再び、シンデレラとカボチャの煮付け 13
どうしてここに?そう聞こうとしたけれど、それよりも早くラプンツェルが口を開いた。
「誰さん?」
「ええと、彼は笛吹きさんと言って、旅の途中で知り合った人です」
「どうぞお見知りおきを」
作ったような笑顔を見せる笛吹さん。魔女さんもラプンツェルも、そんな笛吹さんを怪訝な目で見る。一方笛吹さんはというと、そんな二人の態度など気にしならないようで、挨拶が終わると私に目を向けた。
「それはそうと、さっきの話は本当か?嬢ちゃんがあの王子様にフラれたって言うのは」
「それは……本当です」
何度も言いたくは無かったけど、尋ねられたものは答えなければならない。するとその様子を見ていたラプンツェルが不機嫌そうに言う。
「アンタいったいどこから話を聞いてたの。盗み聞きなんて趣味悪いわよ」
「仕方ないだろ。シンデレラを見かけて声をかけようと思ったら、何だか深刻な話をしてるんだから。あとは勝手に聞こえてきただけだ。そんな事より王子様の話だ。実は何日か前にあの王子様とは会ってるんだが、嬢ちゃん何か聞いてないか?」
「いいえ、エミルと笛吹さんがあってた事は初めて聞きました?」
というか、最近エミルとは全然喋れてないから聞けるはずもない。
「まあそれは良いとして。さっきの話、俺が聞いたのとだいぶ違うぞ。嬢ちゃんの方が王子様をフッたんじゃなかったのか?」
「え、私がエミルを?」
少し考えてみる。私がフラれたんじゃなくて、私がフッた?エミルを?私なんかが?
「無いです無いです!絶対にありえません!」
そもそも逆ならともかく、私からエミルをフる理由は無い。するとそれを聞いた笛吹きさんは首を傾げる。
「本当にそうなのか?だとするとおかしいな。あの王子様、嬢ちゃんにフラれたとか言って、だいぶ落ち込んでいたけどな。告白したけど、こっ酷く拒絶されたって」
私は何がどうなっているのか全く分からなかった。
笛吹きさんがどんな話を聞いたかは知らないけど、その話は明らかに間違ってる。エミル、いったい何を勘違いしたらそうなるの?
「どうしてそんな事に?笛吹きさん、どういうことか分かりませんか?」
「そうだなあ。王子様から話は聞いたけど、どうも嬢ちゃんの認識と食い違いがあるようだ。なあ、王子様に告白された時の事を詳しく話してみてくれないか?」
「え、あの時の事をですか?」
どうしよう、正直かなり恥ずかしい。
だけどどうしてこんな事になったかは私も気になる。幸いあの時の出来事は印象が強烈だったため、事細かに覚えていた。たしか好きだって言われたすぐ後は、嬉しさのあまり締まりのない顔になってしまったっけ。そしてそれを見られないよう、近づいてくるエミルに向かってこう言った。
『近づかないで!』
そうそう、その後こうも言った。
『信じられない』
『エミル、今まで私の事をそんな風に思ってたの?』
そしてドキドキするあまり心臓が限界に達していた私は。
『エミルの傍にいたくない』
そう言った後、エミルは部屋を出て行ったっけ。うん、今思い出してもやっぱり誤解されて理由が分からない。エミルはいったいどうして勘違いをしたのだろう?
さっぱりわからずに首を傾げたけど。ちょっと待って、皆いったいどうしたの?
見れば話を聞いた魔女さんもラプンツェルも笛吹きさんも、何やら頭を押さえている。私は訳が分からずにいたけど、顔を上げたラプンツェルが声を上げる。
「アンタバカでしょう!」
「ええっ、どうして?」
「どうしてもこうしてもないわよ!そりゃそんな風に言われたら勘違いもするわ!最初話を聞いた時はエミルにムカついたけど、今は同情するわ。原因は全部アンタにある!これに決まり!」
そんな、いったい何がいけなかったというの?すると笛吹きさんも呆れたように言ってくる。
「俺の聞いた話とほとんど一緒だな。嬢ちゃんに悪気が無かったって事は分かったけど、紛らわしすぎる。こりゃあ嬢ちゃんが悪いな。王子様が可哀想に思えてくる」
どうやら笛吹さんもラプンツェルと同意見らしい。更には魔女さんまで。
「アンタ、どこまでやることがえげつないんだい?やっぱり何かの呪いにかかっているんじゃないかい?でなきゃ悪意無しにここまで極悪非道の限りは尽くせないよ」
「極悪非道っ?」
私って知らず知らずのうちにそんなに悪い事をしてきたっていうの?
できれば嘘であってほしいけど、私を見る三人の凍るような目。これはとても冗談を言っているとは思えない。という事は、私のしていたことはやはり相当酷いという事なのだろうか?
「で、言ったのはそれだけなのか?王子様が言うには他にも『最低、エミルの顔なんか見たくない』と言ったそうだが、それは……」
「それは本当に言ってません!」
笛吹さんの言葉に思わず声を上げる。本当はエミルを嫌いになったわけじゃないのに、そんな事を言うわけないじゃない。
「本当に本当なんだな。と言うことはアイツが自分で話を大きくしているのかもな。だとすると相当拗らせてるな」
何だか頭が痛くなってきた。私は自業自得だから仕方が無いとしても、傷つけてしまったエミルには申し訳ない。これは土下座してでも謝って誤解を解かないと。
「私、エミルと話してきます。ちゃんと話せば、きっと誤解は解けるはずです」
そう言って立ち上がり、走り出そうと皆に背を向ける。だけどその時、ふとある考えがよぎって足を止めた。
(誤解を解いて……その後どうするんだろう?)
エミルがフラれたと思ってしまった事は紛れもない誤解だ。だけどその後で彼が言った言葉が、頭に浮かんでくる。
『王族は国のために生きなければならない』エミルは確かにそう言った。
エミルが私の事を好きでいてくれても、私がエミルの事をどれだけ好きでも、それは間違っていないだろう。もしかしたら誤解がとけたところで、この恋が実ることは無いのかもしれない。
ただの町娘の私が、エミルの隣にいるというのはやはり間違っているのだろう。
だとすると、今更誤解を解いたところで何にもならない。むしろエミルを困らせてしまうだけなんじゃないだろうか。
(だったら下手に話を蒸し返さない方が良いのかなあ?一応もう話はついているんだし、今のままだって何か問題があるわけじゃないんだし)
エミルはこれからも友達でいると言ってくれたし、それ以上を望むのは贅沢というものだ。誤解が解けないままというのはやはり嫌だけど、もし本当の事をエミルに話すとして、その時私は冷静でいられるだろうか。
エミルを前にして、気持ちを抑えられる自信がまるで無い。エミルの事情などお構い無しに、後先考えずに自分の気持ちを吐露してしまいそう。もしそうなれば、きっとエミルの負担になってしまうだろう。それじゃあダメだ、そんな事私は望まない。
(そうよ、エミルはこれから棘姫さんとお見合いするんだから、余計なことをしてはいけないわ)
そう自分に言い聞かせる。だけど心は依然煮え切らないままだ。
「どうしたの?エミルに会いに行かないの?」
立ち止まったままの私を見て、ラプンツェルが聞いてくる。
「今更誤解だって言っても、迷惑じゃないかな。元々身分だって違うんだし、エミルも、あの時の事は忘れてって言ってたし」
「はあっ?あんた何言ってるの?そんなの、フラれたと思ったエミルが、ギクシャクしないように言っただけでしょ。本心で言ったわけじゃないって」
「そうかなあ。でも、お見合いするのは事実なんだし…」
うじうじと悩んでいると、ラプンツェルがポンと肩を叩いた。
「いったん落ち着こう。悩んでいるのなら、頭を冷やしてゆっくり考えた方が良いって」
「……うん、そうしてみる」
弱い声でそう答える。ラプンツェルの言う通り、勢いだけで動いても良い結果にはならないだろう。ラプンツェルに支えられながら、私は席へと戻って行く。
それから笛吹きさんも加えて昼食を再開したけれど、食欲が全くわいてこなかった。まさかご飯が喉を通らないくらい悩むだなんて。私にとってエミルがいかに大きな存在になっていたかが、改めて思い知らされる。結局食事中は勿論、その後お城に戻るまで、エミルの事が頭から離れる事は無かった。
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