番外編 髪長姫の帰還 3

 本当に急だったけど里帰りすることが決まり、アタシは魔女の婆ちゃんの箒に載せてもらって空を飛んでいた。

 眼下に広がる景色が瞬く間に通り過ぎて行く。エミルはつくまでに一カ月くらいかかると言っていたけど、これなら本当に一日で着くだろう。


「凄いスピードだね。ゴーテルも箒に乗って飛んでたけど、こんなに早かったんだ」


 何せアタシはゴーテルが塔に出入りするときしか飛ぶところを見ていない。ここまで速いだなんて思わなかった。するとすぐ前で箒にまたがっていた婆ちゃんが聞いてくる。


「なんじゃお前さん。ゴーテルに箒に乗せてもらったことは無いのかい?」

「あのケチが乗せてくれるわけないじゃん。アタシが箒を握るのは掃除をするときだけだよ」

「ゴーテルらしいね。それじゃあさぞかし羨ましかっただろう」

「羨ましいかどうかはともかく、箒がどういう物か教えてくれなかったのには困ったかな。だってゴーテルは箒で掃除することも無かったから。昔は箒は掃除道具じゃなくて、空を飛ぶ道具だって勘違いしてたよ」


 こんなアタシをバカだと思わないでほしい。だってあまりに普通に箒に乗って空を飛んでいたんだもん。皆だって車や自転車を掃除道具だなんて思った事無いでしょ。それと同じだよ。


「だから箒さえあればだれでも空を飛べるものと思い込んでてさ。ある日ゴーテルにいきなり箒を渡されて。本人はそれで掃除をしろって言いたかったんだろうけど、アタシにしてみれば飛んでみろって言われてると思うわけよ」

「なるほど、確かにそれじゃあ無理も無いね。それで、飛べたのかい?」

「飛べるわけないじゃん。いきなり窓から飛ぶのは怖いからベッドの上から飛ぼうとして頭を打ったよ。その時は散々だった。痛いし、様子を見ていたゴーテルは笑い出すしさ」


 今思い出しても腹が立つ。それ以外にもできる事とできない事の区別がつかなくて失敗した経験はいくつかある。


 ゴーテルの真似をして火を起こそうと呪文を唱えて不発に終わった事もあったっけ。


『何だい、急に呪文なんて唱えだして。さては中二病に目覚めたな』


 そんな事を言われてしまったのは苦い思い出だ。自分だって呪文を唱えているくせに、あの時のゴーテルの人を馬鹿にした目ときたら。勿論その後にぶん殴ってやったけど。


「さぞかし苦労したんじゃな。閉じ込められていた事よりも育ての親がゴーテルだったことの方が気の毒じゃよ。それにしても、そんな生活をしていた割には外の世界には馴染んでいるみたいじゃないか」

「バカにされるのが嫌で本を読んで勉強していたからね。ゴーテルはどうせ外に出る事なんてないんだからやるだけ無駄だって笑っていたけど、勉強しておいてよかったわ」

「外で呪文を唱えて不発だったらとんだ恥じゃからのう」

「まったくね」


 そんな話をしながら飛んでいると、やがて高くそびえる塔が見えてきた。


(もしかして、アレがアタシの閉じ込められていた塔?)


 十年以上過ごしてきた場所なのに、外から見るのは初めてだ。そういえば塔の周りの景色にも見覚えがある。閉じ込められている間、何度も窓から眺めていたのと同じ風景だ。


「村まで箒で行ったら騒ぎになりそうだね。一旦降りようか」


 婆ちゃんは塔の横に伸びる道の真ん中に着陸する。アタシも箒から降り、地面に足を着いた。


「ここからは歩きだよ。村まではそう遠くないから大丈夫だね」

「平気だって。婆ちゃんこそ大丈夫なの?歩いている途中で腰を痛めたりしない?」

「年寄扱いするんじゃないよ。さっさと行くよ」


 婆ちゃんに言われてアタシは歩き出す。この道はそれこそ毎日のように見ていたけど、勿論歩いたことは無い。そんな見慣れてはいるけど歩きなれてはいない道を進んでいると、婆ちゃんが話しかけてきた。


「ところでお前さん、。帰ってきたはいいけど、両親に会ってどうすればいいか分からないんじゃないのかい?」


 鋭い指摘に思わず足を止める。婆ちゃんは何でもお見通しと言わんばかりの目でアタシの方を見ている。


「産まれてすぐに離れ離れになったんだ。どんな顔して会えばいいか分からないって気持ちは分かる。だけどお前さんはちと緊張しすぎじゃよ。さっきからガチガチじゃないか」

「そんなの事無いよ。アタシは普通だって」

「そんな事言って、さっきから手と足が同時に出てるぞ」

「マジで?」


 まさかそんなベタなことをしていただなんて。


「良いじゃないの緊張したって。アタシだってたまにはそういう時もあるよ。あ、でもこの事、シンデレラには黙っていてね」


 こんな恥ずかしい事をあの子に知られたくはない。そうお願いするアタシを見て、婆ちゃんはため息をつく。


「弱みはとことん隠そうとする。そういう所はゴーテルに似ちまったようだね。悩んでいるなら隠さずに相談すれば良いものを。何なら水晶玉を貸してやるぞ」


 婆ちゃんはそう言ってきたけど、アタシはそれを断った。

 けど、言わんとしている事は分かる。エミルの事でシンデレラが悩んでいた時、アタシも相談してほしかったし、話をするだけでも心が軽くなる事も知っている。けど、いざ悩む立場になるとそれも中々勇気がいるものだ。そりゃあ、そもし誰かに相談するならシンデレラを頼るけど……


「やっぱり今は良いわ。どうせ親にはもうすぐ会うんだから。相談して余計な事を考えたら、ますます悩んじゃうかもしれないし」

「お前さんがそう言うなら無理にとは言わんが……まて、何だか村が騒がしい」


 婆ちゃんが足を止め、つられてアタシも立ち止まる。耳を澄ましてみると、何やら悲鳴のような声が聞こえてくる。


「何かあったの?」

「分からん。どうする、行ってみるか?それとも危ないから様子を見るか?」


 そう問いかけられたけど、待つだなんて性に合わない。となると答えは一つ。


「行くに決まってるわよ。ここまで来て仕切り直しってのもごめんだしね」

「分かった。じゃが、くれぐれもワシから離れるんじゃないぞ」

「分かってるって。婆ちゃんは心配性だなあ」

「お前の為に言っているんじゃない。連れてきた手前何かあったら後味が悪いだけじゃ」


 かくしてアタシ達は村へと急ぐ。次第に家や人の姿も目に付くようになってきたけど、

 村の人達はみんな何やら騒いでいる。アタシは一人のおじさんを捕まえて尋ねた。


「ねえ、いったい何があったの?」

「そんなのこっちが聞きたいよ。何なんだあれは。またゴーテルが悪さをしたのは間違いないんだがなあ」

「ゴーテルが?」


 頭が痛くなった。あの性悪魔女ときたら、また人様に迷惑を掛けたのか。


「ラプンツェル、騒ぎの原因は村の奥のようだ。行くぞ」


 アタシ達は村の奥へと進み、やがて一軒の家の前で立ち止まった。間違いなく騒ぎの中心はここだろう。普通なら何の変哲もないであろうその家の玄関から、何やら真っ白な物体が溢れ出していた。それは一見雲のような、もしくは雪のようにも見えたけど、そのどちらでもない。その正体は……


「お米?いや、水っぽそうだからお粥?」


 信じられないことだけど、家から溢れ出ていたのは真っ白なお粥だった玄関からあふれ出しているそれは徐々に属食していき、今にも隣の家に到達しそうな勢いだ。


「ちょっと、何なのよこれ。どう見ても普通じゃないけど、どうなってんの?」

「そうじゃのう。こんな奇怪な現象を起こす原因なんて星の数ほどあるが……」

「星の数ほどあるの?」


 そんなまさかとは思ったけど、婆ちゃんの目は本気だった。


「魔法使いをなめちゃいけないよ。お粥が家からあふれ出すなんてことはそうそう無いにしても、魔法を使ってやろうと思えば簡単にできるものなんだよ。まあ今回の原因は、あそこにいるアイツに聞いた方が早そうじゃの」

「アイツって?」


 婆ちゃんの指さす方を見て納得した。そこにはこの光景を目の当たりにしながら、何故か満足げに笑うゴーテルの姿があった。

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