再び、シンデレラとカボチャの煮付け 21

 僕が舞踏会を楽しめなくなったのはいつからだろう。

 何も最初からそうだったわけじゃない。小さい頃は舞踏会がお祭りのように思えて、見ているだけでどこかワクワクしたものだ。だけどいつの間にか、そこは退屈な場になっていた。

 僕に声をかけてくる人は、みんな第三王子とお近づきになろうという魂胆が見え見えで、それが分かると、なんだか変に覚めた気持ちになってしまった。


 それが悪いと言いたいわけじゃない。人にはそれぞれ事情があるのだし、王子との繋がりを欲しているのなら、舞踏会をきっかけに繋がりを持とうとするのも割と自然な行為だ。

 舞踏会自体も面白いとは思わないけど、嫌いと言うわけじゃない。だけどこうして眺めていると、たまにひどく退屈に思えてくるのも事実だ。


(前はその退屈が嫌で、こっそり抜け出したんだよな。そしてそこでシンデレラと出会った)

 もう遠い昔の事のように思える。華やかな会場からほんの少し離れた場所に、カボチャの煮つけを手にした女の子がいるとは誰が想像するだろうか。あんな面白い出会いは恐らくこの先二度とないだろうな。

 シンデレラと初めて会った時の事を思い出していると、傍らに立つ棘姫が喋りかけてくる。


「心ここにあらずと言った様子ですわね。うちの舞踏会は退屈でしょうか?」

「そんな事ありませんよ。これでも十分楽しんでます」

 口ではそう言いながらも、内心しまったと焦る。気持ちが態度に出ていたとあっては、いくら何でも主催側である棘姫に失礼だ。だけど彼女は気にする様子もなく、言葉を続ける。

「無理をしなくて結構ですわ。正直私もあまり楽しめておりませんの。あーあ、せめて貴方と恋バナでもできたらいいのですが、盛り上がって暴走してしまったらいけませんし」

「恋バナに暴走って、いったい何を求めてるんですか?」

「別におかしなことではないでしょう。私くらいの女の子が恋バナで盛り上がっても。現にシンデレラさんとはこの手の話をしては二人して楽しんでいますわ」

「ちょっと…いや、かなり意外だなあ。シンデレラとそんな話をしてるんですか?」

 あのシンデレラが恋バナだなんて、ちょっと想像できない。その話には正直かなり興味があるけど、彼女のいない所でコソコソ尋ねると言うのは気が引けるので、ここは聞きたいという気持ちをぐっと堪える。

 そうして踊っている人たちの方に視線を戻した時、ふと一人の女性に目が止まった。


「あれ、あの子は?」

「どうかなさいましたか?」

「見覚えのある人がいたので。だけどうして彼女がここに……ちょっと挨拶してきます」

 そう言って僕はその人の方へと向かい、棘姫も後を追うようについてくる。彼女がここにいる理由が分からないし、ドレスアップされたその姿は、僕の中にある印象とはだいぶ違う。だけど他人の空似とは思えない。疑問に思いながらも彼女、ラプンツェルの方に歩み寄って行く。


 グラスを片手に立つラプンツェルのすぐそばまで来た。しかし僕よりも先に、一人の男性が彼女に声をかけた。

「お嬢さん、お一人でしょうか?よろしければ私の相手をして頂けませんか」

 そう言った男は見たところ貴族のようで、年齢は二十歳前後くらいだろうか。誘い方も悪くないけどラプンツェルは乗り気じゃ無いようで、気怠そうな目で男を見る。

「言っとくけど、アタシはただの小ぢんまりとした民宿の娘で、バリバリの庶民だから。後ろ盾や財力があるわけでも無いけど、アンタ本当にアタシで良いの?」

「―――ッ!失礼しました!」

 そう言って男は一目散に去って行く。そんな男の背中を、ラプンツェルは冷たい目で見送っている。

 あの歯に衣着せぬ物言い、どうやらラプンツェルで間違いないようだ。僕はそんな彼女に近づき、今度こそ声をかけた。

「久しぶりだね、ラプンツェル。君もこの舞踏会に来ていただなんて驚きだよ」

「ああ、エミル。アンタも来てたんだ。ちゃんとした格好をしてるもんだから、一瞬誰だか分からなかったわよ。馬子にも衣装ね。あ、良い意味でだから」

 とってつけたようなフォローをありがとう。

 ラプンツェルに言われたくはないとは思うけど、確かに前に彼女と会っていた時の僕は、旅姿という出で立ちだった。本当は今みたいな正装を着てる時の方が普通なんだけど、前の格好を見慣れている彼女にとっては違和感があるのかもしれない。

 おそらく今の僕を見てこんな感想を抱く者は、彼女を置いて他にはいないだろう。もっとも僕も、ドレス姿のラプンツェルを見て少し驚いてしまったから、大きなことは言えないのだけれど。


「君はどうやら相変わらずみたいだね。さっきの人もせっかく誘ってくれたんだから、試しに踊ってみればよかったのに」

「冗談でしょ。外見と家柄しか見ていない男なんて願い下げよ」

 確かに。提案しては見たものの、僕がラプンツェルの立場だったとしても、そんな人は遠慮願いたい。

「ところで、いったいどうやってここまで来たの。まさか一人で?」

「あれ、シンデレラから聞いてないの?魔女の婆ちゃんに連れてきてもらったんだけど……さてはアンタ、シンデレラと話せてないんでしょ。あの子、アンタの事で悩んでいたからね」

 図星をついてくるラプンツェル。でもそうか、シンデレラはラプンツェルが来ている事を知っていて、会ってもいたんだね。その事を教えてもらっていないことは少しショックだったけど、ギクシャクしていて話し難かったのだから仕方がない。

 そんな話をしていると、後ろで僕達の会話を聞いていた棘姫が尋ねてくる。


「エミル様、こちらの方はお知り合いですか?シンデレラさんの事もご存じみたいですけど」

「ああ、彼女はラプンツェルと言って、旅の途中で知り合って仲良くなったんです」

 あの時はシンデレラが塔に攫われたり、僕が魔法でカエルにされたりして大変だったけど。その時の事を思い出していると、何故か棘姫は目を輝かせ始める。

「まあ、この方がラプンツェルさんですの?シンデレラさんから話は聞いていますわ。一緒に塔で暮らしたり、宿で働いたりしてたとか。お会いできて嬉しいですわ」

 そう言って棘姫はラプンツェルの手を取る。ニコニコ顔の棘姫とは裏腹に、ラプンツェルは困惑した様子で問いかける。


「誰さん?」

「申し遅れました。私は棘姫と言いまして、この国の王女をやっていますわ。シンデレラさんとはよくお話をさせてもらっていまして、貴女の事も教えてくださいましたわ」

 塔や宿での生活を知っているあたり、どうやらシンデレラはかなり深い所まで棘姫さんに話しているようだ。この分だと僕がカエルの姿にされたことを知っていても不思議じゃない。すると、話を聞いたラプンツェルは珍しそうに棘姫を見る。

「へえー、アンタお姫様なんだ。でもその割には何だか気取って無くて話しやすそうね」

「お誉めにあずかり光栄です。せっかくいらしたのですから、今夜の舞踏会は命一杯楽しんで行って下さいね」

「そうさせてもらうわ。と言っても踊る相手なんていないから、場の雰囲気と料理を楽しむだけだろうけどね。それはそうと、シンデレラはどうしたの?当然あの子もここにいるんでしょ」

 キョロキョロと辺りを見回すラプンツェル。だけど棘姫は切なそうに目を伏せる。

「それが、シンデレラさんは訳あって、厨房のお手伝いに行ってしまわれたのです」

「はあ?何考えてるのよあの子は。いくら料理が大事だからって、ここは舞踏会を優先させるべきでしょ」

 確かに普通の女の子なら迷わずそうするだろう。だけど、シンデレラはこと料理の事になると普通じゃなくなる。僕は彼女の感覚にはすっかり慣れているから話を聞いた時も別に驚きはしなかったけど。むしろここで舞踏会を優先させていたら何事かと不思議がっただろう。


「あの子は本物の料理バカだからねえ。ワシらの常識なんて通用しないんじゃよ」

 まるで僕の心に同調するような意見が聞こえた。声のした方を見るといつの間に来たのか、さっきまでは確かにそこにいなかったはずの森の魔女が、当り前のようにラプンツェルの隣に立ち、話に加わっていた。

 するとその姿を見た棘姫がぺこりと頭を下げる。

「森の魔女さんですよね。ご無沙汰しておりますわ」

「ああ、棘姫かい。アンタとは百年ぶりだね。もっともずっと眠っていたアンタからすれば、あの百年も一夜の事のように感じているだろうけどね。なんにせよ元気で何よりだ」

 当たり前のように百年前と言う単語が出てくることに驚く。そんな僕の様子に気付いたのか、ラプンツェルがそっと耳打ちしてくる。

「あの婆ちゃん、百年前に棘姫に掛けられた死の呪いを弱めたんだってさ」

「魔女の呪いを別の魔女が弱めたって言うその話、聞いた事ある。あれって森の魔女の事だったのか。それじゃああの人は一体今いくつ……これは聞かない方が良いかな」

「それが正解。アタシも前に婆ちゃんっていくつって聞いたら、女に歳を聞くもんじゃないって怒られたわ」

 二人してそんな事を話していると、再会の挨拶が終わった棘姫と森の魔女がこちらに目を向ける。


「それにしても奇妙な縁だねえ。まったく別の所で知り合ったワシらが、こうやって一か所に詰まるだなんて」

 それは僕も思う。森の魔女は知らないだろうけど、会場には旅の途中で知り合った笛吹きや白雪姫もいるのだし、偶然とは本当に凄い。ただ、惜しむのはこの場にシンデレラがいない事。

 少し離れた厨房にはいるのだけど、こうまで知っている人が集合している中、彼女だけがいないというのはどうにも寂しい。

「あら、エミルさん。今シンデレラさんがいなくて寂しいって思いませんでした?」

 急にそんな事を言ってくる棘姫。本当にこの人は心でも読めるのだろうか。

「どうして分かるんですか?」

「恋する女の勘ですわ」

 当然と言わんばかりの顔をする彼女に、それ以上追及する気も失せる。女の子はみんなこんなに勘が鋭いものなのだろうか?いや、少なくともシンデレラは違う気がする。

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