番外編 髪長姫の帰還 2
女将さんから村に戻る気は無いかと聞かれたあの日から…いや、本当はもっとずっと前から悩んでいた。両親の待つ村に帰るべきなのかどうかを。
両親はアタシに会いたがっていたらしいけど、会って幻滅させたりはしないだろうか。何しろアタシは不本意にも誘拐犯の性悪魔女、ゴーテルに育てられた女なのだ。もし会って話をした時に機嫌を損ねて「お前なんて私達の娘じゃない」なんて言われたら。ついそんな事を考えてしまう。
正直に言おう、結局は嫌われるんじゃないかと心配なんだ。
だってそうでしょ。まかりなりにも親だもん、嫌われたくはないよ。かと言ってアタシ達は普通の親子とはとても言えない。それこそ嫌われたって不思議ではない……と思う。
考え出すと心配になってくるけど、こんなことで悩んでるなんて恥ずかしくて、とても女将さんには相談できない。もしシンデレラがいたら、もしかしたら打ち明けていたかもしれないけど。
「そういえばシンデレラ、無事に旅してるかなあ?エミルとの仲も進展していたら良いんだけど」
夜、窓から外を眺めながらそんな事を思う。
そういえば、シンデレラがいなくなってから悩む時間が増えた気がする。どこかホワワ~ンとしている奴だったけど、いたらきっと相談に乗ってくれただろう。アタシとしてもシンデレラになら素直に相談できた気がする。アイツはアタシの初めての友達なのだから。
(けど、今はアイツはいないしなあ。やっぱり自分で考えなきゃダメか)
そんな風に悩んでいるうちに一週間が過ぎた。そのころになると女将さんが募集していた求人が集まって来て、何人かが採用された。これでアタシの負担も減るってもんだ。
「ラプンツェル。アンタは先輩なんだから、後輩の指導よろしく!」
そう言われて新人教育を行い、また時間が過ぎていく。このままグダグダしているうちに、帰るタイミングを無くしてしまうんじゃないだろうかとも思った。けどそれは裏を返せばタイミングさえ良ければ帰らない理由は無いという事。タイミングというものは得てして、本人の意思とは無関係にやってくるものなのだ。
◆◇◆◇
最初その人を見た時、すぐには誰か分からなかった。
どこかで見たことがある。だけどどこでだったっけ?もしかして直接会ったことは無いけど顔だけは見たことがあるような、それくらいの距離の人?
アタシはスッキリしない面持ちで宿にやってきた、黒い帽子に黒い服、そして何故か箒を抱えたお婆さんの事を見る。
「なんじゃじろじろ見て。ラプンツェル、これがこの宿の接客の仕方かい?」
アタシの名前を知っている。けど、どこで会ったかなあ。この服装から連想するのはゴーテルだけど、さすがにアイツの顔を忘れたりはしない。アイツはもっと根性の曲がったような顔をしている。とするとこの人は……
「眉間にシワを寄せながら人の顔を見るんじゃないよ。ワシじゃワシ。シンデレラの持っていた水晶玉を通して話したことがあったじゃろう」
水晶玉を通して?ここでアタシはようやくこの人の事を思い出した。
「ああ、森の魔女とか言う婆ちゃんか」
「ようやく思い出したかい。それにしたって婆ちゃんは無いだろう。ワシは今でもピチピチじゃよ」
「本当にそう思っているならピチピチとか言わない方が良いと思う。ゴーテルも同じようなこと言ってた」
「何⁉」
ショックを受ける婆ちゃん。ゴーテルと同じと言われたのがよほど嫌だった様子だ。ゴーテル、アンタいったいどれだけ嫌われてるの。
「まあそれはそうと、どうしたのこんな所まで。婆ちゃん家からここまでは遠いんでしょ。わざわざ来てもらって悪いけど、シンデレラはもうとっくに旅だったよ」
「そんな事は百も承知じゃ。出発の日の朝連絡を入れただろう」
「そういやそうか。でもそれじゃあ何で?」
首を傾げるアタシに、婆ちゃんは説明を始める。
「この近くで魔女の会合があってね。そのついでに顔を出してみたわけさ。シンデレラがどんなところで働いていたのかちょいと気になってね」
「へえー、何だか孫の様子を窺うお婆ちゃんみたい。本当にシンデレラの事が大事なんだね」
「違うわ!ワシはあんな料理バカどうだっていいんじゃ」
そう言ってそっぽ向いてしまった。そういえば前にシンデレラが話していたけど、こりゃ相当なツンデレだね。
「ところでラプンツェル。お前さん、自分の村に帰ろうとは思わんのか?」
「はい?」
突然の質問に思考が停止した。だけど婆ちゃんは構わず続ける。
「シンデレラや王子が随分とアンタの事を心配していたよ。やっぱり村まで送ってやった方が良かったんじゃないかってね」
そういえば旅立つ直前までそんな事を言っていたっけ。あの時はきっぱりと断ったけど、二人はまだ気にしていたのか。
「それで、こうして会ったのも何かの縁。アンタがその気なら、箒に載せて連れて行ってやろうか。それなら普通は一カ月かかる距離を一日で移動できるぞ」
「一日で?」
確かにそれはとてつもなく速い。エミルが心配していたような女の一人旅の危険も心配しなくてすみそうだ。けど……
「急にそんなこと言われてもねえ。仕事だってあるし」
今回は見送るよ。そう言おうとした時、廊下の奥から甲高い声が聞こえてきた。
「話は全て聞いたわ!」
「女将さん。全て聞いたって、今まで廊下の向こう側にいましたよね。あんなに離れているのにどうやって聞こえるんですか」
「人は私を地獄耳の女将と呼ぶのよ」
「初めて聞いたよ!」
「この地獄耳を使って、これまでこの宿に泊まった著名人のゴシップネタをいくつマスコミに流してきたか」
「それはやっちゃいけないやつだよ。守秘義務!もう二度とここに泊まってくれなくなるよ!この宿が廃れたのってそのせいじゃないの!」
「まあ冗談はさておき……」
冗談だったのか。
でもどこから?この様子だと、どうやら女将さんは私と婆ちゃんの話したことはちゃんと聞いていたらしい。
「あんた、ちょっとは実家に顔を出したら。ここ最近は働きっぱなしでしょ。それに、働くなら働くでちゃんと両親に報告をした方が良いって」
「それは…そうかもしれないけど」
正直気が重い。するとそんなアタシの心を読んだかのように婆ちゃんが言った。
「アンタの気持ちも分からんでもない。じゃがこういう事は時間が経てば経つほどやり難くなるもんじゃ。このままじゃお前は一生村には帰れんぞ。それでも良いのか?」
「それは……」
それはちょっと嫌だ。色々複雑ではあるけど、やっぱり帰ってみたいと言いう気持ちはある。それに……
(シンデレラやエミルにも心配かけちゃってるみたいだしねえ)
婆ちゃんは認めないだろうけど、きっとここに来たのは二人がアタシの事を心配していたから様子を見に来たのだろう。シンデレラもエミルも婆ちゃんもつくづくお人好しだ。
そう考えると、うじうじ悩んでいるのが申し訳ないように思えてくる。
(どうせいつかは帰るつもりなんだ。それなら勢い任せでもいいから今帰ってやろうじゃないの)
今はいないシンデレラから背中を押されたような気がして、私はようやく決断する。
「じゃあ、ちょっとだけ。女将さん、しばらくお休みするけど、大丈夫?」
「構わないよ。新人達もいるし、アンタはゆっくりしておいで」
そう言ってバンと背中を叩いてくる。女将さんにも何だかんだいって気を使わせてしまっていたし、確かに良い機会なのかもしれない。
「それじゃあ婆ちゃん。ちょっと用意してくるから待ってて」
アタシは森の魔女にそう言って、荷物をまとめに自室へと向かった。
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