戻ってきてもクビにすると言っていた。こんな忙しい日に自分勝手な理由でドタキャンしたのだから、弁護のしようが無い。
「私もドレスに着替えようとしたんですよ。でもその前に、舞踏会の料理を作ってる厨房を覗いてみたくなって。そしたら皆さんが困ってらしたので、手伝いを申し出たんです。沢山の人が楽しみにしている舞踏会の料理が、満足いくものでなかったら一大事でしょう」
本当は私も凄く残念だけど。しかし厨房の危機と聞いては放っておけるはずがない。すると私達のやり取りを見ていた料理長が声をかけてくる。
「アンタも舞踏会に出るって言うなら無理に手伝うこと無いよ。こっちは俺達だけで何とかするから、気にせず行っておいで」
「ですが、料理長さん言ってましたよね。このままでは人手が足りずに予定通りいかないかもしれない。美食の国と言われたわが国の料理を汚すことになってしまうって」
「確かに言ったが……アレは冗談半分だから」
そうは言うものの、私に気を使って言ってくれているのは明らかだった。
「冗談半分ということは、半分は本気なんですよね。作る料理のラインナップを見せて頂きましたけど、私が入ってもギリギリじゃないですか。今日までお世話になった皆さんがピンチなんですから、黙って見過ごすなんてできません」
このお城に来てからというもの、厨房の人達からは沢山のレシピや味付けを教えてもらい、大変お世話になっていた。このままではどのみち舞踏会に出たとしても、厨房の事が気になってしまい楽しむことなどできないだろう。
すると隣で話を聞いていた棘姫さんがフウッと息をついた。
「舞踏会よりも料理を優先するだなんて、本当に貴女は変わってますのね。ですがそんな変わった所や、困っている人を放っておけない優しさに、きっとエミル様は惹かれたのでしょうね」
急にうっとりとした目をする棘姫さん。そんな風に言われると恥ずかしいし、エミルがそんな風に思ってくれているかは分からないけど棘姫さんは何だか納得したように笑顔を作る。
「分かりました。エミル様の相手は私がしますから、貴女はここで料理を作っていてください」
「ありがとうございます。舞踏会を欠席するのですから、せめてそれだけの価値がある料理を頑張って作りますね」
「期待していますわ。でもあまり気負わないでくださいね。エミル様には悪い虫がつかないよう見張っておきますから、リラックスして励んでくださいね。そうだ、それと……」
棘姫さんは不意に私の耳に顔を近づけ、コソコソと何かを囁き始めた。
「……ですから……お願いできますか?」
「はい……でしたら問題ないかと……分かりました、後で何とかしますね」
そう小声で話す私達を、料理長が気になる様子で見ている。
「あの、姫様。いったい何の話をしてるのでしょうか?」
「ご心配なく。ちょっと彼女にお願いをしただけですので。それでは料理長、シンデレラさんの事をよろしくお願いしますね」
そう言って棘姫さんは厨房を出て行った。最後まで文句の一つも言わずに、むしろ私を気遣ってくれたことは本当に有り難い。
そんな彼女への恩に報いるためにも、頑張って料理を作ろう。そう思いながら再び包丁を振るおうとする私に、料理長が聞いてくる。
「なあ、随分と仲が良さげだけど、アンタいったいうちの姫様とどういう関係なんだ?」
「どうと言われても。普通にお話をさせてもらったり、悩み相談をしているくらいですね」
「いや、姫様相手にそれは全然普通じゃないぞ。まさかあの噂まで真実なのか?」
「あの噂って何ですか?」
何のことか分からずに首を傾げると、料理長は何だかバツが悪そうに目を逸らす。
「まあいい、噂の事は忘れてくれ。時間も無い事だし、さっさと作り始めよう。アンタには和食メニューを担当してもらうから、よろしく頼むぞ」
さすが美食の国の舞踏会。古今東西ありとあらゆる料理が振る舞われ、和食も例外ではないようだ。ガラスの国でカボチャの煮つけを作った時は食べてももらえなかったけど、今回は違う。思う存分腕を振るうことができるのだ。
「おまかせください。精一杯頑張りますね」
そう言って私は、張り切って調理を開始した。
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