番外編 髪長姫の帰還 4
塔の魔女ゴーテル。赤ん坊のアタシを攫って、召使としてこき使われ、あげく荒野に捨てた張本人。そんな憎いあいつが目の前にいる。
「あー、本当にアイツの仕業だったんだ」
家からお粥が溢れてくるという珍妙な光景を目の当たりにしても笑っているのだからもう間違いないだろう。ゴーテルはいつもの黒い帽子とローブという出で立ちで、木の陰に隠れながらお粥で埋もれた家を眺めている。
その姿を見ていると段々と腹が立ってきた。思えばアイツには恨みしかない。気が付けばあたしは考えるよりも早くゴーテルの後ろまで忍び寄っていた。そして――
「こんの性悪魔女――!」
渾身の拳骨を振り下ろす。殴られたゴーテルは地面に倒れた後、頭を押さえながらこっちを睨む。
「何だいアンタは?こんな年寄りを殴って、死んだらどうするんだ」
「うっさい!アンタが殴られたくらいで死ぬか!それより、アタシの顔を忘れたの?」
「ん?どこかで会ったかのう?」
とぼけているのか?いや、なぜだか分からないけど何だか本当に気付いてない様子だ。だけどそれはそれで腹が立つ。
「アタシだ!アンタに攫われて捨てられたラプンツェルだ!」
「何ッ?」
驚きの声を上げるゴーテル。どうやら本当にアタシだと気づいていなかったらしい。
「ラプンツェル。お前、髪はどうした?バカみたいに伸ばしまくっていた髪は」
「そんな物とっくに切ったわ」
まさか髪を短くしたから気が付かなかったのか?
「切ったって。アンタ、髪が本体なんじゃなかったのか?」
「違うわッ!アタシはどこの魔物だ!」
「違ったのかい?アンタの凶暴さならあり得ると思ったのに。けどそれにしたってなんで……読めたよ、さてはあんた失恋でもしたな」
「するか!今どき失恋して髪切るなんてはやるか!」
ああ、何だかコイツと話しているとすごく疲れる。いや、疲れている場合じゃない。まずはこの騒ぎについて聞かないと。
「で、今度は一体どんな悪さをしたの?」
「人聞きの悪い。アタシは悪さなんてしていないさ。嘘だと思うんならそこにいる親子に聞いて見ろ」
「親子って?」
見るとお粥に埋もれた家を見つめながら呆然としている親子と思しき母と女の子の姿があった。母親はアラフォー、女の子は、5、6歳くらいだろうか。
視線を送っていると、アタシ達に気付いた女の子がこっちにやってきた。
「魔女さん。魔女さんから貰ったお鍋を使ったらこんな事になっちゃった。元に戻して」
女の子は必死な面持ちでそう訴えている。だけどゴーテルは知らん顔だ。
「戻し方なんて知らないね。自分で何とかしてみな」
「そんな……」
女の子の目に涙が浮かぶ。こんな小さい子を虐めるなんて。
「ねえ、どういうことなの?ゴーテルから鍋を貰ったって言っていたけど」
そう尋ねると、女の子は嗚咽交じりの声で説明してくれた。
「うち、貧乏だから食べる物に困ってて。けど、この魔女さんが魔法のお鍋をくれたの。お鍋に向かって『お鍋よ煮えろ』って言ったら中からお粥が出てくる魔法のお鍋だって。でも、使ってみたら確かにお粥は出てきたけど、止め方が分からなくて」
「それで、溢れ出したお粥が家を飲み込んじゃったってわけね。ゴーテル、アンタって人は!」
拳を握りながらゴーテルに迫る。
「待て、ワシは親切で鍋をあげただけじゃぞ」
「信じられるか!アンタの事だからお粥が止まらなくなって困る様子を見て笑うつもりだったんでしょ。こんな幼気な子供に意地悪するだなんて、本当根性ひん曲がった最低最悪の魔女ねアンタは」
「お前、仮にも最近まで育ててやったワシに向かって……」
「やかましい!さっさとお粥を止める方法を吐け!」
そう言ってゴーテルの両頬を思いっきりつねってやった。
「ひゃめろ、、ひゃめろらふんふぇふ(やめろ、やめろラプンツェル)」
「何言ってるのかは分からないけど、やめろって言いたいのは分かったわ。それで、お粥を止める方法は?」
「ふぉへふぁふぁふへふぁ(それは忘れた)」
「……何だかこのまま頬を引きちぎりたくなってきた」
ゴーテルは頑なにお粥を泊める方法を教えようとしない。どうすればいいか困っていると後ろから声がした。
「話は全て聞かせてもらったよ」
「婆ちゃん」
「げ、お前は森の魔女。どうしてここに?」
嫌そうな顔をするゴーテル。だけど婆ちゃんはそれを無視してアタシに話しかける。
「ゴーテルがこの子に渡した魔法の鍋は、お粥を出した時と同じように決まった言葉を言わないといつまでもお粥が出続けるんだよ。止めたければ鍋の前で『お鍋よ止まれ』と言えば良いのさ」
「え、そんな簡単なことで良いの?」
「ああ。問題はそのお鍋があの家の中にあるという事だけどね」
前言撤回、全然簡単じゃありません。家はすでにお粥に飲み込まれていて、中に入るのは難しそうだ。すると傍で話を聞いていた女の子が泣き出した。
「それじゃあ、もうお粥は止められないの」
「そんな事無いよ……大丈夫だよね婆ちゃん」
「そうだねえ。ワシの魔法で家の中に空間を作る。その間に誰かが中に入って鍋を止めれば何とかなるけど」
「それじゃあその役アタシがやるよ」
手を上げてそう言ったけど、婆ちゃんは顔をしかめた。
「言っとくけど、その魔法はあまり長くは持たないよ。もし途中で魔法が解けたら押し寄せてくるお粥に押しつぶされてそのまま死ぬかも知れない。それでも良いのかい?」
さすがにそれにはちょっと躊躇した。いくらなんでも命に係わるとなると二の足を踏む。だけど……
「うぇーん、お家が無くなっちゃうよー」
隣では女の子が泣いている。こんな時、もしシンデレラだったらきっと見捨てていないだろう。アタシは女の子の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。今からアタシが何とかするから。それとゴーテル!」
大きな声にゴーテルはビクッと体を震わせた。
「くれぐれも余計な真似はしないでね。もし何かやったら、アンタは天ぷらごときに呪いを解かれた情けない魔女だって婆ちゃんに言いふらしてもらうんだから」
「お前、何と言う事を」
ゴーテルは焦っているようだけど、婆ちゃんはアタシの意見に賛成する。
「そりゃあいい。もし言いふらされたくなかったら大人しくすることだねえ」
ゴーテルは苦虫を噛み潰したような悔しそうな顔でアタシ達を睨む。けど、どうせ弱みを握られている以上どうするできないはずだ。
「これでゴーテルはちょっかい出せないね。それじゃあ、行くよ婆ちゃん」
アタシ達はお粥の溢れる家に向かって行った。
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