再び、シンデレラとカボチャの煮付け 16

 私は紅茶のおかわりを淹れ、棘姫さんがそれに口をつける。

「貴女は本当にお茶を入れるのがお上手ですのね。専属で雇いたいくらいですわ」

「恐縮です。それでその……棘姫さんの好きな人と言うのは?」

「そうですね。まずはどこからお話ししましょうかシンデレラさん、私が百年の間、この城でねっむっていたことはご存知ですよね」

「はい。糸車の針に刺さって、そのまま眠りについてらしたとか」

 その事に関しては、ついさっき魔女さんから聞いたばかりだからよく覚えている。


「私が眠ってしまった後、この城は人を寄せ付けないよう、棘で覆われてしまったのです」

「はい。たしかそれも棘姫さんに呪いをかけた魔女、ゴーテルさんの仕業だとか」

「よくご存じですね。もっとも私は眠っていたので、その時の事は知らないんですけどね。とにかくそう言うわけで、誰もこの城に近づくことはできませんでした。ところが最近になってやっと、訪れる方が現れましたの」

「でも、お城は棘で覆われていたんですよね。それなのにどうやって?」

「彼は勇敢にも、棘を剣でかき分けて入ってきたそうです。そして眠っていた私を見つけると、キスをしてくださいました。眠りを解くための目覚めのキスを」

 そう言えば、棘姫さんにかけられていた呪いはキスで解けるって魔女さんが言っていたっけ。だけど呪いを解くために棘だらけの城に入って行くだなんて、凄い人がいたものだ。


「私を起こしてくれたその人は、とある国の王子様でした。ですが目を覚ました私はその事を知った時、大方恩を売って私に取り入ろうとしているものだと思ってしまったのです」

「ええっ、せっかく助けてくれたのに?

「酷い話でしょう。幼いころから私を利用して出世しようと言う人が後を絶たなかったので、どうも疑り深くなってしまっていて。ですが、彼の場合は私の思い過ごしだったのです」

「という事は、その王子様は本当に善意で棘姫さんを助けたという事ですか?」

「その通りです。彼は恩を売るわけでも無く、ただ城が目覚めたことを喜んでいましたわ。どうやら眠ったままの私達を放っておけなかっただけのようです。それを知った時、酷く自分を恥じましたわ。彼の優しい心遣いに裏があると思ったなんて、酷い女でしょう」

 少し悲しげな顔をする棘姫さん。だけど私はすぐさま首を横に振る。


「そんな事ありません。今ではちゃんとその王子様の事を分かっているんですし、勘違いなんて誰にでもありますよ。私だってさっきまで棘姫さんに怒られるのかもって思っていて怖かったですし」

「ええっ、そんな風に思ってらしたんですか?なんだか凄くショックです」

 しまった。棘姫さんが更に悲しそうな顔をしてしまい、その様子を見た私は慌てて言う。

「で、でももうそうじゃないってちゃんと分っていますよ。それで、その王子様とはその後どうなったんですか?」

「そうですねえ。それから私は、恩人であるその方を暫く、この間この城に逗留させましたわ。そして沢山お話をしました。私が眠っている間に、世の中がどう変わったか。貴女の国はどのような所なのか。いくら話をしても飽きることは無く、そして気が付けば、私は彼の事が好きになっていたのです」

 そう言って棘姫さんは照れたように頬を赤く染める。その様子は女の私から見ても可愛いと思えるもので、彼女が素敵な恋をしたという事がよく分かった。


「彼が国に帰る前の日、私は思い切ってこの気持ちを打ち明けましたわ。すると彼はこう言ってくれました。『私の国は小さく、一緒にいても貴方の利益にはならないでしょう。ですが私は貴方の傍にいたい。貴女さえ良ければ、私の我儘に付き合ってはもらえませんか』と」

「そんな素敵な事を言われたんですか?」

 思わずその場面を想像してしまい、私まで顔が熱くなる。好きな相手からそんな情熱的な告白をされただなんて、羨ましすぎる。


「それってもう両想いってことですよね。良かったじゃないですか。相手もちゃんとした王子様ですし、何の問題もありませんね」

 私もエミルから好きだと言われたけど、どうしても身分の違いが気になってしまった。だけど棘姫さんとその王子様なら立場としては問題無いはず。

 そんな棘姫さんの事を羨ましく思ったけど、どういうわけか彼女は首を横に振った。


「問題が無いというのは間違いですわ。その事を知った周りの人達の多くは反対しましたもの」

「そんな、どうして?」

「彼の国が小国だからです。そんな国の王子と結ばれても、棘の国の利益にはならないと、皆口をそろえて言いました。そればかりか、彼は国益の為に私に近づいたに違いないと言う人まで現れました。証拠も何もないのに、彼は一方的に悪者にされたのです」

「酷い。その王子様はみんなの眠りを解いてくれたんですよね。それなのにそんな扱いを受けるだなんて」

 打算があったわけでも無く、純粋な善意でみんなを助け、棘姫さんの事だって下心があったわけじゃない。だけどその結果がこれではあまりに可哀そうだ。


「結局周囲に認められないまま、彼は自分の国に帰って行きました。ですが去り際に言ってくれたのです。いつか必ず戻ってくるから、それまで待っていてほしいと」

 棘姫さんは話し終わるとフウっと息をついた。

 その王子様は、本当に棘姫さんの事が好きだったのだろう。そして棘姫さんも。

 けど、そうなると一つ気になる事がある。戻ってくると言われたのに、棘姫さんはどうしてエミルとお見合いなんてしたのだろう?

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