グランドフィナーレ(完結)

 そうして皆に挨拶をした後、私とエミルは故郷であるガラスの国へ向けて歩き出したのだった。

 その日の午後にヤーコプさん、ヴィルヘルムさんと出会い、旅の話をして別れた後、昼食をとった私達は少しの間カフェでゆっくりしていた。

 穏やかな日差しの中、たまに吹く風が心地よいオープン席。そんな中私は、気になっていたことをエミルに聞いてみる。


「ねえ。ガラスの国に帰ったら、私達のことを報告するんだよね。そしたら、やっぱり反対されるのかな?」

 実は結構前から聞いてみたかったけど、なんだけど怖くてつい先延ばしになっていた。

 エミルは王子様なのだし、身分のまるで違う私と一緒にいるだなんて、反対する声もあるだろう。もちろんだからと言って諦めるつもりは無いけど、ちゃんと把握はしておきたい。

 だけどエミルは心配する私に、安心してと微笑みかける。

「実は兄たちにはもう、手紙で君の事を話してあるんだ。あの人達はあまり身分にはこだわらないから、反対はしないって言ってた。かと言って協力してくれるわけでも無いけどね」

 それって、つまりは自分達で何とかしろという事だろうか。とりあえず「お前のような女に大事な弟はやれん!」なんて言われなくて良かった。


「あと、大臣は大丈夫かな。あの人は早く僕を結婚させたくて、舞踏会を企画したこともあったし。相手が町娘でもいいから早く身を固めろって五月蠅かったけど、今では感謝してるかな。だってそのおかげで、君と出会えたんだから」

 大臣と言うと私達が出会って最初の頃、カボチャの煮付けを手掛かりに私を探していた時にエミルと一緒にいた人だ。そう言えばあの時もエミルに早く結婚するよう言ってたっけ。

 当時は想像もしていなかったけど、今は私がその最有力候補…で良いんだよね。改めて考えるとなんだか気恥ずかしいや。


「もちろんすべての人が納得してくれるわけじゃないと思う。だけど必ず説得するし、君は絶対に僕が守る。だから、ついて来てくれるかな?」

「もちろんよ。棘姫さんからも結婚式には呼んでって言われたんだから、私も頑張らないと」

 するとエミルがおかしそうに笑う。

「結婚式とは気が早いね。何だか棘姫らしいや」

「私もそう思う。でも、ちょっと楽しみかなあ。だって結婚式なんてあこがれるもの」

「へえー、そうなんだ。何だか意外だなあ。君もちゃんとそういう感覚があったんだね」

 それはいったいどういう意味かな?もしかして、私が結婚式に興味があるのがおかしいって言いたいの?


「酷いよエミル。私だって女の子なんだから、人並みに憧れてはいるんだよ」

「ごめん。普段の君を見ているとつい…」

「だって結婚式なんだもの。たくさんの人が来てくれるなら、ちゃんとその人達に喜ばれるような料理を振る舞うのが礼儀でしょ。結婚式で腕によりをかけて作った料理でおもてなしをするのが、子供の頃からの夢だったんだから」

 メインディッシュは何にしよう。デザートはどれが良いかな。それらを考えただけでもワクワクする。だけどそんな私を見て、エミルは驚いたように言う。


「憧れてたってそう言う事?それだと結婚式じゃなく、君の料理の披露会になっちゃうよ。そもそも自分の指揮の料理を自分で作るつもりなの?まさか花嫁なのにコック帽にエプロン姿で出るつもりじゃないよね」

 え、おかしいかな?まあ確かに自分で料理を作るのはまだしも、花嫁がエプロン姿と言うのは変だと言う事は流石に分かる。だったら直前に着替えれば…いや、私の事だからきっとギリギリまで厨房から離れようとせず、ドレスアップの時間が無くなるだろう。


「ごめん、おかしなこと言ったわ。やっぱり変よね」

「うん、変だね。きっと世界一おかしな花嫁になるよ」

 そう笑いをかみ殺したように言う。わかってはいたけど、こういう反応をされるとちょっとショックかも。けれどエミルはその後こう続けた。

「変だけど、なんだか君らしいって思えるよ。よく考えたら、そうでなければシンデレラじゃないよね。どう、本当にそうしてみる?」

 冗談なのか本気なのか、そんな事を言ってきた。エミルが良いって言うなら、できればそうしたいけど……って、何馬鹿な事を考えてるの。こうは言ってくれてるけど、心の中では絶対に笑われているだろう。

「もうこの話はおしまい!まだ先の事なんだから、今話しても仕方がないでしょ」

 これ以上話を続けても遊ばれるだけだと思った私は、強引に話を終わらせる。エミルはちょっと残念そうだったけど、終わりったら終わり!


「面白かったんだけどなあ。けど確かに先にやらなきゃいけない事は沢山あるか。例えば君のお店の事とか。随分と先延ばしになったけど、旅も終わる事だし。帰ったら準備に取り掛かっても良いんだよね」

 エミルが言ったのは、援助してくれるという私の料理屋の事だ。もっと勉強を積んでから開きたいという私の我儘で中断していたけれど、それももう終わる。


「お願いしても良いかな。何とかお店を開けるくらいには腕を上げたつもりだから、期待にこたえられるよう頑張るわ」

「頼もしいね。建物や土地の確保、宣伝といったプロデュースの方は任せてよ」

 これで自分の店を持つという夢が叶うのだ。しかもサポートしてくれるのがエミルだなんて。こんなに良い事が続くと、今度は逆にバチでも当たらないかとさえ思ってしまう。

「バチが当たらない為にも、皆に満足してもらう必要があるわね。これは心してかからないといけないわ」

「バチっていったい何の話?まあ料理に関しては何も心配はいらないかな。何しろ大陸中の料理を勉強してきたんだから、君はもう一流のシェフだよ」

 褒めてくれるのはとても嬉しい。だけど、エミルの言った事には間違いがあった。


「何を言っているの。私なんてまだまだなんだから。だってまだ作った事の無い料理や、知りもしない料理が沢山あるんだもの。すぐにとは言わないけど、またいつか料理修行の旅を再開してみるのも良いかもね」

「まだ旅をするつもりなのっ?」

 驚いたように私を見るエミル。だけど私からすれば、驚かれたことに驚きだ。

「当たり前じゃない。だって私が修行で学んだことなんて、氷山の一角にすぎないんだもの」

 そう言って私は椅子から立ち上がり、両手をいっぱいに広げる。

「世界は広いのよ。私達が旅してきたグリム大陸なんて、本当にちっぽけなものよ。いつかお隣のアンデルセン大陸。はては東の島国にも行って、世界中の料理を学びたいって思ってるわ」

 もちろんそれをするにしてもかなり先の話になるだろうけど。するとそんな私を見て、エミルは可笑しそうに笑みを浮かべる。

「本当に君はもう……だけど、やっぱり君はそうでなくっちゃね。その時は、僕もまた同行させてもらっていいかな」

「えっ、エミルも来てくれるの?」

 もちろんそうなると非常に有り難いけど、迷惑じゃないかな。その頃になるときっとエミルも今以上に忙しいだろうし。

「良いの?きっと今回以上の長旅になるだろうから、いろいろ大変よ。お仕事なんかもあるだろうし」

「それらは絶対に何とかする。デスクワークなんかは旅先に持って行ってでも良い。だいたい、そうしないとその間は君と離れなきゃいけなくなるじゃないか。それこそ仕事が手につかなくなるよ。それに……」

 そう言ってエミルも立ち上がり、ポンッと私の頭を撫でる。


「辛いはずがないよ。だって君と一緒にいられるのなら、世界中のどこにいたって僕は幸せなんだから」

「――――ッ!」

 相変わらずさらっとこう言う事を言ってくるから心臓に悪い。頭を撫でる手の平からエミルの体温が伝わってきて、私は一気に茹でダコのようになってしまう。だけどそんな私の心中を知らないエミルは容赦がなかった。

 今度はそっと顔を近づけてきたかと思うと、頬に柔らかな感触があった。

 それがエミルの唇が触れたものだと分かると、頭の中が真っ白になった。

「――――――ッ!エミル―――!」

 頬を押さえて狼狽する私を見ながら、エミルはクスクスと笑っている。

「ごめん、話していたらついしてみたくなった」

「ついって……不意打ちはやめてって言ったじゃない」

「ごめんごめん。でもいちいち許可をとるのも何だか違うんじゃないかな。そもそも二回に一回は、『今はダメ』だの『今日の分は売り切れました』だの言ってくるじゃない」

 そうなのだ。舞踏会での告白以来、何かとスキンシップをとってくるエミルに対し、このままでは心臓がもたないと悟った私は、何かする時は前もって言っておくようお願いしたのだ。

 けどそれでも何度もやられてはすぐに限界が来る。このままでは近いうちに死んでしまうから、度々待ったをかけているのだ。けど、どうやらエミルにしてみればそれが不満らしい。

「たまにはこれくらいやらせてもらうよ。大丈夫、不意打ちでするのは頬までにしておくから」

 それって、全然大丈夫じゃないんだけど。


 エミルはご機嫌そうに笑顔を作ると、そのまま置いてあった荷物を手に取る。

「さて、そろそろ行こうか。暗くなる前に次の町に行きたい」

 そう言った後、開いているもう片方の手をそっと差し出してくる。私は何も言わないまま、そこに自分の手を重ねた。


 エミルは分かっているのかな。こうやって手を繋ぐだけで、私がどれだけドキドキしているかを。朝おはようと挨拶をするだけで、ふとした瞬間に目と目が合うだけで、どんなに幸せな気持ちになるのかを。

 けど、エミルの方はどうなんだろう。私から話す話題というと料理の事ばかりだし、アレはやっちゃダメとか、コレはしちゃいけないとか、ダメ出しばかりしている気がする。

 

 私は繋いだ手を繋いだまま、そっとエミルに問いかける。

「ねえ、エミルは今幸せ?」

「えっ?」

 エミルは少し驚いたように私を見たけど、すぐに笑顔になる。

「当然だよ。だって君が隣にいるんだから」

 その答えに、私はホッとする。すると、今度はエミルが私に聞いてきた。

「それで、君はどうなの?幸せでいてくれてる?」

「もちろんよ。だってエミルと一緒なんだもの」

 そう言って私達は笑い合う。



 これから先、私達を待っているのは楽しいことばかりでは無いかもしれない。お店を持つとなると、きっと上手くいかないことも出てくるだろう。

 それにエミルとのこれからの事を考えると、国の偉い人やエミルの家族にも挨拶をしなければならない。エミルは大丈夫と言ってくれたけど、全てが全て順調にいくとは限らない。きっと苦しい時や大変な時もあるだろう。

 けど私の…私たちの将来のためなんだ。どんな困難が待っていても、絶対に乗り越えていかなきゃ。


 隣に目をやると、同じようにこっちを向いていたエミルと目が合う。そして私たちは、また微笑み合う。


 多くの事は望まない。

 夢は自分で叶えるし、困難は自分達で乗り越える。

 それでももし、星にでも月にでも、神様にでも願う事があるとしたら。それは―――

 


 ―――これからもエミルと


 ―――これからもシンデレラと



 こうして一緒に、いつまでも笑っていられますように。



                              Fin

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シンデレラとカボチャの煮付け 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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