再び、シンデレラとカボチャの煮付け 18

 棘姫さんと話をした日から、少しだけ時間が流れた。

 最近場内で耳にする話と言えば、何においても近々開かれる舞踏会について。私が度々お邪魔させてもらっている厨房でも、事あるごとにその事が話題に上り、皆の関心の高さがうかがえる。

 特に女性達の多くは、どんなドレスを着ようか、素敵な出会いがあると良いな等、キャーキャー言いながら当日に向けての準備を着々と進めているようだ。

 一方私はというと、相も変わらずやることと言えば料理の事ばかり。やはりこの国の料理のレベルは高く、毎日新しい発見があり、とても勉強になっている。

 少し前まではエミルの事で悩んでいて、料理をしている時でさえ気もそぞろだったけど、最近は余裕が出てきたのか、前みたいに普通に楽しむことが出来ている。


 やはり気持ちが楽になったのは、相談相手が出来たおかげだろう。最近暇を見ては町に出て、魔女さんやラプンツェルに会いに行って、話をしている。前はエミルの事で怒られてしまったけど、今でも相談に乗ってくれているのだから有りがたい。

 そしてもう一人、忘れてならないのが棘姫さん。この意外な相談相手が出来てからというもの、私達はそれから毎日、互いの事を話し合うようになっていた。


 辺りが暗くなってきたころ、私は棘姫さんの部屋を訪れ、それから夜遅くまでおしゃべりに花を咲かせる。お姫様の部屋に行くというのは最初は緊張したけど、彼女と話しているうちにそれも自然と和らいでいった。

 話す内容は料理の事や今まで旅してきた時の事。王女としての暮らしがいかに面倒かを棘姫さんが語る事もあった。


 だけど何と言っても一番多く話したのは恋の話。少し驚いたのは、棘姫さんの部屋の本棚には花とゆ○、LaL○といった少女漫画や、ビーズロ○文庫といった少女小説が、所狭しに並べられていたこと。棘姫さん曰く、これらを恋愛の教科書にしているとのことだった。


「これらに書かれている恋愛話は百年前から好きでしたわ。いつか私もこんな恋が出来たらって思っていましたけど、目覚めた後それが現実になるなんて思いもしませんでした」

 どうやら彼女が恋バナ好きの理由は、これらの影響を受けてのようだ。棘姫さんは連日、参考になりそうだと言っては身分違いの恋を描いた恋愛マンガや小説を引っ張り出しては私に見せてくる。正直それらの多くはとても参考にならなかったけど、内容は中々面白く、つい遅くまで内容について議論してしまった事もあった。


 そして今日もいつものように部屋にやってきた私に、棘姫さんは恋愛についてとは何かを語る。本日の議題は出会い。私とエミルがどうして出会ったか聞いた棘姫さんは、うっとりと目をときめかせている。

「退屈な舞踏会を抜け出した所で運命的な出会いがあったんですね。まるで小説のような展開です」

 だいぶときめいているようだけど、それはどうだろう。エミルは確かに舞踏会を抜け出してきてたけど、私はインチキして潜り込んでいたバイトをクビになって仕方なく場内をうろついていただけだし。それに……

「その時点ではまだ恋に落ちてはいなかったと思いますよ。私がエミルを……好きになったのはもうちょっと後だと思います。たぶん」

 長い間好きという自覚が無かったから断言はできないけど、たぶんで会ってすぐに恋に落ちたのとは違う気がする。


「ですがエミル様はそうではなかったのですよね。でなければカボチャの煮付けを手掛かりに貴女を探したりはしませんわ。普通なら怪しい貴女を捕まえて、それで終了です」

 捕まえるって、私は別に悪い事なんて……してたよね、思いっきり不法侵入していたし。まあそれはともかく、エミルがその頃から私を意識していたという事は否定できないかも。再会した時は、よほどカボチャの煮付けを気に入ってくれたのだろうと思っていたけど、この前初めて会った時から好きだったと言われたし。

 にもかかわらず最近までその事に全く気づかなかった自分の鈍感さが恨めしい。もしかして気付いていない所でエミルを傷つけていたんじゃないだろうかと不安になってしまう。

 一人落ち込んでいると、不意に棘姫さんが思いついたように言ってきた。


「そうですわ。今度の舞踏会、シンデレラさんも一緒に出ましょうよ。綺麗にドレスアップして、そこでエミル様と踊るんです」

「え、私が舞踏会に?でもドレスなんて持っていませんし、ダンスも踊った事ありません」

「ドレスなら私が用意しますし、ダンスも心配いりませんよ。エミル様ならきっと上手くリードしてくれますから」

「でも、エミルが承諾してくれるかどうか。結局、話せていないままですし」

 そう、こんなに棘姫さんと相談しているというのに、肝心のエミルとは最近まともに会ってすらいないのだ。たまに廊下ですれ違う事はあっても、挨拶を交わす程度。残念ながら私がエミルの事をフッたという誤解も解けてないままなのだ。

「エミル様、最近忙しいですからね。これというのも叔父さま達が何かと理由を付けて私とエミル様を二人きりにさせようとするから。ああ、応援すると言っておきながら私が障害になってしまうなんて、これではまるで悪役令嬢ですわ」

「そ、そんな事ありませんよ。棘姫さんには助けられてばかりです。棘姫さんがいなければ、きっと今頃悩みすぎて塞ぎ込んでいたでしょう」

 そもそも棘姫さんだって意中の王子様がいるのだから、エミルと二人きりになるというのは複雑だろう。私は棘姫さんの本心を知っているから、ちっとも嫌な気持ちにはならないでいるけど。


「ですが、これでは私の気がおさまりませんわ。ここはやっぱり舞踏会でエミル様をお誘いしましょう」

「やっぱりそうなるんですね」

 わかってはいたけど、棘姫さんは意見を変えるつもりは無いらしい。けど、肝心の私はまだ迷っている。

 もしエミルの承諾が得られたとしても、舞踏会で私がみっともないダンスを踊ってしまっては、エミルまで恥をかくことになってしまわないだろうか。

 この前ちょっかいをかけてきた二人組のことを思い出す。きっと彼らなら、失敗する私とエミルを見て、心の中で蔑む事だろう。

 それを考えると、どうしても躊躇してしまう。だけど不安がる私を諭すように、棘姫さんは優しく語りかけてくる。

「シンデレラさん、心配する気持ちも分かりますけど、これはチャンスなんですよ。勇気を出して動かないと、エミル様も貴女の本当の気持ちに気付いてくれませんわ。それとも、このままギクシャクしたままのほうが良いんですか?」

「それは……嫌です。やっぱり、エミルとはせめて普通に話せるくらいにはなりたいです」

 いくら悩んでいても、結局はこれが私の偽りの無い本心なのだ。すると棘姫さんは満足そうに頷く。


「話せるくらいに、というのはいささか目標が低い気もしますが、まあ良しとしましょう。そうと決まればさっそくドレスを選びましょう。とびきり綺麗な物を用意して、当日はエミル様を驚かせるのです!」

 目を輝かせながら生き生きと話す棘姫さん。本当にこういった話が好きだなあ。

 そして私は、そんな彼女に一つお願いをした。

「すみません、できれば舞踏会までに、ダンスのレッスンをしてもらえないでしょうか。先ほど、エミルならリードしてくれるとおっしゃっていましたけど、やっぱり最低限の踊りくらいはできるようになっておきたいですから」

「素敵ですわ。エミル様のために頑張りたいというのですね。そう言うことなら、喜んでお教えいたします。と言っても、昼間は空き時間があまりありませんから、レッスンは夜になってしまうのですが、それでもよろしいでしょうか?」

「構いません。私も昼は料理の勉強がありますし」

 舞踏会まであまり時間が無いから、結構なハードスケジュールになるかもしれない。だけど棘姫さんは嫌な顔一つせずに、ノリノリで話を進めていく。


「あの、本当に無理はなさらないで下さいね。棘姫さんは多忙なんですから、もし疲れていたりしたら無理に私に合わせてくれなくても大丈夫ですよ」

「何をおっしゃいますか。お二人の為なら、私はどんなことでも致しますわ」

 棘姫さんはどうあっても手を抜くつもりは無いらしい。たまたま私達の事情を知っただけだというのに、よくもまあこんなに協力してくれるものだ。恋愛好きな人って皆こうなのかな?

 とにかく、こんなにも頑張ってくれている棘姫さんに報いるためにも、舞踏会は絶対に成功させたい。

 舞踏会に出てエミルと踊りたい。以前の私からは考えられなかったことだけど、今は唯その事だけを考え、当日に向けて努力することを誓うのだった。


 そう、誓ったのだけど……

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