番外編 髪長姫の帰還 7

 一時はお粥でパニックになっていた村も、今ではそのお粥をみんなで食べるという、ちょっとしたイベントみたいになっている。


 おかゆを食べようというアタシの呼びかけに村の人達は賛成してくれて、シンデレラから聞いたレシピを元に様々なアレンジお粥を作って行った。そうして出来たアレンジお粥を、村の人達と一緒に食べている。


「いやあ、このたびは村を救ってくれてありがとうございます」


 村長さんがアタシと婆ちゃんにそう言ってきた。やっぱり大したことをしたとは思っていないけど、そう言ってもらえるのはちょっぴり嬉しい。


「私は今まで魔女は悪い奴だと思っていましたけど、貴女たちのように良い魔女もいるんですね。認識を改めなければいけません」


 悪いイメージがあったのは間違いなくゴーテルのせいだろう。って、この村長さん一つ勘違いしているよ。


「あのー、この婆ちゃんは確かに魔女だけど、アタシは別に魔女じゃないから」

「え、お弟子さんじゃないんですか?」


 どうやら傍から見ればそう見えるらしい。だけどアタシはきっぱりと否定する。


「弟子じゃありません。アタシは魔法なんてこれっぽっちも使えないし。そもそもこの婆ちゃんと直接会ったのだって今日が初めてだよ」

「そういやそうだったね。その割にはアンタは随分馴染んでいるみたいだけどね」

「そう?まあゴーテルに比べたら婆ちゃんの方がよほどとっつきやすいよ。何年も一緒に暮らしてたけど、あいつとはそりが合わなかったからねえ」


 結局最後まで分かりあうことは無かった。何の気なしにそう言ったけど、私の話を聞いていた村長さんの目の色が変わった。


「一緒に暮らしてたって、あのゴーテルと?」


 やばっ、失言だったかな。まあこうなったら仕方がない。下手に隠さず全部喋っちゃえ。


「不本意だけどその通り。アタシ、産まれてすぐにゴーテルに攫われて、それからずっと塔の中で暮らしてたの」

「ずっと塔で暮らしてたって……ひょっとしてアンタ、ラプンツェルか!」


 ガシッと肩を掴まれた。だいぶ力強い握り方だけど、痛みを感じている余裕はない。どうしてアタシの名前を知っているのか。その事で頭がいっぱいだった。


「ラプンツェルなんだな。ノヂシャを貰っちまった夫婦の娘さん。アンタのことは村中の人がよく知っているよ」


 そうなの?アタシって有名人なの?

 驚いたと同時に不安にもなった。何せ性悪魔女と一緒に暮らしていたのだ。もしかしたら悪いうわさが流れているかもしれない。見ると集まっていた村の人達はみんなアタシ私の事を見ている。


「あの、アタシの事を知っているって。どうして……」

「ゴーテルに塔に閉じ込められている女の子がいるって、みんな心配していたんだ。情けない事に、助けようにもアイツには歯が立たなかったからなあ。すまない、私達がふがいないばかりに。さぞ不自由な生活をしてきたのだろう」

「いや、別にそれほどでも……」


 正直この反応は意外だった。そして様子を見ていた村の人達も口々に言う。


「あの子が塔に閉じ込められていた女の子なのか?」

「俺、塔の窓から外を眺めているのを見たことがあるぞ。よく似ている気がする」

「そうか?俺が見た時はもっと髪が長かった気がするけど。お前のは見間違いじゃないのか?」

「野鳥の会にも所属している俺の目を疑うのか。紅白歌合戦の集計を任せられるほど目は良いぞ」


 皆がアタシを見て騒いでいる。これはもうちゃんと言わないと収拾がつかないだろう。ちょっと緊張したけれど、アタシは集まっていた人たちに向かって言った。


「村長の言った通り、アタシは塔に閉じ込められていたラプンツェルよ。長かった髪は塔を出た時に切ってやったわ」


 途端に水をうったように静まり返る。みんなアタシが本当に塔にいた女だと知ってどう思っているだろう。村長は好意的だったけど、他の人もそうとは限らない。恐る恐る反応を待っていると……


「それじゃあ、塔から出てこれたんだな」

「女の子がもう一人攫われていったという話もあったし、心配していたぞ」

「ゴーテルのヤツ、さては逃げられたんだな。ざまあみろ」


 口を開けば出てくるのは喜びの声。これはいったいどういう事だろう。アタシはそっと隣にいる婆ちゃんに目を向ける。


「これが村の奴らの声さ。アンタは受け入れてくれるかどうか心配していたみたいだけど、こいつらはみんなアンタの事で心を痛めていたんだよ。女の子一人塔から救い出せないなんて情けないってね。どうだい、皆の本音を聞いた気分は?」

「悪くない……かな」


 そっけなく答えたけど、本当はすごく嬉しかった。アタシは生まれてからずっと塔の中で、誰もアタシの事なんて知らないんだろうなって思っていたけど、こんなにも多くの人が気にかけていてくれただなんて。


「ラプンツェル、あっちをご覧」


 村長さんに言われて、アタシは人込みの中に目をやる。すると一組の男女と目が合った。

 他の人達とはどこか違う、感極まったような目でアタシの事を見つめている二人。アレは……


(もしかして、アレがお父さんとお母さん?)


 確たる証拠はない。だけど不思議と確信めいたものがある。一目見た瞬間、あの人達が貴方の両親なんだよと、見えない誰かが教えてくれたような気がした。


「アタシ、行っても良いのかな。今までずっとゴーテルに育てられてきたのに。気味悪がられたりしない?」


 不安を口にするアタシに、婆ちゃんと村長さんは言う。


「行くかどうかなんて他人が決める事じゃない。アンタが行きたいのなら、素直に行けばいいさ」

「気味が悪いだなんてとんでもない。あの二人は君の事をいつも心配していたよ。それに君はこの村の騒動を静めてくれたんだ。胸を張って会うと良いよ」


 二人に背中を押され、アタシは前へと歩き出す。視線の先の二人もこちらに歩み寄り、アタシ達はすぐそばで向かい合った。


「ラプンツェル……なんだね」


 お母さんが震える声でそう言いう。お父さんも目を潤ませてこっちを見ている。そんな二人を目に、アタシは少し緊張しながらも声を出す。


「お父さん、お母さん……ただいま」



 いつかこの事をあの子にも話してやろう。今は遠い空の下で料理修業の旅をしている、アタシの初めての友達のあの子に……




                        髪長姫の帰還  終

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