再び、シンデレラとカボチャの煮付け 25

 君を妃に迎え入れたい。エミルは確かにそう言った。

 その思いもよらぬ告白に衝撃を受け、頭の中がぐちゃぐちゃに混乱しながらも、何か言わなきゃいけないと必死で言葉を探していく。


「で、でも私は良家の娘と言うわけでも無い、ただの料理人見習いだよ。エミルとは釣り合わないよ」

「だからそう言うのが関係無いんだって。家柄や職業なんかで優劣をつけるつもりは無いよ。勿論反対の声も多いだろうけど、それでも僕は君の為なら戦うつもりでいたんだよ」

 ええっ?まさかそこまで考えてくれていただなんて。

「誰が何と言おうと、僕が好きなのは君一人だ。僕は悪い王子だから、心を殺してまで国の為に尽くすことなんてできない」

「で、でも、こんな私で本当に良いの?エミルにはもっとふさわしい人がいるんじゃ」

「まだそんな事を言っているの?いいかい、君は自分で思っているほど無価値な人間じゃない。君が僕を受け入れられないって言うのなら仕方がないけど、釣り合わないとか、ふさわしくないなんて言葉で誤魔化したりはしないで。もっとちゃんと僕を見てよ」

 真剣な眼差しで私を見つめるエミル。冗談なんかじゃ無く、彼は今でも本当に私の事を好きでいてくれているのかと思うと、次第に胸の奥が熱くなっていく。

「エミル…そんなにも私の事を……」

 エミルから目が離せずに、私達はそのまま見つめ合う。

 しかし、ここでハタと気づいてしまった。という事は、私はそんなにも自分の事を想ってくれているエミルに変な誤解をさせて傷つけて、さらに一時はもうこのまま誤解を解かなくても良いかもって思ってたってこと?それって、かなり酷い事なんじゃないかなあ。

「ご、ごめんエミル。そうとは知らずに傷つけるような事ばかり言って」

「別に平気だから大丈夫……」

 大丈夫、そう言いかけたみたいだったけど、エミルは急に口を噤む。そして、なんだか恨めしげな様子で私を睨んできた。


「いや、さすがに今回は大いに傷ついたか。最悪だったよ!」

「やっぱりそうなんだ!」

 分かってはいたけど、こうしてエミルから直接言われるとダメージが大きい。

 うん、分かってるよ。悪いのは私だって。だけどやっぱり好きな人からこんな風に言われたのだからショックは受ける。


「この際だから言わせてもらうけど、だいたい君はいつもそう。僕がいくらアプローチをしても全然気づかずに。なのに時々わざとやってるのかと疑いたくなるような思わせぶりな事を言ってきたり。ひょっとして、僕が好きだってことを知ってて遊んでたの?」

「そんなこと無いけど……そもそも私、思わせぶりな事なんていつ言ったっけ?」

 全く身に覚えが無い。するとエミルは呆れたように息をつく。


「ほら、やっぱりわかってない。無自覚で特に意味は無かったってことは、僕以外の人にも同じような事を言ってるかもしれないってことだよね。誰彼構わずに」

 そうかもしれないのかなあ?エミルの言う思わせぶりな事がどういう事かは分からないけど、そんな事を誰彼構わず言っていたかもしれないの?

 そう思うととたんに恥ずかしくなってくる。勿論そんなつもりは無いのだけど、傍から見れば相当軽い女に見えていたかもしれない。

「さらに、時には心をえぐるような事も言ってきたよね。僕と恋人になるなんて未来永劫あり得ないって言ったのを覚えてる?」

「お、覚えてない。そんなこと本当に言ったの?」

 実際はこうしてエミルの事を好きになって、そういう関係になれれば良いななんて思ったりもしたけど。その時の私はいったい何を思ってそんな酷い事を言ったのだろう?我ながら最低なことを言っている気がする。

 その時からエミルが私の事を好きだったとしたら、それはさぞかし傷ついたに違いない。愚かだった当時の私をひっぱたいてやりたい。


「あとそれから……」

「まだあるのッ?」

「まだと言うか、そもそも君に傷つけられた回数はとても数えられたものじゃないよ」

 そんなに!にもかかわらず私はそれに気づきもせず、傍にいたいとか図々しい事を思っていたのか。自分のバカさ加減にショックを受けて、がっくりと肩を落とす。ああ、何だか涙が出てきた。

「本当にどうしてくれるの?君と会ってからというもの、僕は傷つけられてばかりだよ。そりゃあ好んで一緒にいたのは僕の方だけど、それでも最低限の接し方というのはあると思うよ」

 返す言葉もありません。それにしても、好きだと言ってくれたのにこの言われよう。きっとエミルは相当怒っているのだろう。自分のしてきた悪行の数々を思うと無理もないけど。

「本当にごめんなさい。そんなに極悪非道の限りをつくしていただなんて」

「ようやく分かってくれた?」

「うん。実はというと思い出せないことも多くてピンときてないけど、エミルが言うんだから間違いないって思ってる」

「これだけ言っても全部は思い出してはくれないのっ?」

 途端にあきれ顔になるエミル。思い出せなくてごめん、本当にごめん。

 けど、自分が悪い事をし続けてきた事だけは嫌というほどよく分かった。もしかしたらエミルも、もう私に愛想を尽かしているかもしれない。だったら私も覚悟を決めよう。


「ごめん、償いにもならないと思うけど、せめて気がすむまで怒って罵って。殴っても蹴っ飛ばしてもいいから。何をされても文句は言えないもの」

 割と本気でそう言ったのだけど、これにはエミルが驚いたようだ。

「ちょっと待ってよ。そんなこと言われても女の子に手を上げるわけにはいかないし」

「大丈夫、構わないから。私、エミルになら何をされても良いよ」

「―――ッ!また君はそんな事を……」

 エミルは奥歯を噛みしめた後、呆れたように私を見る。

「前言撤回。手を上げるわけにはいかないって言ったけど、やっぱり償いはしてもらうよ。君は一度痛い目を見た方が良いから」

 え、何だかよく分からないけど、お仕置きをされる流れになっちゃったの?まあ別に良いのだけど。


「それじゃあ、覚悟はできてるね?」

 そうエミルが冷たく言う。自分から言い出したというのに、私はつい怖くなって目を瞑る。

 さあ、思いっきり殴られるか。それともお腹をけっ飛ばされるか。

 そんな事を思っていると、ふと頭に柔らかな感触があった。

 エミルが手を触れられたというのが分かったて来たのだろう。そうか、きっと片手で頭を押さえ、もう片方の手でぶん殴るつもりなんだ。次に来るであろう衝撃に備え、思わず身を縮めてしまったけど。


(……あれ?)

 何だか変だ。てっきり殴られると思っていたけど、予想していたような痛みは中々やってこない。その代わり、何だかおでこに柔らかな感触がある。これはいったいどういうことだろう?

 ちょっと怖かったけど、恐る恐る目を開き―――そのまま固まった。

「―――――ッ⁉」

 眼前にあったのはエミルの顔。エミルは息がかかるくらいの至近距離にいて、私のおでこに唇を当てていた―――つまりはおでこにキスをされていたのだ。


「あああうわあああああ――!」

 予想外の行動に、思わず悲鳴を上げながら後ずさる。

「ごめん、嫌だった?何をしても良いって言ってたから」

「そ、それは殴ったり蹴飛ばしたりしてもかまわないって意味で」

「へえ、それじゃあ君は、僕にキスをされるのは、殴られるよりも嫌だったってこと?」

「そう言うわけじゃないけど……」

 心の準備が全然できてなかったよ。そんな動揺する私を見て、エミルはなんだか可笑しそうに笑みを浮かべている。

「これで分かったでしょう。君は不用意な発言が多すぎるって。これでも手加減したんだからね。これに懲りたら、もっと言動には気を付けないとダメだよ」

 確かに。何されても構わないなんて言ったものだから、こうやってキスをされても文句を言うわけにはいかない。もっとも、エミルにキスをされるのは嫌というわけじゃないけど……

 

 けどまあ、言動に気を付けた方が良いという事だけはよく分かった。

「肝に銘じます」

「よろしい。まあもっとも……」

 エミルはそっと近づいて来て、当り前のように私の肩に手を回して抱き寄せた。

(えええっ!何これぇぇえ⁉)

 大胆な行動に付いていけない私を見ながら、エミルは悪戯っぽく言う。

「今までさんざん待たされたんだから、これからは許可を貰わなくてもこういうことするから。覚悟しておいてね」

 こういうことってどういう事?いったい何をするつもりなの?

 私は抱きしめられたまま、目を白黒させながら必死に心を落ち着かせる。

「エミル、何だか性格変わってない?今までこう言う事しなかったのに」

「いいや、僕は元々こう言う奴だよ。最近は君に振り回されてばかりでペースを乱されていたけどね」

 そう言えば出合って最初の頃、髪にキスをされたりもしたっけ。あの時はふざけてやったものだと思っていたけど、今にして思えば……

(エミル、あの時にはもう、私のことが好きだったのかな?)

 それなのに私は最近まで気づかなかっただなんて。再度自分の鈍感さを突き付けられた気がして、私は少し胸が痛んだ。

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