再び、シンデレラとカボチャの煮付け 14
魔女さん達と別れた後、私はお城へと戻ってきていた。
思えばこうしてお城で寝泊まりしているのも、本来ならあり得ないことだ。つくづく自分が不釣り合いな場所にいる事を感じながら、部屋へ向かって長い廊下を歩いて行く。
途中すれ違う人に挨拶をしたけど、ふと彼等の視線が気になった。全ての人がそうというわけじゃないけど、まるで私を蔑むような、冷たい目を向けてくる人が何人かいた。
『何でお前みたいな女がここにいるんだ』
もちろん口に出して言われはしなかったけど、そんな風に思われているのが何となくわかる。
エミルの付き人という事になってはいても、長い庶民暮らしで培われた仕草や感覚はそう簡単には変わらず、彼等はそんな私が、自分達とはどこか違うという事を敏感に感じ取っているのだろう。
「おい、見ろよあの女」
「ああ、ガラスの国の王子の付き人じゃないか」
ふとそんな声が耳に入ってきた。声のする方を見ると、廊下の隅でいかにも貴族らしい煌びやかな格好をした男性が二人、チラチラと私のことを見ている。
「何でも、料理の興味があるから厨房を見せてくれと、棘姫にお願いしたらしいぞ」
「いったい何を考えているのか。だいたい、料理なんてものは下っ端に任せれば良い物を。なのに自ら見学したいだなんて。付き人がこれじゃあ、王子様の程度も知れるってもんだ」
そう言って下品に声を上げて笑う。彼等にしてみれば身分が低く、優雅さにも欠ける私が城内を闊歩しているのが気に食わないのだろう。
私が悪く言われるのは仕方がない。どうせ庶民で、料理のことしか頭にない女ですよ。けど、そのせいでエミルの評価まで落ちてしまうとなると話は別だ。
(取り消してもらわないと)
私は二人に向かってズカズカと歩いて行く。
「なんなんですか今の発言は!私はともかく、エミルの事を悪く言うのはやめて下さい!」
怒りを込めてそう言うと、二人は驚いたように私を見る。まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。だけどすぐに、さっきまでの気持ちの悪い笑みを浮かべてくる。
「これはおかしなことを。我々は何も貴女やエミル王子の事を悪く言ったわけではありませんよ。ただ、ガラスの国の人は変わっているなと思っただけです」
絶対に嘘だ。この男の目は明らかに悪意に満ちている。すると隣にいたもう一人の男も口を開く。
「貴女が主君を思う気持ちも分かりますが、言いがかりをつけられては困ります。もしここで不用意な発言をすれば、我が国の棘姫との縁談の話もご破算になりかねませんよ」
「本当ですか?」
不謹慎なことに、一瞬顔がほころんでしまった。
けれどすぐに気を引き締め直す。エミルの縁談が台無しになってしまうかもしれないのに、何を喜んでいるのよ私は。
「そ、そんな事を言っても無駄です。確かに聞きましたよ、王子様の程度が知れるって。明らかにエミルを悪く言ってたじゃないですか」
「おや、そんなこと言いましたっけ?」
「初耳ですね。貴女の聞き間違いじゃないですか?我々は身に覚えがありません」
二人は悪びれる様子もなく、堂々と白を切る。
「そもそも、貴女は失礼な人ですね。私はこの国の大臣ですよ。貴女がいかにエミル王子の付き人とはいえ、もう少し口の利き方に気を付けたらどうですか。見た所大した地位でもなさそうですし、どうせ下級貴族でしょう」
「……貴族じゃなくて平民です」
正直にそう答えると、二人はプッと吹き出した。
「庶民?こいつは驚いた。ガラスの国の王子様は、庶民を連れて旅をしているのか」
「どおりで気品の欠片も無いはずだ。そんな庶民が我が物顔で城内を闊歩しているとは、何と嘆かわしい事か」
一人はゲラゲラと笑い、一人は大袈裟に頭を抱えている。何か言い返したかったけど、彼等の言う通り私はこの場にも、エミルの傍にいるのも似つかわしくないのだろう。
居たたまれない気持ちのまま彼等を見つめていると――
「あら、ずいぶんと盛り上がっているようですね」
不意にそんな声が後ろから聞こえてきた。
この声、聞き覚えがある。そう思いながらゆっくりと振り返ると。
「棘姫さん!」
何とそこにいたのはこの国のお姫様、棘姫さんだった。棘姫さんは謁見の間であった時と同じく、ニコニコした笑顔で私達を見ている。
「お久しぶりですシンデレラさん。最近はよく厨房に出入りしているようですけど、お料理の方ははかどっていますか?」
「は、はい。おかげさまで大変良い勉強になっています。やはりこの国のお料理は素晴らしい物ばかりです」
そう言って深々と頭を下げる。前に会った時も思ったけど、棘姫さんは美人だし、何だか話すだけでも緊張してしまう。
「それは良かったですわ。料理はこの国の誇りですから、『料理なんてものは下っ端に任せればいい』なんて言われるより、よほど嬉しいですわ」
あ、それは大臣さんが言ってたセリフだ。棘姫さん、いったいいつから私達の様子を窺っていたのだろう?
見るとさっきまで笑っていた大臣さんの顔が引きつっている。
「ところでお二方、シンデレラさんとどのようなお話をしていたんですの?よろしければ、ぜひ私も加えてもらいたいですわ。ずいぶんと笑っていたみたいですから、よほど楽しいお話だったのでしょう」
笑っている棘姫さんとは対照的に、二人の顔色はどんどん悪くなっていく
「い、いえ。それほど大した話ではありません」
「はい、本当につまらない話ですよ」
確かにあれは面白い話では無かった。すると棘姫さんはクスリと笑った後にこう言った。
「それは残念ですね。ですが、それならそれで一つ忠告があります。シンデレラさんは大切なお客様なのですから、アナタ方のつまらない話に付き合わせる事の無いよう、くれぐれも注意してくださいね」
「「―――ッ」」
これ以上この場にいたくないのか、二人は青い顔をしながら、逃げるように去って行く。エミルの事をバカにしたのだから同情はできないけど。
二人の姿が廊下の奥に消えたところで、私は改めて棘姫さんに頭を下げた。
「ありがとうございます、おかげで助かりました」
「顔を上げて下さい。ごめんなさいね、我が国の者が失礼なことを言って。あの二人はガラスの国と仲良くする事に反対していましたから、あのような暴言を吐いてしまったのでしょう。お詫び申し上げますわ」
「そんな、棘姫さんが謝ることではありませんよ。それにしても、仲良くする事に反対だなんて」
国同士が仲良くするのは良い事だと思っていたのに、それを快く思っていない人もどうやらいるようだ。
「手を取り合っても、全てが良い方向に転がるとは限りませんからね。色々と複雑なんですよ」
話が難しそうで、ちょっと理解できそうにない。するとそんな私を見て、棘姫さんが言ってきた。
「ところで、私は何も助けたわけじゃありませんのよ。ちょっと貴女とお話がしたかったから、お二人には退場してもらっただけですわ」
「話って、私とですか?」
それまたいったいどうして?エミルならともかく、私に何の話があるというのだろう?
「町に出れらたと聞きましたから、戻ってくるのをお待ちしておりましたわ。実は前から一度、貴女とはじっくりお話がしたいと思ってましたの。よろしければ、少し付き合ってもらえませんか?」
「ええと、話って…いったい何の話でしょうか」
「色々ですわ」
「色々って?」
「ですから、色々です」
棘姫さんの意図が全く分からない。何だかとても不安な気持ちになったけど、彼女はじりじりと迫ってきて、私を壁に追い詰めていく。そして逃がすものかと言わんばかりに壁に手をつき、私の退路を断つ。
「お・ね・が・い・し・ま・す・わ」
「……はい」
有無を言わせない彼女の笑顔に押されて、ついにそう答えてしまった。すると棘姫さんは壁についていた手を戻し、代わりに私の手を取った。
「ここじゃあなんですから、少し場所を変えましょう。長くなるかもしれませんし」
本当に何の話をするつもりなのだろ?
だけどそれを尋ねることもできず、私は言われるがままに連行されるのであった。
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