再び、シンデレラとカボチャの煮付け 20

 始まった棘の国の舞踏会。僕、エミルも正装に身を包み、会場の中にいた。

 絢爛豪華に彩られたお城のホール内では、これまた綺麗な服装をした何人もの紳士や淑女の方々が、音楽に合わせて楽しそうに踊っている。

 時々入る聞き覚えのある笛の音のソロパートは、あの笛吹きが演奏しているのだろう。あの人は方向音痴だから、もしかしたら街中で迷子になってやしないかとも思ったけど、どうやらちゃんとこれたようだ。彼には貸したお金を返してもらわなければならないから、しっかりと演奏をして稼いでもらわなければ困る。

 まあそれはそうと、僕は少々困った事になっていた。


「こんなところでお会いできるだなんて、運命ですね」

 そう言って僕にグイグイ迫ってきているのは、鏡の国で出会った毒リンゴの印象が強い白雪姫。運命とは思わないけど、まさか彼女もこの舞踏会に来ているだなんて思わなかった。白雪姫はさっきからこんな事を言っては、僕の傍から離れようとしない。

 完全に油断していた。城の人の強い勧めで舞踏会にきたは良いけど踊る気分にもなれず、適当に時間を潰そうと思っていたけど、彼女に見つかったのが運のつき。それからどれだけ撒こうとしても、白雪姫は一度嚙みついたら離れないスッポンのごとく、僕にまとわりついていたのだ。


「鏡の国で別れた後も、わたくしは毎晩のように貴方の事を夢に見ていましたわ。それがこうして再会することができるだなんて、とても感激しています」

「そうですか。僕は色々あって貴女の事を思い出す暇は有りませんでした」

 主にシンデレラの事で頭を悩ませていたからね。

 遠回しに貴女に気はありませんと言ったつもりだったのだけど、それが通じていないのか、彼女は何故か目をうっとりとさせる。

「まあ、嬉しいですわ。わたくしの事を想うと辛くなるから、あえて思い出さないようにされていたのですね」

「僕の話聞いてました?いったいどこをどうしたらそんな解釈ができるんですか」

 きっと白雪姫は常識を逸脱するくらいのポジティブ思考の持ち主なのだろう。面倒くさいからさっさと切り上げたいのだけど、どうやら難しそうだ。

 どうしたものかと困っていると、ふいに後ろから誰かに肩を叩かれた。


「貴女は、棘姫」

 振り返るとそこにいたのは綺麗なドレスを身にまとった棘姫。彼女はにっこりと微笑みながら、そっと僕の手を取ってくる。

「遅れて申し訳ございませんエミル様。約束通り、今日はお相手よろしくお願いしますわ」

 約束って?などと思ったのはほんの一瞬。すぐさま彼女の意図を読み取った僕は、即座に話を合わせる。

「お待ちしておりました。それじゃあ白雪姫、僕はパートナーが現れたからこの辺で。貴女も素敵な夜をお過ごしください」

 そう、棘姫は絡まれて困っている僕を見て手を貸してくれたのだ。これで白雪姫から逃げられる。そう思ったのだけど、ここで諦める彼女ではなかった。僕の空いているもう片方の手を即座に掴んでくる。

「お待ちくださいエミルさん。どうか、どうか私と一緒に踊って下さいませ」

 状況が分かっていないわけでも無いだろうに、白雪姫は直もそんな事を言ってくる。


「貴女のお気持ちは大変うれしいのですが、何分先約がありますから。ねえ棘姫」

「はい。申し訳ございませんが、エミル様をお借りしますね」

 そう言って僕等は頷きあう。そもそも、仮にも僕と棘姫は縁談の話を持ち掛けられている間柄。ここで白雪姫の誘いに乗って、ガラスの国の王子は棘の国の姫を拒んだなどと言う噂でもたてば色々と面倒だ。その気がないのは確かだけれど、余計な騒ぎはおこさないに限る。

 するとここに来て、白雪姫はようやく悲しげな顔になる。


「そんな……棘姫さん、貴女はエミルさんの付き人のレズ娘と深い仲と言うではありませんか。夜な夜な部屋に招き入れては、夜遅くまで愛を語っていると聞いていますわ。それならエミル様は譲ってくれても構いませんよね」

「ちょっと待った!いったい何なのその話は?」

 僕の付き人のレズ娘って、たぶんシンデレラの事だよね。本当は違うのだけど、白雪姫はそう誤解しているはず。

 それが棘姫と深い仲ってどういう事?そう言えば、僕の見ていない所で何故か二人があっているという噂を耳にしたことがあったけど、それってそう言うことだったの?

(いや待て、そんなのデマに決まってるじゃないか。シンデレラと棘姫が仲良くなったのは本当かもしれないけど、大部分は信じられない。そもそもシンデレラにそういう趣味は無いもの)

 そう思いながら棘姫を見ると、彼女は相変わらずのニコニコ顔で僕等の問いに答える。

「たしかにその噂は本当ですわ。私は毎晩シンデレラさんを部屋に呼んで、二人して愛を語っていますわ」

 要訳すると、恋バナや恋愛漫画談義をしているという事なんだけど、そうと知らない僕は耳を疑う。

「否定してくれないの?いったい夜な夜な何をやってるの?」

「大丈夫です。エミル様にとって不都合な事は何一つございませんからご安心を」

 そう言われても、こんな事を言われて安心できるはずが無い。だけど棘姫はそんな僕の心情などお構いなしに、白雪姫に向き直る。


「ですが白雪姫さん、それとこれとは話は別ですわ。たとえ私がどなたと仲が良かろうとも、今宵はエミル様のお相手をするつもりですの。エミル様もそれでいいですわよね」

「う、うん。僕も貴女に聞きたい事が出来ましたし」

 きっと今の僕の顔は引きつっている事だろう。それでも何とか答えられた僕とは違い、ショックで呆然とする白雪姫。ピクリとも動かないから気絶してしまったのかと思ったけど、彼女は急に眼を見開いて宣言した。

「わ、わたくしはまだあきらめませんわよ。次こそは必ず、貴方を仕留めて見せますわ」

 涙交じりに、まるでどこかの悪役のような捨て台詞を吐いて去っていく白雪姫。「絶対にイケメンをゲットしてやる」と、雄叫びのような声を上げる彼女を見ながら、棘姫はクスリと笑う。

「面白い方ですね、白雪姫さんって。今夜の会でイケメンと出会えると良いですわね」

「出会ってしまったイケメンが心配ですけどね。それよりさっきの話です。貴女はシンデレラと何をしているんですか?」

「あら、興味がありますか?そうですよね、何しろ愛しのシンデレラさんの事ですもの」

 まるで心を見透かしたような彼女の笑みに、僕は思わずそっぽを向く。

 まったく、女はいくつもの顔を持つと言うけれど、棘姫の印象は最初会った時と随分違うものになっている。

 会ったばかりの頃は、物腰は柔らかだけど凛としたお姫様という印象だった。だけど、気の進まないお見合いだと思いながら彼女と会っているうちに、その印象は徐々に変わって行った。


 初めて二人で話をした時、もしかしたら彼女もこの縁談には乗り気じゃないのかもと思った。棘姫は終始笑顔だったけど、何故かそれが嘘っぽく思えて。そして決定的だったのは周りに誰もいない時に、そっと彼女が秘密を打ち明けてくれた時。

『実は私は、好きな人がいますの。周りには反対されていますけど、諦めるつもりはありません。この気持ち、エミル様ならわかって頂けますよね』

 重大な秘密を打ち明けると言うよりは、まるで昔やった悪戯をこっそりと教えるように、どこか面白そうに話ししてくれた棘姫。彼女が難しい恋をしている事には驚いたけど、もっと驚いたのはその後に言われた言葉だった。

『エミル様もシンデレラさんの事がお好きなんですよね。お互い困難が待ち構えてはいますが、諦めず頑張りましょう』

 まさかシンデレラの事が好きだという事がバレているとは思わなかった。もしかして前にシンデレラと話したのをどこかで聞いていたのだろうか。

 まあそれ以来、僕の中の棘姫の印象は凛としたお姫様から、猫かぶりのお転婆姫へと変わったのだ。もっとも、互いに縁談に乗り気じゃないことも分かったし、素の彼女を知ってからの方が話しやすかったから別に良いのだけど。

 そんな事を思い出しながら、僕は隣に立つ棘姫さんに目を戻す。

 さっき彼女は、僕がまだシンデレラに気があるような事を言っていたけれど、それは誤解だ。


「勘違いの無いように言っておきますけど、僕はもうシンデレラとは何でもないんです。彼女にはキッパリとフラれましたし、気持ちの整理もちゃんとついています」

 そう言ったのに。棘姫はまるで何でもお見通しですよと言わんばかりににんまりと笑う。

「その割には、随分と動揺していたようですが。何でもないと言いながらも、意識しているのがバレバレですわ」

 痛い所を突いてくる。そうだよ、まだまだ未練たっぷりだよ。フラれたのにいつまでもズルズルと引っ張る、女々しい男だと笑えばいいさ。だけど棘姫さんは優しい口調で語ってくる。

「それで良いのですよ。本当に好きでいたのなら、そう簡単に割り切れるものではございませんから。それにしても…フラれた、ですか」

「何です?何か言いたい事でもあるんですか?」

「いいえ。ただ貴方の言うフラれた事が、何かの勘違いだったら面白いのにと思っただけですわ」

「まさか、いくらなんでもそれは有りませんよ。それはそうと、本当にシンデレラとは何かあったわけではないんですよね。もしや僕の知らない所でシンデレラが暴走していて、貴女に迷惑を掛けてしまったとか」

「まさか。普通にお友達になっただけですわ。あの方に興味がわいたので、少し前に声を掛けさせていただきましたの。そしたらとっても良い方でしたので、話が弾んでしまいましたわ」

 シンデレラと話が弾んだねえ。料理の話でもしたのかな?美食の国とうたわれたこの国の王女様なのだから、料理の話で盛り上がったのだとしても不思議はないかも。


「残念だったのは、シンデレラさんが今日の舞踏会に出られない事でしたわ。せっかくドレスも用意していましたのに、人手が足りないと厨房の方に行ってしまわれました」

「なるほど、シンデレラらしいや。けど確かに残念、彼女のドレスアップした姿を見てみたかった」

 思わずそう本音が出る。気持ちの整理をつけたと言っておきながら、こうすぐにボロが出るようでは棘姫に見透かされても文句は言えない。案の定棘姫はクスクス笑っている。

「本当にシンデレラさんの事が大事ですのね。でもそれなら、もっとお会いになれば良いのに。聞きましたよ、最近全然会ってないそうですね」

「それは仕方がないでしょう。忙しいですし、彼女だって、僕に会いたくないかもしれないし」

 何だか言ってて悲しくなるけど、可能性はある。


「とにかく、シンデレラの事は自分で解決しますのでご心配なく。それはそうと、貴女はこれからどうしますか?どなたかと踊ってきます?」

「ご冗談を。愛する人がいると言うのに、他の男性となんて踊れませんわ。もう少し貴方とご一緒させていただきます。その方が互いに虫除けになって良いでしょう」

 確かにその通り。ここで棘姫と別れて、また白雪姫に絡まれでもしたら面倒だ。利害が一致した僕達は踊るわけでも無く、ホールの隅で舞踏会を眺める事にした。

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