シンデレラとカエルにされた王子 12
小鳥がさえずり、日の光が町を明るく照らしている。天気は快晴で、今日は旅を再開するにはもってこいの日だ。
「旅をするのも久しぶりね。ずいぶん長い間動けなかったものね」
宿の外に出て空を眺めながら言うと、隣に立つエミルが申し訳なさそうな顔をする。
「ゴメンね、僕のせいで出発が遅れて」
「え?ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないの」
私は慌てて謝る。エミルがカエルの姿から元に戻ってから、もう半月が経っていた。
鱚の天ぷらによって元に戻ってエミルは、安心したせいかその後すぐに熱を出して、長い間寝込んでしまっていたのだ。
きっと今までよほど辛い思いをしてきたのだろうと改めて感じ、私は宿の仕事の合間を見つけては必死に看病をしていた。
『シンデレラ、もう一度君の作った天ぷらが食べたいな』
『何を言っているの?胃が弱っている時にそんな重たいものはダメよ』
そう言ってお粥を作ってあげたりもしたっけ。ちなみに最初に作った鱚の天ぷらの残りはあの後皆で美味しくいただきました。
水晶玉ごしだったため一人食べる事が出来ない魔女さんが怨めしそうに見ていたっけ。ゴメンね魔女さん、旅が終わって帰ったら作ってあげるから。
そんなこんなで色々あったこの町とも今日でお別れ。そうなるとなんだか名残惜しい。特に……
「何しんみりしてるのよアンタは」
声のした方を振り向くと、そこにはラプンツェルが立っていた。
「せっかく旅を再開できるんだから、そんな辛気臭い顔するなって。幸運が逃げていくよ」
ラプンツェルはいつもと変わらず元気そうだ。そんな彼女にエミルが尋ねる。
「ラプンツェル、本当にこの町に残るの?やっぱり僕等で村まで送った方が良いんじゃないかな」
「それについては散々話したでしょ。アタシはもうしばらくここで世話になるから、アンタ達は気にせず行ったら良いわ」
そう。ラプンツェルは私達と一緒に行くのではなく、この町に残る事を選んだのだ。思えば塔に閉じ込められてからも、荒野に捨てられた後も、彼女とは常に一緒にいた。そんなラプンツェルと別れなければいけないと思うと、やはり寂しい。
するとそんな気持ちが顔に出たのか、ラプンツェルは私を見て言ってきた。
「アンタはやりたい事があるんでしょ。だったら立ち止まっていないで、しっかりと前に進みなって」
「うん、ラプンツェルも元気でね。いつか村に帰った時は、ご両親によろしく言っておいて」
「おうよ!」
力強く答えるラプンツェル。彼女はもう少し宿で働いて、そこで稼いだお金を使って、いずれは自分の村に帰るのだと言う。
「けど、村まで行くにはだいぶかかるよ。その間女の子の一人旅というのはやっぱり危険だよ」
「平気平気。エミルなんてカエルの姿でもなんとかなったんでしょ。それに比べたら女の一人旅の方がまだ楽だって」
「それはそうかもしれないけど……」
エミルはまだ納得していないようだけど、ラプンツェルも譲る気は無いようだ。私はと言うと、エミルと同じでやっぱりちょっと心配だ。道中もそうだけど、気がかりなことがもう一つ。
「ねえ、もし村に帰った後、ゴーテルさんに目をつけられたりしない?」
「ゴーテルか。見逃してくれると助かるんだけどなあ」
彼女の性格を考えるとそれも難しいかもしれない。やっぱり何かあった時のため、私達も一緒に行った方が良いんじゃないだろうか。そう思った時だった。
「ゴーテルの事なら心配いらないよ」
不意にそんな声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがあり、私のバッグの中から聞こえてきた気がする。という事は。
バッグの中から水晶玉を取り出す。すると案の定森の魔女さんとつながっていた。
「魔女さん、そっちから連絡をしてくるなんて珍しいですね」
「アンタ等が旅に戻るって言っていたから様子を見にね。それよりもさっきの話だ。ゴーテルの事だけど、あれはもう心配しなくて大丈夫さ」
「大丈夫って、どうしてですか?」
「アタシがちょいと釘を刺しておいたんだよ。これ以上アンタらにちょっかいを出すようなら、ご自慢の呪いを天ぷらで解かれたって言いふらすぞってね。アイツは無駄にプライドが高いから、天ぷらごときで呪いを解かれたなんて知られたくないんだよ」
確かにゴーテルさんにとっては知られたくない事なのかもしれない。
「けど天ぷらごときと言う言い方はどうかと思いますよ。そりゃあ重要なのは鱚の方で、天ぷらじゃなくて塩焼でもよかったかもしれませんけど、天ぷらを悪く言うのは……」
「本当はそういう問題じゃないんだけどね。本当、どうしてあれで呪いが解けたのかが不思議だよ」
どうしてって、鱚には呪いを解く力があるんじゃないの?首を傾げる私を見て、魔女さんもエミルもラプンツェルも何故か溜息をついている。
「まあ何はともあれ、これでゴーテルが僕等を狙う事はもう無いわけだね」
「これで二人も安心して旅に出れるね。魔女の婆ちゃん、良いとこあるじゃない」
「べ、別にワシはアンタ等の為にやったんじゃないぞ。アイツを野放しにしていたら魔女の評判が落ちると思っただけじゃ」
魔女さんは相変わらずのツンデレぶりだ。だけど、私も魔女さんには感謝している。ゴーテルさんに釘を刺してくれたこともそうだけど、魔女さんがいなければエミルも元に戻せなかったのだから。
「魔女さん、今回は本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる。すると続けてエミルもお礼を言う。
「僕からもありがとうございます。貴方がいなければきっと今でもカエルの姿のままだったでしょう」
「まあ、アンタが元に戻ったのは良かったよ。何せワシはアンタがシンデレラを落とせる方に賭けているんだからね」
「賭け?」
「ああ、魔女仲間と賭けをやっていてね。お題は旅の途中でアンタがシンデレラを落とせるかどうかじゃ」
「ちょっと、何を勝手に?」
「安心しな。ワシは落とせる方にかけておいたから。大穴狙いだけどね」
「それでどう安心しろと?て言うか落とせるのは大穴なんですね」
エミルは何だか嫌そうな顔になったけど、正直途中から二人が何を話しているのかよくわからなかった。落とすって言ってたけど、どういう事だろう。落し蓋の事じゃないよね。
首を傾げていると今度は宿の中から女将さんが姿を現した。
「エミル殿下。本日はお日柄も良く、絶好の旅日和にあらせられ……」
「あの、無理に敬わなくても大丈夫です。忍びの旅ですから」
分かりやすく媚を売る女将さんをエミルが制する。女将さんはエミルが王子と知ってから、尚且つ元のイケメン顔を見てからずっとこんな調子だ。
「何度も言いますけど、あんまり気を使ってもらわなくて結構です。ちゃんと祖国に帰ったらここが良い宿だってみんなに言いますから」
「左様でございますか。ですが殿下、この町にお立ち寄りの際はぜひとも当宿を御贔屓に……」
女将さん、エミルを前にするとまるで人が変わったみたいだ。その様子を見て苦笑していると、不意にラプンツェルから肩を叩かれた。
「ところでさ、アンタはこれから料理の修業を続けるんだよね。それはいいんだけど、エミルの事はちゃんと考えてるの?」
「エミルの事って?」
ラプンツェルの言っていることが分からずに首を傾げる。カエルの呪いはもう解けたのだし、これ以上考える事なんてないと思うけど。
「とぼけなくても良いから。せっかく好きな相手との二人旅なんだからさ、少しは仲を進展させようとか考えた方が良いよ」
好きな相手との二人旅?最初はどういう事か分からなかったけど、徐々に頭の中でその意味を理解していく。
「な、何を言っているの?エミルとはそんなんじゃないってば!」
「またまたー、誤魔化しても無駄だって」
誤魔化すも何も本当に違うのに。だけどラプンツェルは信じてはくれない。
「エミルと会えなくて寂しがっていたのは誰だっけ?」
「それはエミルが友達だからだよ。友達と急に離れ離れになったら寂しくなるでしょう」
「つきっきりで看病もしてたじゃない」
「そりゃあ熱があるんだもん。看病してもおかしくないじゃない」
これらは相手がエミルでなく、例えばラプンツェル相手だったとしても同じように寂しがったり看病をしたりしていただろう。だけどラプンツェルは笑ったまま続ける。
「あくまで認めないつもりか。でもね、魔女の婆ちゃんがキスで呪いを解く話をした時のことは覚えてる?」
「鱚の話をした時ですか?」
勿論覚えている。鱚でエミルが元に戻るという話だ。けど、それがいったいどうしたというのだろう。
「もしかして本当に気付いてない?あの時婆ちゃんが言ったのは、『愛する者の想いのこもったキス』そしてアンタが作った天ぷらでエミルは元に戻った。これって、愛があったってことだよね」
「…………え?」
当時の事をよく思い出してみると、確かにそう言っていた気がする。いや、愛と一口に言っても、家族愛とか師弟愛とかあるじゃない。きっと今回のもそういう……
「言っておくけど、呪いを解くのに必要なのは恋愛の愛じゃぞ」
まだ繋がったままだった水晶玉の中から魔女さんがはっきりそう言った。ちょっと待って、それってつまり……
「あのー。今までの話だと、何だか私がエミルを好きみたいに思えるんだけど」
「だからそう言ってるじゃない」
「お前は人の好意だけでなく、自分の気持ちにも鈍感なのかい?」
二人とも呆れた目で私を見る。待ってよ、それじゃあ本当に……
途端に顔が熱くなる。今までこれっぽっちも考えてなかったけど、私ってエミルの事が好きだったの?
「おーい、シンデレラ―、聞こえるー?」
ラプンツェルの声も、もはや耳に入ってこない。少し前までお別れムードでしんみりとしていたけど、今心の中は混乱の一途をたどっている。ぐちゃぐちゃになった頭を押さえながら考えていると……
「お待たせ、シンデレラ」
そう言われて肩を叩かれた。
「ふぎゃあ!」
思わず変な声が出る。びっくりして振り返ると、同じように驚いた様子のエミルがこっちを見ている。
「ごめん、驚かせちゃった?」
笑顔を向けてくるエミル。こんなやり取りは慣れっこのはずなのに、今日はなぜか彼が輝いて見える。例えるなら発光生物のホタルイカのように。
(ホタルイカか……ボイルして醤油で味付けしたら美味しそうだなあ)
料理の妄想をすることでどうにか心を落ち着かせる。エミルは私の様子がおかしい事に気付いたみたいだったけど、何と声をかければいいか測りかねているようだ。
そうしているうちに女将さんもそばに来て、いよいよ出発だ。
「それじゃあ二人とも、仲良く旅してね」
「この町に来る時は、またうちに顔を出しなよ」
温かい言葉に背中を押され、私達は歩き出す。私は途中一度振り返り、ラプンツェルに向かって言った。
「ラプンツェル、またねー。今度会う時は、もっと料理の腕を磨いておくから―」
そう言うとラプンツェルが手を振ってこたえてくれた。
名残惜しいけど、これで本当にさようならだ。私は再びラプンツェルと女将さんに背を向けると、再び歩き出した。
それにしても……
隣を歩くエミルを横目で見る。ラプンツェルや魔女さんの言う通りなら、私はエミルの事が好きだという事だ。そりゃあ、エミルは優しいし格好良いし、一緒にいると楽しくて、ドキッとすることも多いけど……もしかして、これが好きってことなの?
混乱したまま視線を送っていると、不意にエミルが振り向いてきて、目が合った。
「―――――ッ!」
思わず合っていた目を逸らす。よく考えたら昨日までみたいに、ラプンツェルや女将さんが近くにいるわけでも無い。魔女さんとの通信はもう切ってあるし、正真正銘の二人きりだ。そう考えたら、何だか心臓がどきどきしてきた。
「どうしたのシンデレラ、何だか視線を感じるんだけど」
見ていたのがバレてた!私は恥ずかしいのを誤魔化そうと、大きな声で答える。
「見てない!エミルの事なんてこれっぽっちも見てない!見るはずがない!」
「何もそこまで言わなくても」
ゴメンねエミル、私嘘をついたわ。だって貴方を好きかもしれないから見ていましたなんて、恥ずかしくて言えるわけないじゃない。
すると赤く染まっているであろう顔を見られまいとそっぽを向く私を、エミルが覗き込んできた。
「何っ?」
「いや、何だか君の様子が変だと思って、本当に大丈夫?」
心配そうに見つめてくるエミル。心配してくれることはとても嬉しいんだけど、今は顔を見られたくないんだってば。それにエミルの顔を見ると、何だかますますおかしくなってしまいそうで怖い。
「エミル、しばらく顔を見せないで」
「どうして⁉」
本当にごめんね。全部私の勝手な都合なんだけど、今はどうしても直視できないの。
「何だか、カエルの姿でいた時よりも距離を感じる気がする」
ため息交じりの元気のないエミルの声に、少し胸が痛むのであった。
シンデレラとカエルにされた王子 終
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