再び、シンデレラとカボチャの煮付け 17
疑問に思っていると、それを察したように棘姫さんは再び語り始める。
「彼が去ってからほどなくして、私の周りは急に騒がしくなりました。縁談の話が次から次へとやってくるようになったのです。おそらく私が妙な気を起こす前に、さっさと身を固めさせてしまおうと思ったのでしょう」
「そんな理由で結婚させられるかもしれないんですか?それじゃあ、エミルとの縁談も?」
「エミル様には本当に申し訳ないと思っていますわ。結局のところ、うちの国の問題に巻き込んでしまったのですから。気が進みませんでしたけど、知らない所で話が進んでいて、気づいた時には断れなくなっていたんです。ごめんなさいね、貴女にとっても面白い話じゃないでしょう」
「そんな、謝らないで下さい。棘姫さんが悪いわけじゃないんですし、それにエミルだってきっと怒ったりはしませんよ。もし次にエミルと会った時は、さっきの話をしてみたらいかがでしょうか?きっと貴女の気持ちを汲んでくれると思います」
エミルの事だから、正直に話せばきっと棘姫さんの味方をしてくれると信じてる。すると棘姫さんはホッとしたように息をついた。
「そうですね。エミル様なら私の気持ちを分かってくれるかも。だけどこのお見合い、実はちょっとだけやって良かったと思っていますの。だってそのおかげで貴女に会えたんですから」
そう言って棘姫さんは笑い、椅子から立ち上がってこっちに歩み寄ってくる。
「貴女も難しい恋をしているのでしょう。その事を想うとなんだか親近感がわいてきて、放っておけませんわ。良いですか、決してあきらめてはいけませんよ。どんな困難が待っていようと、愛があれば乗り越えられますわ」
すぐ隣にまで来た棘姫さんは私の手を取り、目を輝かせながら熱弁してくる。だけど……
「あの、棘姫さんも先日の私とエミルの話を聞いてたんですよね。その時に私はフラれているんですけど」
本当はそこにたどり着くまで幾つかの誤解やすれ違いがあるのだけど、フラれたのは事実だ。その時の事を思い出すと、今でも胸の奥が痛くなってくる。しかし棘姫さんはそんな私の消沈した気持などお構いなしに言ってくる。
「あんなの本心のはず無いじゃありませんか。自分を無理やり納得させるための方便ですよ。それとも、貴方はエミル様が本当に愛想をつかしたと思っているのですか?」
「それは……本心じゃ無ければ良いのになとは思っていますけど……」
「そう思っているのなら遠慮する必要なんて何もありません。もうこの際エミル様の考えも二の次です、何としても貴女の恋を成就させましょう」
「何でそうなるんですか?いけませよそんな事。そもそも、棘姫さんとの話がフイになっても、きっとエミルにはすぐに次の話が来ますよ。国の事を考えたら、私といない方が良いに決まってますし」
どう考えても私じゃエミルの足枷にしかならないだろう。だけど棘姫さんは首を横に振った。
「国の事を考えたらとおっしゃいましたけど、国の為って何ですの?好きな人と一緒になる事もなく、望まない結婚をする事が国の為なのですか?私はそうとは思いません、だいたい政略結婚をしなければいけないような結びつきなら、遅かれ早かれ綻びが出ますわ」
「そうなんですか?ごめんなさい。私、政治とか難しい事は本当に良くわからなくて」
「だいたい、自分の幸せをフイにするような人が、国を豊かになんて出来ますか。それなのに叔父様達は、頼みもしないのにあちこちから縁談の話を持ってきて……」
棘姫さんの顔に影がかかる。きっと今日まで相当苦労してきたのだろう。
次から次へと来る縁談の話を、あらいる手でかわし続けてきたのだろうなあ。だんだんと私の手を握る棘姫さんの手に力が入っていき、正直とても痛い。
「いいですか。たとえどんなに国益だの身分だのを考えて結婚したところで、そんな事とは関係無しに、いずれエミル様は大きな問題に直面することがあるでしょう。王族とはそう言うものなのですから。大事なのはその時、信頼できる相手が傍にいるかどうかです。貴女ならきっと、どんな時もエミル様の支えになってくれると信じていますわ」
「そんな、私は大した人間じゃありませんよ。その根拠の無い信頼はどこから来るんですか?」
「女の勘です。周りの目なんて気にしちゃダメです。もし何か言ってくる人がいたら、遠慮なしに私に相談してください。全力をもって排除しますから」
「排除するって、どうするつもりなんですか?ダメですよ乱暴な事をしては」
「あら、別にいいじゃありませんか。昔から言うでしょう。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえって。さあ、そうと決まればさっそく告白のやり直しです。まずはこちらか ら動かないと、前には進めませんわ。私もお膳立てしますから、きっと上手くいきます」
そんな、いきなり告白なんて言われても心の準備ができてないよ。それにエミルがどう思っているかも心配だ。棘姫さんは大丈夫と言ってくれたけど、やっぱり不安が大きい。
もう終わった事を蒸し返して、もしまたフラれたらと思うと、怖くて踏ん切りがつかない。
「すみません。お気持ちは大変ありがたいのですが、ちょっと考えさせてもらえませんか?もう少し気持ちを整理したいので」
「そうですか。ごめんなさいね、私も少し急がせすぎましたわ。けど、何かあったらすぐに言ってくださいね。私はいつでも貴女の味方ですから」
棘姫さんの優しい言葉に少しホッとする。するとその時、不意にボーンという大きな鐘の音が聞こえてきた。
「これって、時計の鐘の音ですよね。ガラスの国のお城にも同じ物がありましたけど、こっちにもあったんですね」
「ええ。百年前からある、立派な時計ですわ。だけど残念です。あの音が聞こえてきたということは、そろそろ行かないと」
どうやら棘姫は多忙らしい。厨房見学をしたり、町を散歩していた私とはえらい違いだ。
「と・こ・ろ・で。よろしければ貴女がエミル様と知り合った時の事とか、詳しく教えて頂けませんか?」
「ええっ?ですが私の話なんて、聞いてもきっとつまらないだけですよ」
「そんなの聞いてみなければわかりませんわ。よろしければ、今晩私の部屋に来てくださいませんか?見張りの人には私から話しておきますので」
「そう言うことでしたら。お伺いさせていただきます」
正直私も、もっと棘姫さんとお話してみたかった。そして私の返事を聞いた棘姫さんは顔を綻ばせる。
「約束ですよ。私、待ってますから」
そう言って、棘姫さんは足早に去っていく。
しかし話してみると、随分と可愛い人だった。もっと静かな感じの人だと思っていたから、ちょっと驚きだ。
だけど話をする前と後では、随分と心が軽くなった気がする。応援すると言ってくれたのは嬉しかったし、私と似たような悩みを持っていた事にも親近感がわいたからかな。
彼女が私の話を聞きたいと言ってくれたように、私ももっと棘姫さんの話を聞きたい。今夜はいったいどんな話をしようかとワクワクしながら、私はティーセットを片付け始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます