シンデレラとカエルにされた王子 11
お皿一杯に並べられた鱚の天ぷら。どれもこんがりときつね色に揚がっていて、とても美味しそう。私はその中の一つを箸で掴み、エミルに差し出した。
「できたよエミル、鱚の天ぷらだよ」
「うん、ありがとうシンデレラ。僕の為にこんなに頑張ってくれて。なんてお礼を言ったら良いか」
「ううん、自分でそうしたいから作っただけだよ。それに不謹慎かもしれないけど、作っていてちょっと楽しかった。だって鱚の天ぷらなんてめったに作る機会が無いんだもの」
「楽しんでもらえたなら、僕も嬉しいよ。やっぱり君は、料理をしている時が一番輝いて……」
「いつまで惚気てんだアンタら―!」
ラプンツェルの怒り交じりの叫びが話を中断させた。
「どうしたんですかラプンツェル、急に大きな声を出して?」
「どうしたもこうしたも無いわよ!エミル、アンタも何和んでるの!ちゃんと言わなきゃいけないことがあるでしょ!」
「言わなきゃいけない事?」
いったい何だろう?エミルの顔をのぞき込むと、何だか気まずそうな目をしている。カエルの顔だってこれくらいは分かる。
けれど彼は黙ったまま何も喋ろうとしない。すると見かねたラプンツェルが再び口を開く。
「言いにくいんだけどさ、この天ぷらじゃあエミルは元に戻らないんじゃないかって話よ」
「戻らない、なぜ?」
天ぷらは完ぺきに作れたと思ったのに、いったい何がいけないというの?見るとエミルやラプンツェルだけでなく、魔女さんや女将さんもげんなりした表情で私を見ている。どうやらみんなこれではダメだと思っているようだ。
「そんな、どうしてこれではダメなんですか?天つゆだってちゃんと作ったんですよ」
「天つゆって、そのしゃばしゃばしたソース?いや、そういう問題じゃなくてね」
「大根おろしも用意しました。お好みに合わせてつけて食べて下さい」
「だからそういう問題じゃないんだってば」
それじゃあ一体何が問題なんだろう?ご飯も用意して一緒に食べてもらった方が良いのかなあ。いや、ラプンツェルはそういう問題じゃないって言っていたから、もっと何か根本的な何かが……まさか?
ある考えが浮かんで、一瞬思考が止まる。おそらくこれで間違いないだろう。恐る恐るエミルに問いかける。
「エミル、もしかして鱚の天ぷらは苦手?」
「は?」
よく考えたらそうでないかと思う節は所々にあった。鱚と聞いた後何やら動揺していたみたいだし、せっかく元に戻れるチャンスだと言うのに最初は何故かあまり乗り気じゃない様子だった。
「ごめん、エミルの好みを全然考えていなかった。苦手ならせめて鱚を使ったフェイク料理でも作れば食べられたかもしれないのに」
「違う、そうじゃないよ!」
エミルが慌てた声を出す。そして天ぷらの入ったお皿を持つ私の手にそっと触れて、優しく囁いた。
「嫌いなわけないよ。いや、仮に天ぷらが苦手だったとしても、ちゃんと食べるよ。元に戻れるかどうかは問題じゃない。君が作ったものなら決して残したりはしないと決めているんだ」
「エミル……」
改めて彼の優しさを認識し、つい見とれてしまう。
「だから惚気ている場合じゃないって」
「王子、いい加減本当のことを言ったらどうじゃ?」
「それは鱚の天ぷらを食べた後にします。さっきも言ったように、元に戻れるかどうかは問題じゃないですから」
「ダメだ、この王子さんにとっては呪いを解くことよりも、シンデレラの料理を食べる方が重要なんだ」
エミルは箸を手に取り天ぷらを掴む。前は使い慣れていなかった箸だけど、いつの間にかすっかり使いこなせるようになっている。
「天つゆにつけて食べてね。少し酸味があって美味しいよ」
「ありがとう、それじゃあ頂くよ」
鱚の天ぷらをそっと天つゆにつける。ほんのりと色のついたそれを、今度はゆっくりと口元に運ぶ。
(お願いエミル、これで元の姿に戻って)
祈るような気持ちでエミルを見つめる。エミルはてんぷらを口につけ、よく噛んだのちに飲み込んだ。
「……どう?」
「うん、流石シンデレラだよ。やっぱり、君の料理は美味し……」
瞬間、エミルの体がまばゆい光に包まれた。
「何、いったいどうなってるの?」
光の中で女将さんが叫ぶ。けれどその姿を見る事はできない。あまりの眩しさに目を開ける事が出来なかったからだ。やがて光が治まっていくのを感じ、私は恐る恐る目を開いた。
「エミル……」
もしこれで元に戻っていなかったらどうしよう。そんな不安もあった。だけど開いた目に映ったのは、驚いた様子で自信の格好を確かめる、元の金髪碧眼で、美しいエミルの姿だった。
「戻ってる…戻ってるよ!」
エミルは嬉しそうに声を上げる。私は元に戻ったエミルを見て、何だか涙が溢れてきた。一方ラプンツェルたちはと言うと。
「そんなバカなっ?」
「うそ!何で戻っちゃうわけ?」
こちらは何やら驚きの声を上げていた。ラプンツェルはともかく鱚で元に戻ると教えてくれた魔女さんまで驚いているのは不思議だけど、無事戻ったのだし気にしなくていいだろう。
エミルのこの姿を初めて見た女将さんは「わ、本当にイケメン王子だ」と別の意味で驚いている。
三者三様の反応をする中、エミルは私を見ながらゆっくりと口を開いた。
「ありがとうシンデレラ。君のおかげで、こうして戻る事が出来たよ」
そう言ったエミルの笑顔を見た瞬間、今までため込んでいた感情が一気に溢れてきた。
「―――――――ッ」
考えがあって動いたわけではない。気が付けば私はエミルを抱きしめながら、彼の胸に顔をうずめていた。
「……シンデレラ?」
エミルは戸惑っているようだけど、離れようとは思わない。私は抱きついたまま、エミルが元に戻れた喜びを噛み締める。
「――――エミル!」
やっと彼の名を口にすることができた。けどそれ以上は感激で胸がいっぱいで、喋る事も出来ない。エミルはそんな私の頭をそっと撫でた。
「ゴメンね、心配かけて。もう、大丈夫だから」
私はゆっくりと顔を上げる。そこには優しく笑いかけるエミルがいる。もうカエルの姿ではない。戻ってきたんだ、エミルが。
とまあ、私はエミルと一緒に、呪いが解けた事を喜び合っていたのだけど、それを見て居たラプンツェルたちはと言うと。
「ねえ、結局どうして元に戻れたわけ?」
「名前には言霊と言う力がある。キスと鱚、名前が同じだった事があの天ぷらにも力を与えた……のかもしれんが、正直よくわからん」
「どうでもいいんじゃないの。愛の力で戻ったってことで」
こんな事を話していたのだった。
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