番外編 髪長姫の帰還 6

 呪文があっていたかどうかはよく分からないけど、お鍋も空気を読んでくれたのかどうにかお粥は止まってくれた。

 

 アタシが家から外に出た時にはゴーテルの姿はすでになく、かわりに村中の人達が集まっていた。溢れていたお粥が止まった事を知った隣の家のおじさんは安堵のため息をついている。


「良かった。もう少しで俺の家までお粥に飲み込まれるところだったよ」


 本当、あのまま放っておいたらどうなっていた事か。考えただけでゾッとする。そんな中アタシと魔女の婆ちゃんは、鍋を貰ったこの家の女の子と、その母親と話をしていた。


「ありがとうございます。本当に何とお礼を言ったら良いか」


 何度も頭を下げてくるおばさん。だけどアタシは大したことをしたとは思っていない。ゴーテルの悪戯にムカついたから水を差してやっただけだ。


「お礼なんて別に良いよ。それよりハイ。家の中にあった鍋、持ってきたよ」


 アタシは回収したお鍋を、女の子に差し出す。だけど、女の子はそれを受け取ろうとしない。


「このお鍋を使ったらまたお粥が出てきて、大変なことになっちゃうの?」

「大丈夫だって。止め方はちゃんと教えたでしょ。使い方さえ間違えなければ便利な鍋だよ」

「けど、悪い魔女がいたずらに使った物なんだよ。貰って大丈夫なのかなあ?」

「一度あげるって言われたんでしょ。だったら良いんじゃないの」


 アタシがそう言うと、婆ちゃんも頷いた。

「ゴーテルに遠慮することは無いよ。これはもうアンタの物だ。これからはこれでお粥を出して腹を満たして、ゴーテルを悔しがらせてやるといいさ」

「そう言う事なら……お姉ちゃん、ありがとう」


 女の子はようやく鍋を受け取ってくれた。けど、これですべてが解決したわけじゃない。アタシは依然お粥にまみれている家に目をやる。


 溢れ出すお粥を止めることはできたけど、既に出てしまっているお粥を消すことまではできなかった。


「どうしようか、この始末」


 そう言うと、おばさんがそれに答える。


「頑張ってお粥を取り除いて、またこの家に住むつもりです。ちょっと時間は掛かるかもしれませんが」

「それしか無いねえ。お粥は森の中にでも捨ててくるかい?」


 婆ちゃんはそう言ったけど、それはどうだろう。食べ物を捨てるなんて、もしシンデレラがこの場にいたら何と言うだろうか。


「ねえ、お粥はどうしても捨てなきゃダメ?ちょうど村の人達も集まってるし、皆で食べるわけにはいかないの?」

「そうだねえ。確かに村人皆で食べるのも悪くないかもしれないけど、途中で絶対飽きそうだ」


 そりゃそうだ。お粥なんて味は淡白だし、病気の時でもない限りあまり食べる気はしない。


「待てよ、病気の時といえば……」


 エミルがカエルから元の姿に戻った後、熱を出して長い間寝込んでいた。その時シンデレラがお粥を作っていたけれど、確か毎日同じものではなく、日によって何かアレンジをしていた気がする。


「ねえ、シンデレラに相談してみない?アイツなら良いアイディア出してくるかもしれないよ」

「それもそうだね。ちょっと待ってな」


 婆ちゃんはネコ型ロボットよろしくポケットの中から水晶玉を取り出す。そしてその中にシンデレラの姿が映し出された。


「魔女さん、それにラプンツェルも。お久しぶりです」


 久しぶりに見るシンデレラは別れた時と変わらず元気そうだ。アタシはちょっと安心しながらもさっそく話を切り出す。


「シンデレラ、実はちょっと困った事があってね……」


 アタシはゴーテルのせいで家が大量のお粥で埋もれてしまった話をした。するとシンデレラは段々と眉間にシワを寄せてくる。


「ゴーテルさんはそんな極悪非道の限りを尽くしたんですか?食べ物で悪戯をするだなんて許せません!」

「まったくゴーテルにも困ったもんだよ」

「家がお粥まみれになってしまった女の子も気の毒です。ああ、こんな時に義姉さんがいれば。溢れたお粥を一粒残らず食べてくれるのに」

「いや、さすがに無理だから。家を覆いつくすくらいの量だよ。とても人一人で何とかなる量じゃないよ」


 驚きながらそうツッコんだものの、シンデレラは極めて落ち着いた様子で首を横に振る。


「いいえ、義姉さんならできます」

「アンタの義姉さんは妖怪か何かかな?少なくとも人間じゃないわ。まあそれは良いとして、何とかならない?ちょうど村の人達が集まってるから皆で食べようかとも思ったんだけど、味が淡白だから途中で飽きそうで」

「そうですね。でしたら味にメリハリが出るよう、一手間加えてみたらどうでしょう。コンソメスープの素を加えたり、チーズをのせてリゾットみたいにしたり、ツナ缶を混ぜたり鶏肉を混ぜたり……」


 シンデレラは次々とお粥のアレンジレシピを上げていく。良い意見をくれるかもと思ったけど、まさかこれほどレパートリーがあるとは思わなかった。アタシは急いでそれをメモっていく。


「アンタ、本当に料理の事になるとすごいわね。それはそうと、エミルとは上手くやってる?」

「え?」


 とたんシンデレラの顔に赤みがさした。これは、何かあったな。


「何があった?誰にも言わないから、お姉さんに話してみなさい」

「お姉さんって、同い年ですよ。本当に何でもないから、もう切りますね」


 そう言って本当に通信を切ってしまった。何があったのかは分からなかったけど、アレは明らかにエミルを意識している証拠だ。自身の気持ちに気付いていなかった時と比べたら大きな進歩と言えよう。まあそれはさておき……


「シンデレラの事も気になるけど、今はお粥を何とかする方が先決ね」


 そう思ったアタシは、集まっていた村の人達に向かって声を張り上げた。


「お集まり中の皆さんー、ちょっと相談がありまーす」


 皆で協力して溢れ出たおかゆを食べましょう。アタシは村の人達にそう呼びかけた。

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