グランドフィナーレ
ここは棘の国の外れにある一軒のカフェ。オープン席に座りながら、私は旅の最中に起きた出来事について語っていた。
「……と言う事があったのですよ。悪さをしたオオカミさんや動物達の音楽隊など、本当に色んなことがありました」
そんな私の話を興味深げに聞いているのはとある兄弟。ガラスの国にいた時に起きた出来事から棘の国で起きた事まで一通り話し終えた頃、パンケーキとアイスティーの乗ったトレイを持ったエミルが現れる。
「お待たせシンデレラ。レジが混んでいて、ちょっと遅くなった。ところで、そちらの方達は?」
エミルが尋ねると、二人はぺこりとお辞儀をし、お兄さんの方が自己紹介を始める。
「はじめまして。私はヤーコプと言います。こっちは弟のヴィルヘルムです」
「どうも。エミルと申します」
「シンデレラさんから貴方の事は聞いています。実は私達は兄弟で御伽噺を書いているのです。それで参考にならないかと、このグリム大陸の各地で起きた出来事について調べているのです」
エミルがレジに並んでいる間、私はたまたま近くの席にいた彼等に声を掛けられた。ヤーコプさんとヴィルヘルムさんは旅姿をしている私を見て、旅をしているなら何か面白い経験をしていないかと思ったそうだ。
面白いかどうかは分からないけど、あんなにいろんな場所を旅してきたのだ。話のネタは豊富にあったから、その一つ一つをお二人に話したのだ。
「御伽噺とは面白そうですね。それで、参考にはなりそうですか?」
エミルがそう尋ねると、お二人はにっこりと笑う。
「それはもう。どれもこれも興味深い話ばかりでしたよ。これらの話を元に話を書きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「是非そうしてください。エミルもそれで良い?」
「僕も構いません。面白いお話になるよう、期待していますね」
断る理由の無い私達は二つ返事で了承する。許可を貰ったヤーコプさんとヴィルヘルムさんはお礼を言った後に席を立つ。
「本当にありがとうございます。私達はこれで失礼しますが、お二人とも、どうか良い旅を」
そう言ってお二人は去って行く。彼等が店を出て行った後、私とエミルは顔を見合わせた。
「楽しいお話になるといいわね。それにしても、私達のことが御伽噺になるかもしれないのか。ちょっと恥ずかしいけど、何だか面白そうね」
「そうだね。御伽噺にするにあたっていくらか改変個所もあるだろうけど、それでも楽しみだな」
そう言いながら二人して笑い合う。こんな風にエミルとお話しして、一緒になって笑って。そんな何気ない事が、今はとても嬉しく思える。
それもそのはず。何せ少し前までは顔を見るのも躊躇してしまうくらいギクシャクしていたというのに、今は晴れてエミルの『恋人』になる事が出来たのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
あの舞踏会の日の夜、互いの気持ちを打ち明けて、カレカノの関係になった私とエミル。それから一夜明けた次の日、早速お世話になった棘姫さんにそのことを報告すると、彼女は大いに祝福してくれた。
「おめでとうございます。お二人が無事にお付き合いする事ができて、私も嬉しいです。色々と画策した甲斐がありましたわ。これからは今まで以上に仲良くしてくださいね」
まるで自分の事のように喜びを露わにする棘姫さん。エミルの事ももちろん嬉しいけど、こんな風に祝ってくれる友達が出来たことも、それに負けないくらい嬉しかった。
「私も自分だけの王子様を捕まえられるよう頑張りますね。そうそう、お二人の結婚式にはぜひ呼んでくださいね。何があっても必ず行きますから」
そんな気の早い事まで言われてしまった。そして棘姫さんの恋も報われるよう、今度は私が彼女を応援することを約束する。
彼女は自分を永い眠りから覚ましてくれた小国の王子様の事を今でも思い続けている。そんな彼女が幸せになれるように、そして私も、彼女に負けないくらい幸せになるよう、私達は誓いを立てたのだ。
「頑張って下さいね、棘姫さん」
「もちろんですわ。貴女も、もうおかしなことでエミル様との仲を拗らせたらダメですよ」
そしてその後、今度は魔女さんやラプンツェル、それに笛吹きさんにもエミルと何があったかを報告した。
「ここに来てようやくかい。ずいぶんと時間がかかったものだよ。ついにと言うより、やっとって感じじゃな」
「まさか昨夜のうちにくっつくなんてね。アンタの事だからこのまま何も無くて終わるんじゃないかって、ちょっぴり思ってた」
「おめでとさん。呼んでくれたら、結婚式では俺が演奏してやるよ。もっとも俺は放浪の身だから、居場所は自分達で探してくれよ。そうだ、もちろん有料だから、そこんとこよろしく!」
呆れられたり驚かれたり、はたまた演奏の売り込みをされたり。三者三様の反応だったけど、最期はみんな揃って祝福してくれた。
それから私達はもうしばらく棘の国にとどまり、私は料理の修業を。エミルも自分のお仕事に精を出していた。ちなみにエミルと棘姫さんの縁談の話は、両者合意の上でめでたく破談となった。
縁談を進めていた棘の国のお偉方を説得できた時は、エミルも棘姫さんもホッとしたように喜び合っていたっけ。破談になった縁談の相手同士が喜び合うと言うのもおかしな気もするけど、まあこれで良かったのだろう。私だって形だけとはいえ、エミルに縁談の話があると言うのは面白くないのだし。
この縁談の末路が今後の両国の関係に響かないよう、後処理もしっかり行ったとエミルも棘姫さんも言っていたから、もう問題は無いのだろう。
エミルと棘姫さんが一緒になって後始末をしている姿を見ると、二人は友達としてなら良い関係になりそうだからちょっと安心した。やっぱり好きな人と大切な友達だもの。そんな二人には仲良くなってもらいたいよ。
そんなこんなが数日続き、やがて私達が棘の国を発つ日が訪れた。
別れは名残惜しかったけど、何も二度と会えなくなるわけじゃない。棘姫さんの他にもお世話になった料理長、もう少しだけ滞在すると言う魔女さんやラプンツェル、また旅に出ると言う笛吹きさんにそれぞれ別れを告げる。
「ガラスの国に帰っても、料理の勉強を頑張れよ。アンタならきっと、ガラスの国一番の料理人になれる」
そう言ってくれた料理長。
「いいかいシンデレラ。帰り道も決して気を抜くんじゃないよ。アンタは何かとトラブルに巻き込まれるからねえ。ワシは別にアンタの心配なんてしていないけど、何かあったら後味が悪いからねえ」
いつものようにツンデレな森の魔女さん。
「王子様には晴れて借金を返したことだし、俺は良い儲け話でも無いか探すとするか。上手い話があったら教えてくれよ」
笛吹きさんはそう言って旅立っていった。借金をしたり儲け話を探したり、彼の今後がちょっと心配になってしまうけど、まあ笛吹きさんならそれでも何とかやっていけるだろう。何だかんだで長い付き合いだから、彼の旅路に幸あることを願う。もっともエミルは、「彼の事は割とどうでも良いかな。迷惑さえかけられなければ」なんて言っていたけど。
「じゃあねシンデレラ!今度は私がガラスの国に遊びに行くから、その時は自慢の料理をご馳走してね」
ラプンツェルは嬉しい事にそう言ってくれた。更にその後。
「エミルの事は絶対に放すんじゃないわよ。いくら気持ちが通じたとはいえ、アンタは危なっかしんだから。次に会った時もし別れていたら、承知しないからね」
肝に銘じておきます。私だって、そんなことにはなりたくない。
思えば、エミルの事が好きだということに気付かせてくれたのはラプンツェルだった。そんな彼女に幻滅されないためにも、料理だけでなく恋愛の方も頑張って行こう。
「さようならシンデレラさん、エミルさん。またお会いできる日を楽しみにしています。その時には、良い報告を利かせられるよう頑張りましょう、お互いに」
最後まで私を励まし続けてくれた棘姫さん。
実はエミルに想いを告げたあの夜以降も、度々不安になる事があった。私なんかがエミルの傍にいても本当に良いのかって。だけどその度に、私の様子に気付いた棘姫さんは背中を押してくれたっけ。
「貴女は周りの目を気にしすぎなんですよ。そもそもエミル様とは互いに想い合っているのですから、『他の人の言うことなんて知った事か』くらいの気持ちでいないと」
「良いのかなあ、周りの意見をガン無視しても」
「構いません。そもそも、周囲に反対されているのは私も同じです。貴女は私に、反対されているから恋をするのを止めろと仰るのですか?」
もちろんそんなことを言うつもりは毛頭ない。その事を伝えると、棘姫さんはにっこりと笑う。
「それなら、シンデレラさんがお手本を見せて下さいよ。誰に何と言われようと、決して諦めない姿を。まさか人に頑張れと言っておいて、自分は無理ですなんて言うつもりは無いですよね」
そう言われると、私も頑張ると言わざる負えない。それに本心ではやっぱり、エミルと一緒にいたいのだから。私は改めて、逆境に負けずに頑張って行くことを棘姫さんに誓った。
「その意気ですわ。何かあったら、手紙でも書いてください。もし不安になるような事があれば、また喝を入れて差し上げますわ」
棘姫さんは本当に、強くて優しい人だ。けど、支えられているだけではダメだ。彼女に心配をかけないよう、これからはもっと強くならなくちゃ。
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