再び、シンデレラとカボチャの煮付け 24

 エミルと話がしたい。そう言ったのに何も話そうとしない私を不審に思ったのか、エミルの方から聞いてくくる。

「それで、話って何なの?何か、僕に言いたい事があるんだよね」

「それは……」

 どうしよう、会って話をしたいとは確かに思ってたけど、心の準備なんてできてなかった。焦る気持ちと共に、先ほど静まった心臓の鼓動が再び強くなっていく。

「もしかして、言い難い事?もしそうなら、日を改めて落ち着いてからにする?いきなりこんな所に呼ばれて言えって言われても、話し難い事ってあるもんね」

 私の気持ちを察したようにエミルはそう言ってくる。だけど待って。そうじゃなくて。


「違うの。言い難いってわけじゃなくて、むしろ言いたい事があって、それで、できれば今度じゃなくて今がいいんだけど……」

 エミルは言ってる事が要領を得ない私を不思議そうに見ている。私はいったん息を吸い込み呼吸を整えた後、ようやく本題を切り出した。

「ねえ、鏡の国で、私が毒リンゴを食べた後の事って覚えてる?」

 そう言った直後、急にエミルの表情が崩れた。まるで触れてほしく無かった傷口を、大根おろし器ですり下ろされたような、そんな顔。

 無理もないかも、本当は違うのだけど、エミルはあの時私にフラれたと勘違いしているらしいから。


「覚えているけど……もしかして、まだ怒ってる?そうだよね、アレが無ければ今みたいに棘姫が変な誤解をすることも無かったんだし。何だか彼女、君との仲を取り持とうって考えているみたいで。ごめん、こんなの迷惑だよね」

 声は切なげで、だけど作った笑顔で無理やり平気な素振りを見せて。そんなエミルを見て、私は彼の事を傷つけてしまっていたことを改めて思い知らされる。

 エミルが落ち込んでいるというのは笛吹きさんから聞いていたけど、こうして悲し気な笑顔を目の当たりにするのと、やっぱり胸が痛む。

 このままではいけない。そう思った瞬間、私は冷たい床を蹴った。

「えっ、シンデレラ?」

 エミルが困惑したような声を出す。だけど私はその表情を見る事はできない。一気にエミルに詰め寄った私は、そのまま彼に抱きつき、その胸に顔をうずめていたからだ。


「ちょっと、本当にどうしたの?気分でも悪い?夜風に当たって寒くなったなら、城の中に入ろう」

 困惑した様子で言葉を並べるエミル。だけど私は動かないまま、胸にある言葉を紡いでいく。

「聞いてエミル。あの時の……エミルが私に好きだって言ってくれた時の事だけど、勘違いしてるよ。笛吹きさんから聞いたけど…私がエミルの事を嫌いになったって思ってるんでしょ。それ、間違いだから」

「は?」

 とたんにエミルが硬直する。私が言った事が理解できていないのか、暫くそうしていたけど、やがてハッとしたように喋り出す。

「いや、そんなわけないでしょ。だってあれだけハッキリ言ったんだから。もしかして、僕に気を使ってる?それなら無理をしなくても良いよ」

「だからそうじゃないの。エミル、私が言ったこと、ちゃんと覚えてる?」

「うん……二度と近づかないでとか、僕なんかの傍にいたくないとか言ったよね」

 やっぱり思い出すと辛いのか、元気無さげな様子であの時の事を口にするエミル。だけどちょっと待って。

「私、そんな事言って無い!そりゃあ似たような事は言ったと思うけど、そんな酷い事は言って無いよ」

「そうだっけ?言われてみればそんな気も…でも似たような事はやっぱり言ったんだよね。だったら……」

「言った事は言ったけど、意味が全然違うよ。いい、私が言ったのは『近づかないで』と『エミルの傍にいたくない』だよ」

「それって、やっぱり同じじゃないの?」

 悲しそうなエミル。確かにちょっと聞いただけだとそう思えるかも。エミルにしてみれば今更こんなッことを言われても傷口に死を塗られているようなものかもしれないけど。だけど、事実は違うのだ。


「アレは、好きだって言われたから恥ずかしくて…エミルの事を直視できなかったの。だから少しの間、一人になって気持ちを落ち着けたかっただけで。それで傍にいたくないって言ったの。本当は、エミルに好きって言ってもらって、すごく嬉しかった。だって、私もエミルと同じ気持ちだったんだもの!」

 ……言った。最後の方はエミルの反応が恐くて目をつむってしまったけど、何とか言い切った。こんな事を言われて、エミルは何と思うだろうか?

 今更何を言っているのかと呆れられたりしないだろうか。つい不安な気持ちになってしまったけど、いつまでたってもエミルからの反応は無い。

 もしかして、聞こえてなかったとか?ううん、大きな声で言ったんだしそれは無いだろう。私は恐る恐る目を開き、エミルの様子を窺う。

「……エミル?」

 名前を呼びながら見ると、エミルは右手で頭を押さえ、うつむきながら何かを考えているようだった。だけどそれからすぐに顔を上げ、私を見つめてくる。

「――――ッ」

 目が合ってしまい、今度は私が硬直する。顔が火照ってくることがわかり、何だか恥ずかしいけど、目を逸らすこともできない。

 するとエミルは、複雑そうな表情で私に聞いてくる。


「つまり何?君にフラれたと思ったのは僕の勘違いで、それからずっと一人で空回りしていたってこと?」

 そう言う事になるのかなあ?空回っていたかどうかは私には分からないけど、エミルがそう言うってことはそうなのだろう。

「何それ?僕は君を傷つけてしまったと思って、沢山悩んでいたのに。それが全部勘違いだったって事?」

「ゴメンね、紛らわしい言い方をしたばっかりに。エミルが勘違いしてる事、結構長い間気付いてなかったの。あの後すぐに、今まで通りっていてほしいって言われて、互いにその通りに振る舞っていたから。気付く機会が無かった」

「ああ、そう言えば言ったねそんな事。それじゃああの時余計な事を言わなければ、もっと早くにおかしいって気づいていたかもしれないのか。自分の軽率な行動を恨むよ」

「少し前に笛吹きさんから話を聞いて、すぐに誤解を解かなきゃって思ったんだけど。でも、エミルには縁談のお話もあったし、それなのに私が近くでウロウロして、変な誤解をされて迷惑かけちゃいけないと思って。エミルだって言ってたじゃない、自分は王子なんだから国のために生きなきゃならないって。それなら蒸し返さずに、このまま黙っていた方が良いのかなって」

 結局は棘姫さんに背中を押されてこうして話しているのだけど。だけどそれでも迷惑ではないかと言う不安は残っている。だけどエミルはそんな私に、少し疲れたように語る。

「ああ、そんな事も言ったっけ。国の為だとか綺麗ごとを並べて、心にもない事を」

 そうしてエミルはしっかりと私の目を見て、強い口調で言ってくる。

「アレは全部嘘だから!そう言う事にでもしないとショックで寝込みそうな自分を誤魔化すための建前だから!」

「ええっ、そうだったの?てっきり本気で言ったのだと思ってた」

「確かに本来はそうあるべきなんだろうね。国の利益よりも私情を優先させるのは王子としては間違っているかも。けど、それでも通したい我儘と言うのもあるんだよ」

「ええと、つまりそれって……」

 どうしよう、なんだか凄く図々しい期待を抱いてしまった。だけどそんなはずは無いと、考えた事を振り払う。だけどエミルはそんなことなどお構いなしに言い放つ。

「君が受け入れてさえくれれば僕は立場なんて関係なく、君を妃に迎え入れたい。そう思っていたんだよ」

「―――――ッ!」

 あまりの出来事に混乱し、言葉を失う。妃って言うのは、奥さんの事だよね。つまり私に求婚するつもりだったってこと?エミルが?

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