髪の長かった彼女が主役の番外編になっています。

番外編 髪長姫の帰還 1

 アタシの名前はラプンツェル。生まれてすぐにゴーテルに攫われて、以来ずっと塔の中に閉じ込められていた女の子だ。


 この話をするとみんな決まって「辛かっただろう」とか「可哀想に」とか言うけど、正直アタシにその自覚は無い。だってアタシにとっては塔の中にいるのが当たり前だったんだもの。それを可愛そうだなんて言われても「何で?」と聞き返したくなるくらいだ。まあ辛くないだけで、楽しくも無かったけどね。

 毎日変わり映えの無い生活。ゴーテルがアレしろコレしろとやかましく言ってきて、たまに拳骨という手段で交渉をする。そんな生活が十何年も続いていた。


 だけどシンデレラが攫われてきて、エミルがそれを追いかけてきて。それからアタシの生活は段々と変わって行った。

 ゴーテルを怒らせて荒野に捨てられた時は流石に焦ったけど、今では町の宿屋で働いている。長くのばしていた髪もバッサリと切って、アタシは今の生活を満喫していた。


「おかみさん、掃除終わったよ」


 客間の掃除を終えたアタシは女将さんに報告する。


「ご苦労様。悪いねえ、シンデレラがいなくなって、一人じゃ大変でしょう」

「仕事量が倍になっちゃったからねえ。そうだ女将さん、ルンバでも買わない?アレがあればだいぶ楽になると思うんだけど」

「アンタねえ、ルンバに部屋の掃除をさせる宿がどこにあるの。ちゃんと人の手で掃除しなきゃ、お客さんから手抜きだと思われるでしょ」


 それもそうだ。そういえばゴーテルも前にルンバなんて手抜きはプライドが許さないって言っていたっけ。自分は掃除なんてしないくせにさ。


「今求人募集はしているんだけど、もう少しだけ頑張ってくれない。お給料増やすからさ」


 両手を合わせて懇願される。そんな事をしなくても元々頑張るつもりだったけど、給料が増えると言うのなら素直に貰っておこう。


「それじゃあ、給料分は頑張っちゃおうかな」

「ありがとう、恩に着るよ。けど、頼んでおいてこう言うのもなんだけど、本当に良いの?そろそろお金もたまってきただろうし、村に帰ろうとか思わない?」


 その言葉に内心ギクリとする。だけどそれを悟られないよう、きわめていつも通りに振る舞う。


「まあもうしばらく稼いでからってことで。まさかアタシはシンデレラほど仕事ができないからいらないとは言いませんよね」

「そんな事無いって。アンタの働きにはホント助かってるよ。気を悪くしたのなら謝るけど、ちょっと気になってね。アンタ、両親に会いたくはないのかい?」


 その質問には、すぐには答える事が出来なかった。シンデレラやエミルの話では、両親はアタシの事をとても気にかけているようだけど、アタシの方はどうなのだろう?

 アタシの両親がどんな人なのかは素直に気になる。だけど会ってみたいかと言われると、これが難しい。

 何せ一緒に過ごした時間がほとんどないのだ。アタシにいたっては欠片ほどの記憶も残ってなく、親と言われてもピンとこない。そんな人と会って、アタシは一体何をすればいいのだろうか?

 考えていると、女将さんがこっちを見ている事に気が付いた。しまった、まだ質問に答えていなかった。


「会いたくないわけじゃないけど、もうちょっとしてからでも良いかな。無理に急ぐことでもないし」

「そう?まあウチとしては助かるんだけどね」

「だったらそれで良いじゃん。あ、お客さんが来ましたよ」


 団体のお客さんが店に入って来て、この話はここで中断された。

 女将さんに答えた事は、全て嘘の無いアタシの本心だ。お父さんやお母さんと会いたくないわけじゃないけど、正直どんな顔をして会えばいいのかが良く分からない。だった働きながら、もうしばらく考えをまとめた方が良い。

 自分に言い聞かせながら、アタシは仕事に戻って行った。

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