番外編 髪長姫の帰還 5

 目の前にあるのはお粥が溢れてくる家。魔女の婆ちゃんはアタシより一歩前に出ると、どこからか取り出した杖を振るった。


「道よ開け!」


 すると家の玄関から溢れていたお粥の中に、人一人通れるくらいの空洞ができた。


「すぐに行くんじゃラプンツェル。長くはもたんぞ」

「分かった。ちょっと行ってくるね」


 アタシはぽっかりと空いた穴の中へと突入していく。


 水気のある白いトンネルの中は、当たり前だけど湿度がものすごく高い。それに蒸し暑くて、長くいると体に悪そうだ。


「これはどのみち長居できそうにないね」


 早く鍋を見つけ出して止めないと。だけどここで自分のしでかした間違いに気づいた。鍋がどこにあるのか聞くのを忘れていたのだ。


「鍋ってことは、あるとしたら台所かな。けど、台所ってどこよ」


 この家はそう広いわけじゃないけど、辺り一面お粥まみれなのだ。どこがどんな部屋かなんて、ちょっと見ただけでは分からない。今いるのはおそらく廊下だろうけど、ここが風呂場やトイレだと言われても疑う気にはなれない。


「こういう時は右手を壁につけて進めばいいって本に書いてあったっけ。ああ、けどそれじゃあ時間がかかっちゃうか」


 そう言った瞬間、お粥の壁がブルリと震えた。ギョッとして周りを見たけど、心無しかトンネルが少し小さくなった気がする。


「まさかもう時間なの?いくらなんでも早すぎ」


 一瞬恐怖したけど、幸いそれ以上トンネルが小さくなることは無かった。だけどこれは魔法が解ける前兆なのかもしれない。だとすればやはり急いで探さないと。


「ええい、たぶんこっち」


 あたしは勘任せにお粥の中を進んでいく。女の勘というのがどれほど当てになるのかは知らないけど、今回ばかりは当たってほしい。そう思いながら進んでいると、少し開けた場所に出た。

 目を凝らしてみると、壁のように溢れているお粥からテーブルや椅子の一部が突き出ているのが見える。どうやらここはリビングのようだ。


「台所じゃなくてリビングか。てことはハズレか……あれ?」


 そこでハタと気が付いた。よく見ればテーブルの上に鍋が一個乗っていた。もしかして、これが例の魔法のお鍋なのだろうか。


「そうか、『お鍋よ煮えろ』って言うだけでお粥が出てくるんだから、別に台所でやらなくても良いんだ」


 おそらくリビングでお粥を出して食べるつもりだったのだろう。なんにせよこうして見つかったのは幸いだ。

 だけど鍋を止めようとした時、婆ちゃんの焦った声が聞こえてきた。


「ラプンツェル、聞こえるかい?」


 一瞬心配してここまで様子を見に来てくれたのかと思い辺りを見回してみたけれど、不思議なことに姿は見えない。


「婆ちゃん、いったいどこから話してるの?」

「外じゃよ。魔法で話しかけているんじゃ。それより急げ、言ってる間に限界が来る」


 その瞬間、左右のお粥の壁が徐々にこちらに迫ってきた。それだけでなく、テーブルの上に置かれた鍋からもお粥が溢れ始めた。


「やばっ!」


 本当にもう時間が無いようだ。だけどこのままお粥に押しつぶされて死ぬなんてまっぴら御免だ。アタシは鍋の元へ駆け足で急ぐ。えっと、お粥を止める言葉は確か……


 お粥の壁はもうすぐそこまで迫っていている。鍋の前に立ったアタシは大きく息を吸い込んだ。そして。


「お鍋よ……カチ割られたくなかったらさっさと止まりなさーい!」


 張り上げた声が家中に響いた。言葉がちょっと違っていないかって?まあ細かいことは気にしないでおこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る