再び、シンデレラとカボチャの煮付け 23

 遠くから聞こえてくる演奏に耳を傾けながら、私、シンデレラは一人中庭のテラスに置かれた椅子に腰かけていた。


 辺りはとうに真っ暗で、時刻はもうすぐ十二時になろうとしている。だけど夜風は冷たくなく、むしろ手だけを言えば温かい。それもそのはず、私の手の中には先ほど作ったばかりのカボチャの煮付けが、まだ温かなままタッパーに入っていた。これは棘姫さんから直々に、食べたいから作ってもらえないかと注文を受けた品だ。


『もしもできるようなら、予定の料理を作り終えた後でいいので、カボチャの煮つけを作ってはもらえませんか。前に貴女からカボチャの煮付けの話を聞いて、食べてみたくなりましたの』

 先ほど厨房を訪れた棘姫さんは出て行く直前に、そっと私に頼んできた。

 幸い厨房の中には材料も揃っていたからすぐさまそれを承諾し、作る運びとなったのだ。もっとも他の料理を作るのに思ったより手間がかかって、こんな時間になってしまったのだけど。


『もし作って頂けたのなら、私の侍女にその旨をお伝えください。それで、できればそれを中

 庭に持って来ていただけませんか。舞踏会の途中であろうと、必ず抜け出して行きますから』

 そう言われていたから、私はできたばかりのカボチャの煮付けをタッパーに移して、こうして中庭へきている。料理は全て作り終わっていて、残りは後片付けだけだから簡単に抜ける事が出来た。ここに来る途中に侍女の肩にカボチャの煮付けがで来たことを伝えたから、もう少ししたら棘姫さんもここに来るだろう。それにしても。


 流れてくる音楽を聴きながら庭園を眺めているとつくづく思う。今の状況は初めてエミルと会った時によく似ていると。

 あの時も私はカボチャの煮付けを手に、夜のお城の中庭にいたっけ。あの時は厨房をクビになったばかりで悲しみに暮れていたけど。だけどそこにエミルが現れて、カボチャの煮付けを食べて美味しいと言ってくれたのだ。

 今思い返してみれば、本当にあれは不思議な出会いだったと。あの時エミルと会っていなかったら料理修業をすることも、こうして棘の国にいることも無かっただろう。

 当時の事を思い出して懐かしんでいると、ふと視線の先の、お城の中と庭とをつなぐドアが開くのが目に入った。そしてそこから、誰かが出てきた。


(棘姫さんが来たのかな?)

 暗い中目を凝らしていると、その人影は真っ直ぐこっちに向かって歩いて…いや、走ってきている。そして近づいてくるにつれて、それが棘姫さんでないことが分かってくる。と言うかあれは……

(エミル、どうしてここに?)

 現れた人影の正体はエミル。なぜ彼がこんな所に来たのか分からないでいると、エミルはあっという間に私の元まで駆けてきた。そして。

「シンデレラ、大丈夫なの?気分は悪くない?必要な薬があるならすぐに手配するから、何でも言って」

 エミルはいきなり私の肩を掴むなり、よく分からないことを言ってくる。何だか慌てているみたいだけど、私は状況が全くつかめずに、ただ混乱するばかりだ。

「エミル、落ち着いて。何を言っているのか分からないわ。薬って何の事?」

「なにって、傷口に塗る薬だよ。怪我をしたんでしょう、だったらすぐに手当てしないと」

 よほど慌てているのか、話を聞いても何のことだか全然分からない。

 そして私も、エミルほどではないけど少し焦っていた。と言うのも、さっきからエミルが心配そうな目をしているのだけど、顔が近すぎなのだ。そのせいでさっきから心臓がバクバクと音を立てている。


「エミル……とりあえず大丈夫だから、少し離れよう。これじゃあ話しにくいよ」

「あ、ごめん」

 エミルは再度慌てたように後ずさりする。私はエミルに悟られないように大きく息を吸い込み、波打っていた心臓を静めていく。

「それで、いったい何があったの?怪我って言ってたけど、誰かが怪我をしたの?」

「誰かがって、君が料理の途中にけがをしたって聞いてきたんだけど。もしかして、平気なの?」

 エミルもようやく落ち着いたようで、私の問いにしっかりと答えてくれる。だけど問題なのはその答えの内容だ。勿論私は全く身に覚えが無い。

「私、怪我なんてしてないよ。この通りピンピンしてるもの」

「本当に?フライパンで火傷したり、包丁で手を切ったりしてない?」

「してないしてない。だいたいい包丁で手なんか斬ったら、せっかくの料理が血に染まるかもしれないじゃない。そんな勿体無い失敗はしないよ」

「そう言う問題なの?でもおかしいな、確かに君が怪我をしたって棘姫が言ってたんだけど」

「棘姫さんが?」

 私は耳を疑った。カボチャの煮付けが出来たという伝言は頼んだけど、怪我をしただなんて。いったいどこで話がおかしくなったのだろう。

 訳が分からずに首を傾げていると、エミルが何かに気付いたように頭を押さえだした。


「なるほど、そう言う事か。考えてみれば怪我をしたのに中庭にいると言うのもおかしな話だし。シンデレラ、どうやら僕達は棘姫にハメられたみたいだ」

「どういう事なの?」

[実は棘姫は、やたらと僕と君を二人にさせようとしたり、話をさせようとしてたんだよ。理由は…聞かないでくれると助かる。とにかくそう言う訳で、この事も彼女の策略なんだと思う。棘姫、何だか僕等の事を誤解しているみたいだから。今度ちゃんと話しておくよ]

 その説明に私は愕然とする。エミルはボカしていたけれど、私達を二人にさせようとした棘姫さんの意図は私だって分かる。きっとそうすることでこのギクシャクした関係を終わらせようと言いたいのだろう。


 本当なら舞踏会でそれをするつもりだったのだろうけど私が出られなくなったものだから、こうして別の舞台を用意したわけだ。それじゃあ、カボチャの煮付けも誘い出すために頼んだのか。だとしたら何という策士、おそらく私が料理絡みの頼みを断らないと見越したのだろう。

「全然気づかなかったなあ。そう言えば、カボチャの煮付けとか舞踏会とかお城の庭とか、初めてエミルと会った時に状況が似ているなとは思ったけど。もしかして棘姫さん、それを意識したのかなあ。カボチャの煮付けが食べたいだけなんだと思ってたわ」

「初めて会った時の事、棘姫に話したんだね。だとしたら間違いないだろうね。と言うか、それだけ似ているって思っていたのなら仕組まれたって気づこうよ。まあ僕も疑いもせずにここに来たんだから君の事を笑えないんだけど」

 バツの悪そうな顔をするエミル。そして私もこれ以上何を言えばいいのか分からず、二人して黙り込む。


 夜空の下、互いに目を合わせることもできずに気まずい沈黙が続く。聞こえてくる舞踏会の音楽も、何だか遠い世界の事のように思えるようで、まるで私達だけが別の世界に閉じ込められてしまったような、不気味な静けさが漂っている。

 そして、その沈黙を最初に破ったのはエミルの方だった。

「ごめんね、何だか変な事になっちゃって。棘姫には後で僕がちゃんと言っておくから、怒らないであげて」

「違うの、棘姫さんが悪いんじゃなくて……棘姫さんは私がちゃんとエミルと話がしたいって言うのを聞いて、気を利かせてくれただけだから。だから、これは私が望んだことなの」

「え、そうなの?でも何で?」

「実は、前に廊下で私達が話しているのを棘姫さんが聞いてて、それから色々と気にかけてくれているの。こういう……話もしないのは良くないって言って」

 あの時の事を話題に出すのは少し躊躇いがあったけど、ちゃんと話さずに棘姫さんが悪者にされては申し訳無い。すると話を聞いたエミルは、何だか納得したような顔になる。

「なるほどね。薄々そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりアレを見られてたのか。しまったなあ、もう少し周りに気を配っておくべきだった」

 全てを察したように頷くエミル。

 それにしても、エミルとこうやって話すのは本当に久しぶりだ。本当は話したい事が沢山あるのに、いったい何から話せばいいのか。

 自分の胸に手を当てながら、そっと想いを巡らせる。

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