再び、シンデレラとカボチャの煮付け 26

 エミルに肩を抱かれたまま、私は黙っている。けれども喋らないわけにもいかない。このままだと緊張と恥ずかしさでどうにかなりそうだ。

 何か話題には無いかと、必死に頭を回転させる。


「そう言えば、棘姫さんとのお見合いはどうなったの?」

 棘姫さんは上手くやると言っていたけど、やっぱり心配だった。ガラスの国と棘の国の未来を考えると、悪い話では無いわけだし。

 私を妃に迎えたいなんて言っていたけど、そうなると色々と問題が出てきそうだ。

 だけどそんな私の心配をよそに、エミルは笑みを浮かべる。

「お見合いの件は棘姫がこっそりその気は無いって伝えてくれたからね。彼女と協力するれば、尾を引くこと無く破談に持っていくことが出来るよ。だから安心して」

 破断に持っていけるから安心してというのもおかしな気がするけど。するとエミルは思い出したように言ってくる。

「それはそうと、君はいつの間に棘姫と間に仲良くなったの?」

「それは、色々あって…」

 さすがに恋の悩みを相談し合ってたとはいえない。けど、ちゃんと納得のいく説明はした方が良いだろう。

「本当にお話をしていただけだから。毎晩棘姫さんの寝室に通っているうちにだんだん仲良くなっていって。恋バナしたり、作法を学んだりしていたわ。最近では棘姫さん、毎晩私に手取り足とり指導をしてくれてたかな」

 舞踏会に備えて、棘姫さんはダンスのレッスンをしてくれていたのだ。もっとも、急に厨房に入ることにしちゃったから、結局役立たせることはできなかったけど。棘姫さんごめんなさい。

 しかし私の話を聞いたエミルは、眉間にシワを寄せてくる。


「いったい君達は何をやっていたの?やっぱり君には、今後も悩まされるんだろうな」

 そんな事ない…と言いたいけど、断言はできない。何せ最近まで自分の愚行の数々に全く気付いていなかったのだから。

「悩むといえば、覚えてる?いつだったか雪の町で、君が寒がっている人に手袋やコートをあげちゃった時の事を」

「うん。覚えてるよ」

 あの時もエミルに怒られたっけかなあ。もっと自愛信を持てって。その時の気持ちを忘れないようにって、エミルは誓いの証として一枚の古い銀貨を私に預けたんだっけ。

「あの時の銀貨、まだとってある?」

「ええ、もちろんよ」

 エミルからもらった銀貨だもの。肌身離さず持っている。

 ポケットから、星のデザインが施された銀貨を取り出す。長い旅の中、辛いことも危険なこともあったけど、この銀貨は何があっても手放すことは無かったのだ。


「あの時、この銀貨にはもう一つ意味があるって言ったのは覚えてる?」

「うん。いつか必ず意味を教えるって言ってくれたんだよね」

「その事なんだけど。実はこの銀貨、王族が誰かに求婚を申し込む際に、その証として相手に渡すものなんだ」

「えっ……」

 予期せぬエミルの発言に、思わず銀貨を握っていた手を放してしまった。

「危ないっ」

 銀貨が地面に落ちる直前、素早く反応したエミルがそれを拾い上げる。

「何やってるの?ちゃんと持っておかなきゃダメじゃない」

「ご、ごめん」

 そう謝りはしたけれど、これはエミルが悪いよ。そんな婚約指輪のような銀貨を、説明も無しに渡していただなんて。

 そんな私の気持ちに気付いているのかいないのか。エミルはそっと銀貨を差し出してくる。


「シンデレラ、この星の銀貨の意味を知った上で、改めてお願いするよ。どうかこの銀貨を受け取ってほしい」

 真剣な眼差しのエミル。そんな彼を見ていると、胸の奥がドクドクと波をうってくる。これって、今求婚を申し込まれてるってことだよね。

 なんて答えれば良いのかな。一瞬そんな風に思ったけど、なにも悩む必要なんてない。だってエミルがこんなにも真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたのだ。だったら私も、自分の気持ちをそのまま伝えれば良いだけだ。

「私で…良ければ……」

「本当っ?」

 とたんにエミルは笑顔になる。まるで無垢な子供のように、屈託のない笑顔を私に向けてくる。私は緊張しながらも、差し出された銀貨に手を伸ばした。が……

「まてよ、ちょっと確認しても良いかな」

 エミルはひょいと銀貨を引っ込ませ、それを受け取ろうとしていた私の手はむなしく空を切った。

「もう、何なの?」

「それが、ちょっと心配なことがあってね。シンデレラ、君は僕の事をいったいどう思っているの?」

「え?どうって……」

 なぜ今更それを聞くのだろう。そんな事分かり切ってるじゃない。

「さっきも言ったじゃない。エミルと同じ気持ちだって」

「確かに言ったね。それは覚えてる。だけど君の事だから、またどこかで話がかみ合っていない可能性がある。今までそれで何度涙を飲んできたことか」

 いや、いくら何でも今回は間違えようがないでしょ。そう思っていると、エミルはジトッとした目をこちらに向けてくる。

「そもそも君は、まだ一度だってハッキリ言葉にはしていないでしょ」

 そんなこと無いよ。ちゃんと好きだって言ってる。言って……言って………無かったっけ、もしかして。


「……えっと、本当に私、言って無かったっけ?」

「うん。少なくとも僕が望むような事を言ってくれたことは無かった」

「一度も?さっきから心の中ではさんざん言ってたんだけど」

「どうやってそれを感じ取れと?だいたい、君の心の中なんて料理の事と鈍感さで混沌としていて、とても読み取ることなんて出来やしないよ」

「酷いっ」

 エミル、好きだって言ってくれた割には傷つくような事も言ってくるなあ。いや、だけどこれは私にも非があるのかも。

「それで、どうなの?」

 エミルはじっと目を見てくる。こんなにも真剣なのだ。恥ずかしくはあるけど、私も覚悟を決めるとしよう。

「わ、私ふぁ…」

 ダメだ、緊張して噛んでしまった。恥ずかしくて思わず明後日の方を向き、エミルから視線を逸らす。

「シンデレラ、本当に大丈夫?無理してない?」

「だ、大丈夫」

 大きく息を吸い込み、再度エミルを見つめる。言うんだ、今度こそ――

「わ、私は…エミルの事が……」


 ―――好きです!


 ……ついに言った。何だか心臓が壊れそうなくらいドックンドックンと波打っていて、今にも倒れてしまいそうだ。だけど、これでようやく気持ちを伝えることができた。

 私はやり切った気持でエミルを見る。


「それって、友達としての好きだったりはしないよね」

「しないから!ちゃんと恋愛的な意味での好きだから!」

 恥ずかしいから何度も言わせないでほしいのだけど。するとそれを聞いたエミルはホッとしたように息をついた。

「良かった。さすがに大丈夫だろうとは思ったけど、相手はシンデレラだからね。一応確認しないと安心はできないよ」

 念押しされる告白って何?エミルは私の事をいったいなんだと思っているのだろう?

「エミル、いくら私でもさすがにそこまではズレてないから」

「どの口が言うの?」

 今日のエミルはやっぱり意地悪だ。一世一代の告白だったのに、何だかムードがぶち壊しになってしまった気がする。

 でもこれって、エミルのせいなのかな?それとも彼をここまで疑心暗鬼にさせてしまった私のせい?判断が難しいところだ。

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