再び、シンデレラとカボチャの煮付け 15
棘姫さんに連れてこられたのはお城の中庭。ここは綺麗な噴水があったり花が咲いていたりと、普通なら見ていてとても癒されるに違いない。
だけど今の私にはそれらを見て楽しむ余裕は無かった。
庭園の一角に設置された屋根付きのテラスで、私は棘姫さんにお茶を入れていた。
「どうぞ、アッサムティーです」
「ありがとう。ごめんなさいね、私が連れだしてきたのに、お茶まで淹れてもらって」
「どうかお気になさらずに。お茶を入れるのも趣味みたいなものですから」
そう答えながらも、内心はドキドキしっぱなしだった。色々考えてはみたものの、嫌な予感しかしない。
思えば、棘姫さんはエミルとお見合いをしているのだ。だけどその相手がどこの誰とも分からない女を連れていたとなると、少なくとも面白くは無いはずだ。
もしかして棘姫さんの話というのはその辺に関係があるんじゃないだろうか。ビクビクしながらテーブルをはさんで椅子に座ると、棘姫さんが聞いてきた。
「ところで貴女は知っていますか?エミル様がどうしてこの城に来たか、その目的を?」
「はい、棘姫さんとのお見合いの為……と聞いています」
料理長に教えてもらうまで知らなかったけど。すると棘姫さんは満足そうに頷く。
「正解です。ですからエミル様とは何度かお話をさせてもらいましたわ。でも、あまり話が弾みませんの。何だか心ここにあらずといった様子で。そして私は、その原因が貴女にあるんじゃないかと考えていますの」
「ええっ?」
そんな事ありません。そう言おうとしたけれど、声に出す事が出来なかった。エミルに好きだと言われたことは事実だし、そうであってほしいという勝手な願望が言葉にするのを躊躇させる。するとそんな私を見て棘姫さんが言ってくる。
「単刀直入にお尋ねします。シンデレラさん、貴女はエミル様の事が好きなのでしょう。そしてエミル様も貴方の事を想ってらっしゃる」
「それは……」
どうしよう、私がまだエミルの事を好きなのは事実だけど、正直に言っちゃっていいのかなあ?そしてエミルが私を好きでいるかどうかなんて、そんなのこっちが聞きたい。
どう答えれば良いのか分からずに黙っていると、棘姫さんはフウっと息をついた。
「言うつもりは無いという事ですか。まあそれでもかまいません、こっちには動かぬ証拠があるのですから」
「証拠?」
「ええ。実は先日、貴女達が廊下で話している所を見かけましたの。その時の会話の内容もばっちり聞いていますから、誤魔化しても無駄ですわよ」
アレを聞かれてたの?棘姫さんがどれだけ聞いていたのかは分からないけど、この様子だと随分詳しい所まで知っているようだ。動揺する私をよそに、棘姫さんはさらに話を続ける。
「いけませんわね、内緒の話をするときはもっと周りに気を配らないと。確かあの時、エミル様はこうおっしゃってましたわよね『僕は君が好きだ』と」
「確かに言いましたけど、それは以前の話で。その事は忘れてほしいと言われましたし……」
「それじゃあ貴女は?貴女はどう思ってらっしゃるのかしら?好きだと言われた事を、本気で忘れたいと思っているのですか?いいえ、そんなはずは無いですよね。だって貴女は、今でもエミル様の事が好きなんですから」
「それは……そうです」
結局、押しに負けて頷いてしまう。勢いに圧倒されたというのもあるけど、棘姫さんの言ったことは、結局のところ全部当たっている。私は今でもエミルの事が好きで、この気持ちを忘れられるはずがない。すると棘姫さんは満足そうに笑みを浮かべた。
「やっとお認めになられましたわね。勘違いの無いように言っておきますけど、私は別に怒っているわけじゃないんですよ」
そうは言われても。棘姫さんは相変わらず笑ったままだけど、それが逆に怖く感じてしまうから不思議だ。そもそも怒ってないのなら、こんな話をしてどうするつもりなのだろう?
もしかして上手く言いくるめて、二度とエミルに近づかないよう誓いを立てさせるつもりなんじゃ。そう言えば恋愛小説でそんなシーンを見た事がある。
考えれば考えるほど悪い想像ばかりが膨らんでいく。これは早めに謝った方が良いのかも。出過ぎた真似をしてしまってすみませんって。だけど私が謝るよりも先に棘姫さんが口を開く。
「私がこの話をした理由はただ一つ、実は貴女にお願いがありますの」
ほら来た。いったい何を要求するつもりだろう。やっぱりエミルに近づくなとか?
ガラスの国と棘の国。両国の事を考えると、エミルと棘姫さんがくっつくのは良い事なのだろう。けど、私だってエミルとは離れたくない。
恋人になりたいとか大それたことは言わない。だけどせめて、友達としてでいいから、エミルの傍にいたいのだ。そりゃあ棘姫さんにとっては面白くないだろうけど、これだけは譲りたくない。もうどう思われても構わない、棘姫さんのお願いはちゃんと断ろう。
「それで、そのお願いというのはですね……」
「棘姫さん、あのっ」
椅子から立ち上がり、思いの丈をぶつけようと口を開く。だけどそんな私の手を、棘姫さんががっしりと握ってきた。そして――
「お願いします、どうか私に二人の恋が成就できるよう、応援させてください!」
「お断りしま――って、ええっ?」
思わず耳を疑った。聞き違い……じゃないよね?恋が成就できるよう応援させてって言ったけど、棘姫さんはエミルのお見合い相手なわけで。それなのに私とエミルの仲を応援したいってどういうことなの?
訳が分からずに混乱していると、手を握っている力が弱まり、棘姫さんが悲しい顔をする。
「そんな、応援してはいけませんの?せっかく色んな手を用意してましたのに」
「いけないというか……そもそも応援なんてして良いんですか?棘姫さんとエミルがくっつくことは、両国が願ってる事なんじゃないんですか?」
「たしかにそれを望んでいる人は多いですわね。もちろんさっきの大臣のように、反対している人もいますけど。昨日なんて婚約の契約書にサインをさせられるところでしたわ。寸でのところで躱してきましたけど」
「契約書っ?婚約って普通指輪とかじゃないんですか?」
「指輪よりもちゃんと文書で残した方が証拠になるという配慮です。お見合いの話を進めていた叔父様が用意していましたわ」
「でも、もうそこまで話は進んでいたんですか?私、お見合いをするとしか聞かされていなくて、だけどまさか婚約間近になっていただなんて」
「ご安心ください。叔父様が先走っただけですから。エミル様も私もその気は有りません」
「そうなんですか?良かったぁ」
安心して思わずため息をつく。するとそんな私を見た棘姫さんがクスクスと笑った。
「貴女は本当にエミル様の事が好きなのですね。でしたら、やっぱり協力させて下さいませんか?決して悪いようにはしませんよ」
そう言った棘姫さんは何かを企んでいるといった感じでは無くて。さっきまで怖いと思っていたのはどうやら私の勘違いだったようだ。
「それは大変ありがたいですけど。そもそも棘姫さんはどうして私に協力したがるのですか?」
棘姫さんが悪い人だとは思わない。だけど意図が分からないとなると簡単にお願いしますと言うのも躊躇われる。するとそれを聞いた棘姫さんが目を輝かせ始めた。
「決まっているじゃありませんか。愛し合う二人が一緒になる。世の中にそれ以上幸せな事があるでしょうか?いいえ、ありません。ですから私は、一組でも多くのカップルを成立させるため、全力を尽くすと自身に誓っているのですわ」
何だか棘姫さんの目が急に生き生きしてきて、テンションもハイになっている。そして勢いはそのままに、棘姫さんはさらに話を続ける。
「最初貴女達とお会いした時、一目でピンときました。きっとこの二人は互いに想い合っているに違い無いって。ですがエミル様は私とのお見合いを控えていましたから、もしかして難しい恋をしているのではないかと。そう思った私は、その日から貴女達のことを探らせてもらいました」
「探ったんですか?それじゃあ、廊下でエミルと話したことを知っていたのって」
「もちろん偶然聞いたのではなく、情報収集の最中でしたわ。そして結果は思った通り。貴女もエミル様も互いに想い合っているのに、立場や身分が邪魔をして上手くいっていないのですね。これを悲劇と言わずに何と言いましょう」
棘姫さんはまるで自分の事のように目を潤ませる。とりあえず彼女が本気だという事は何となくわかった。
「でも、棘姫さんは本当に良いんですか?縁談の話も進んでいるんですよね」
「構いません。実はもともと、今回の縁談は乗り気じゃなかったんです。誤解の無いように言っておきますけど、エミル様じゃ不満というわけではありませんわ。実は私、他に好きな人がいますの」
「ええっ、そうなんですか?」
「ふふ、ちょっとその事についてもお話ししましょうか」
棘姫さんは悪戯っぽく笑うと、まるで内緒話でもするかのように、その恋の話を語ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます