再び、シンデレラとカボチャの煮付け 27

 告白したりその意味を確認されたり。色々あったけど、婚約の証であるという星の銀貨を改めて受け取る。

 それにしても、まさかこの銀貨にそんな意味が込められていただなんて。そんな大事なことを今まで知らずにいたのかと思うと、少し怖くなってくる。落としたりなくしたりしてなくて本当に良かった。


「念の為言っておくけど、最初に渡した時は今みたいに重い意味を込めていたわけじゃないから。君に少しでも自愛の心を持ってほしかっただけだからね」

 そうだよね、さすがにあの時点でプロポーズまがいのことはしないよね。

 だけど今回は違う。正真正銘の婚約の証なのだ。

「ねえ、銀貨を受け取ったのは良いけど、これをどうすれば良いのかな?」

「別に何かしなきゃいけないってわけじゃないから、ただ持ってさえいてくれたらそれで良いよ。婚約指輪みたいな物と考えてくれたらいい」

 だったらいいけど、何だか貰ってばかりというのはが引ける。せめて私もこんな風に、エミルに何か贈る物でもあれば良いのだけど。


「こんな大事なものを貰ったっていうのに。私はあげられるものなんて何もないなあ」

「気にしないでよ。何も、見返りを求めているわけじゃないから」

「そうかも知れないけど……あ、そういえばアレがあったわ」

 すっかり忘れていたけど。まだほんのり温かい、カボチャの煮付けの入ったタッパーを取り出した。

「こんな物しかお返しできないんだけど」

 これでも一生懸命作ったのだ。気持ちだけなら星の銀貨にも負けていない……と思う。するとそれを見たエミルがおかしそうに苦笑する。


「お返しにカボチャの煮付けって…」

「おかしいかな、やっぱり」

「そんなこと……あるかもしれないけど。けど、なんだか君らしくてホッとするよ」

 それははたして喜んで良いのだろうか。何だか暗にズレていると言われているみたいで、複雑な気分だ。

「いいよ、無理に気を使ってくれなくても。よく考えたら、さすがにこれはどうかって思うもの」

「そんなこと無いよ。たしかに少し変わって入るけど、要は気持ちの問題だしね。それにカボチャの煮付けは僕らが出会ったきっかけなんだから、十分嬉しいよ」

 そう言ってエミルはタッパーを受け取ってくれた。

「食べてみても良いかな?」

「どうぞ。温かいうちに食べた方が美味しいし」

 私は持ってきたフォークを渡す。それを受け取ったエミルはタッパーを開け、カボチャの煮付けに突き刺した。


「いただきます」

 そうしてそっと口へと運ぶ。

 その様子を見ながら、エミルと初めて会った時の事を思い出す。あの時もこんな風に夜のお城の中庭で、バイトを頚になって傷心していた私の前に表れてカボチャの煮付けを食べてくれたっけ。

 そう思った時、どこからか時計の鐘の、ボーンという音が聞こえてきた。どうやらもう十二時になったらしい。

「そう言えば初めて会った時、君は十二時の鐘の音と共に去って行ったよね」

「そうだね。あの時はゴメン、急にいなくなったりして。十二時になったら魔法が解けちゃうって言われてたから」

「そういうことなら仕方がないよ。でも、今度はいなくなったりはしないよね」

 そう言ってエミルは肩に手を回してくる。顔が近くなって恥ずかしかったけど、目は逸らさずにそのまま見つめ返す。


「ねえ、シンデレラ」

「なに、エミル?」

「キスしても良い?」

「うん…って、ええーー⁉」

 思わず声を上げて後ずさる。


「そんなに嫌だった?もしかして君、本当は僕の事嫌いだったりする?」

「そんなこと無いよ!ただ、ちょっとビックリして。どうして急にそんなことを?」

「何となく。まだしていなかったなって思って。指輪代わりの銀貨も渡して君もそれを受け入れてくれたのにだよ。このままじゃ当分お預けになっちゃいそうな気がして」

 思い付きでそんな事を言ってくるだなんて。どうやらエミルは色んなことが吹っ切れてしまったようだ。今後もこんな調子でグイグイこられるのかと思うと、私の精神がもつかどうかが心配になってくる。


「でも、キスならさっきもしたよね」

「おでこに、ね。だけどさっきも言ったように、今度は手加減なんてするつもりは無いから」

 手加減しないって。私はアレでも十分衝撃的だったのに。

「キ、キスなら前にもしたよね。私が毒リンゴを食べて寝ちゃってた時に」

 意識の無かった私は、もちろんその時の事は記憶に無いけど。するとエミルは不満げにため息をついた。

「あれは人工呼吸みたいなものだからノーカウント。それとも君は、あれを僕と初めてしたキスだって言いたいの?自分は意識が無かったのに」

 それは…確かに嫌だ。あんな目を覚まさせるための手段としてではなく、もっとこうロマンチックなもので無きゃ嫌だという気持ちはある。私だって、ちゃんとエミルの事を好きだって思いながらキスをしたいよ。

 だけど中々その気持ちを言葉にすることができない。するとエミルは、私を抱き寄せていた手を放す。


「もし本当に気が進まないならちゃんと言ってよね。さすがにこれは無理やり奪って良いものじゃないから」

 そんな事を言われてしまった。このままじゃいけない。私は答える代わりにそっと目を瞑って少し顔を上げる。良いんだよ、キスしてくれても。

「シンデレラ……」

 目を瞑っているから表情は見えないけど、私の意図は察してくれたらしい。エミルが手を触れてきたのか、両頬に柔らかな手の感触と温かさを感じた。

 ドクン、ドクンと胸の奥が波打つ。そして次の瞬間、唇に柔らかな感触があった。

(カボチャの香りがする)

 一瞬、閉じていた目を開いてしまった。

 そこには目を閉じながら、私にキスをするエミルの姿があった。キスなんてしたことは無かったし、本当は少し怖いと思っていたのだけど、今は全然そんな気はしない。むしろどこか温かい気持ちになってくる。

 私は再び目を閉じる。

 キスしていたのはどれくらいの時間だったのだろう。感覚としては一、二分くらいあったような気もするけど、たぶんそれは長すぎるから、私の勘違いだろう。もしかしたら、ほんの一瞬だったのかもしれない。

 唇にあった感触がフッと消え、私は目を開ける。するとちょっと照れたように笑うエミルが、私を見ている。

 

「好きだよ、シンデレラ」

「エミル……私もよ」


 この気持ちは、これからもずっと変わることは無い。次の十二時が来ても、その先も。だってこの奇跡は、魔法なんかじゃないのだから。

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