再び、シンデレラとカボチャの煮付け 22
棘姫はニコニコした顔で僕を見る。まるで何でも分かっていますよと言わんばかりの表情。
すると横で様子を見ていた森の魔女やラプンツェルが、何やら興味を持ったように言ってくる。
「ねえエミル。アンタもそんなにシンデレラの事が気になるんなら、一度ちゃんと話してみたら」
「そうじゃそうじゃ。お前さん、国を出る時はグイグイ行く行動派の王子だったのに。なんだい、今の煮え切らない態度は。このままではヘタレ王子に降格じゃぞ」
人の気も知らないで好き勝手言ってくれる。僕はため息をつきながら二人に…いや、この際だから棘姫も加えて三人に言う。
「あのですねえ。もうその話は終わったんです。魔女さんやラプンツェルは知らないかもしれないけど、僕はシンデレラにキッパリとフラれました。それなのにいつまでも未練がましくしていたら、彼女だって迷惑でしょう」
「いや、そのフラれたって言うのは実はね……」
そう言ってラプンツェルが何かを言いかける。しかしそれよりも早く、会場の奥から突っ走ってきた人影が、僕とラプンツェルの間に割って入った。
「エミルさん、先ほどフラれたと聞こえましたが、いったいどういう事ですの?」
そう言ってがっしりと僕の手握ってきたのは、やっぱりと言うべきか白雪姫。いったいどこで話を聞いていたのか、彼女は信じられない速さでここまで駆けてきたのだ。
「白雪姫!何でもありませんから手を放してもらえませんか。握る力がつよすぎて、かなり痛いです」
「あらごめんなさい。わたくしとしたことが、エミルさんへの愛の力が強すぎたようです。それよりさっきの話は何ですか!フラれたと聞こえましたけど、エミルさんが?それならば何とおいたわしい」
そんな事を言いながらも、目は明らかに笑っている。おそらく彼女は、事情は分からないけど僕がフラれてフリーになった今ならチャンスがあるとでも思っているのだろう。けどまるで獲物を目の前にした飢えた獣のような彼女には、正直引いてしまう。
手を握る力は弱めてくれたものの、白雪姫は依然放してはくれない。僕は誰かに助けを求めようと辺りを見ると、ふと視線の先に派手な服を着たあの笛吹きが飛び込んできた。
「笛吹き、良い所へ。貸したお金はチャラにするから、自慢の笛の音で彼女を何とかしてください!」
なりふり構わずそう言ったのだけど、僕の叫びを聞いたはずの笛吹きは何故か首を横に振る。
「悪いんだけどさ、どうもこの姫さんは操れる気がしねえわ。つーか、正直関わりたくない」
「そんなこと言わずに、試してみるだけでも」
「そう言われてもなあ、成功する気がまるでしない。実はこの姫さん、さっきまで酒飲んで俺に絡んでたんだわ。本命を持ち逃げされたって。それが急に『恋のチャンス到来』なんて言って走り出したもんだからびっりしたぞ。人や獣は操れても、恋の魔物は操れねえわ」
もしやその時僕がフラれた云々の話を聞いたのだろうか。どこにいたのかは知らないけど、絡み酒の最中にピンポイントに自分に都合のいい情報だけを聞き取るだなんて、どういう耳をしてるんだこの人は?
様子を見守っていたラプンツェルもどうすればいいか分からないようで、呆れた様子で棘姫に目を向けている。
「ねえ、アレもお姫様なんだよね。世の中にはいろんな姫がいるんだねえ」
「世界は広いですからねえ。ですがエミル様、浮気はいけませんよ。貴方には心に決めた方がいるではありませんか」
元よりそんなつもりは無い。と言っても、もはやシンデレラとは何でもないのだから浮気にもならないのだけど。
どうにかして白雪姫を引きはがそうと頑張るのを、皆は助けようともせずにただ見守るばかり。まあ僕が彼女等の立場だったとしても、あまり関わりたくないだろうから仕方がないけど。
そうして僕が奮闘していると、不意に給仕服を着た一人の女性がこっちに近づいて来て、棘姫に歩み寄った。
アレは、棘姫の侍女だろうか。白雪姫の相手をしながらも何となくそっちに目をやると、侍女と思しき女性は棘姫に何かを伝えた。そしてその途端、彼女の顔色が変わった。
(いったいどうしたんだろう?)
棘姫の様子が明らかにおかしい。会話の内容は聞こえなかったけど、彼女は明らかに青ざめて俯いる。僕は隙あらば詰め寄ってくる白雪姫と一定の間合いを開けながらも、棘姫から目を離すことが出来なかった。
すると、不意に顔を上げた棘姫と目が合った。そして――
「エミル様!」
棘姫は急に大きな声で僕の名を呼び、周りの人達は何事かとこっちを振り返る。僕も思わず立ち止まり、白雪姫さえも彼女の迫力に気圧されたのか動きを止める。そして棘姫はそんな周りの様子に一切気を取られるわけでも無く、そっと僕へと近づいてくる。
「エミル様、どうか落ち着いて聞いてくだひゃい」
「棘姫こそ落ち着いて。噛んでますよ」
「お見苦しい所を見せて申し訳ございません。って、そうじゃないんです。いま使いの者から聞いたのですが、シンデレラさんが怪我をなされたそうです」
「シンデレラが?」
今度は僕の血の気が引く。棘姫は小さく頷いて、ゆっくりと話し始める。
「私も詳しい話はまだ聞いていません。ですが、調理の途中で誤ってケガをしたそうです」
「それで、シンデレラは大丈夫なの?」
「それはまだ分かりません。今中庭で治療を受けていると聞きました。エミルさん、どうかすぐに彼女の所へ行ってあげてください」
言われるまでもない。僕はすぐさま床を蹴り、ホールの出口へと向かう……が、その手を誰が掴んだ。いや、誰かと言ってもだいたい想像はついてるんだけど。
「エミル様。どうか、どうかわたくしと踊って下さいませ」
手を掴んできたのはやっぱり白雪姫。彼女の執念はある意味称賛に値するけど、シンデレラの一大事となると構っている暇はない。
「白雪姫。お気持ちは大変嬉しいのですが、僕は今すぐいかなければならないんです。棘姫、彼女の事はお願いします」
「お任せください、エミル様は早くシンデレラさんの元へ」
僕は白雪姫の手を解き、すかさず棘姫が彼女を押さえる。
そして今こそホールの外へ向かって走り出す。後ろから白雪姫の悲痛な声が聞こえたけど、ゴメン。こんなところで恥をかかせて悪いとは思うけど、本当に今はそれどころじゃないから。
心の中で白雪姫に謝りながら、僕は中庭に向かって走って行った。
僕が去った後の舞踏会会場では、棘姫が呆然としている白雪姫の頭を撫でて慰めていた。そしてそんな棘姫の耳元で、ラプンツェルがそっと囁いた。
「アンタ、強引な手を使うわね。嘘までついて二人を合わせようとするなんてさ」
「さて、何の事でしょう?」
分からないと言った様子で首を稼げる棘姫。しかしラプンツェルは言葉を続ける。
「シンデレラが怪我したって言ってたけど、それならどうして中庭にいるのよ。普通医務室でしょうが」
「あら、そう言えばそうですわね。よくお気づきになられましたね」
「普通気付くわ!セリフを噛むなんて小細工までしたけど、結構雑な設定だから。それなのに疑いもしなかったエミルは動揺しすぎね。普段のアイツならこんな手に引っかかることも無かったでしょうに」
ラプンツェルが呆れていると、その話を聞いていた笛吹きが諭すように言う。
「そう言うな。あの王子さんも相当拗らせているからな。冷静でいるだけの余裕が無いんだろう。で、そっちの姫さん。この後はどうするつもりなんだ。いったい何を企んでいる?」
「企むだなんてとんでもない。私はただ、シンデレラさんとエミル様にゆっくりお話しできる場を作るだけですわ。元々二人とも想い合っているのですから、ちゃんと話をすればそれだけでまた仲良くなれるはずです」
「それだけで何とかなるのか?だとしたらあの二人、簡単な問題なのに随分と回り道をしてるんだな」
気の毒そうな声を出す笛吹。ラプンツェルも同感と言わんばかりに頷いている。だけど森の魔女だけは満足そうに声を出す。
「別に良いじゃないか。寄り道や回り道ができるのなんて、若い者の特権だよ。沢山悩んで、沢山こじれて、少しずつでも良いから前に進めばそれで良い」
「ずいぶんともっともらしいこと言うね。伊達に歳とって無いってこと?」
「やかましい小娘だ、歳の話はするなって前にも言っただろう。そう言うアンタも人の事ばかりに首を突っ込んでないで、自分の相手でも探したらどうだい」
「今のところ興味ないなあ。それよりもいろんな所に行ったり、シンデレラを観察した方が面白そうだし」
森の魔女の言葉にもラプンツェルは興味無さげと言った様子。するとそれをフォローするように棘姫も言う。
「ラプンツェルさんの仰る通り、今気になるのはあのお二人ですわよね。ここが正念場でしょうから、エミル様には頑張ってもらいませんと」
「全くね。そもそもどうしてこんなに拗れたんだか。二人とも気持ちはハッキリしているんだから、さっさとくっつけっての」
顔を見合わせて頷きあう棘姫とラプンツェル。その隣では、白雪姫が一人涙声を出している。
「うぅ~、わたくしの王子様~~~」
「はいはい。白雪姫様、人の恋路を邪魔してはいけませんよ。ご安心ください、いつの日かきっと、貴女にも運命の相手が現れますよ」
棘姫はそう言って白雪姫を慰めるのだった。
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