ラブコメのラブの部分、ようやくスタートです。

シンデレラと毒リンゴ 1

 前回までのあらすじ


 ついに自分の恋心を自覚したシンデレラは、エミルの事を直視できずにいた。ラブコメのラブの部分、ようやくスタートです。



                         ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔法でカエルの姿にされていたエミルが元に戻って、ようやく旅を再開した私達。今は二人で街道を歩きながら次の町へと向かっている。だけど全てが上手く行っているかというと、そうではなかった。


 二人並んで歩いていると、隣にいるエミルが私に話しかけてくる。


「ここ、鏡の国ではリンゴが名産らしいよ。この国ならではの珍しいレシピを学べると良いね」

「そうね」

「ただ、噂によると鏡の国では今、王室が荒れていて何かと物騒らしいんだ。君も事件に巻き込まれないよう、気を付けておいた方が良いよ」

「そうね」

「町まではもう少しかかるけど、疲れてない?」

「そうね」

「……ねえシンデレラ、さっきから僕の話ちゃんと聞いてる?」

「そうね」


 そう返事をした瞬間、不意に手を掴まれた。


「―――ッ」


 掴んできたのはエミル。私は思わずそれを振りほどいて、彼と向き合った。


「な、なに?」


 バクバクする心臓を落ち着かせながらエミルを見ると、彼は申し訳なさそうな顔をしている。


「ごめん、なんだか君が上の空のような気がしたから。嫌だった?」


 私は慌ててブンブンと首を横に振る。断じて嫌なわけじゃない。嫌じゃないんだけど……


「本当に大丈夫?嫌だったらちゃんと言ってね。僕は君を困らせたいわけじゃないんだから」

「だから、嫌じゃないってば」

「本当に?でもそれじゃあ、どうして目を合わせてくれないの?」


 言われてドキッとする。向かい合ってはいるものの、私はエミルの事を直視できず、目を逸らしているのだ。


「何でも無いから気にしないで」

「そんな事を言われても……もしかして気に障るような事でもしてたかな?最近全然僕の方を見てくれないじゃない」


 エミルの言う通り、これは何も今に始まった事ではない。旅を再開してからというもの、私はずっとこの調子なのだ。だって……


(恥ずかしくて目を合わせられるわけないじゃない)


 少し前までは平気だったはずなのにエミルの事が好きだと自覚した途端、目を合わせるなんて簡単なこともできなくなってしまった。

 だけどエミルにしてみればやはり良い気分はしないだろう。いきなり私の態度が悪くなったようにしか思えないだろうし。


(エミルは悪くないってちゃんと伝えなきゃ。けどいったいどうやって?)


 心の内を明かせば納得はしてくれるかもしれない。だけどそうすると別の問題が出てくる。私に好意を寄せられているなんて、エミルにとっては迷惑以外の何物でもないだろう。

 それに私は修業中の身。にも拘らず恋にうつつを抜かしているなんて知られたら……


『君は料理の修業の途中でしょ。それなのに何おかしなこと考えてるの?見損なったよ』


 なんて言われたらどうしよう。好きだって気づいたばかりなのにもう失恋なんて早すぎるよ。

 そもそも恥ずかしすぎて好きだって言うのも無理なんだけど。ああ、いくら考えても何と説明すればいいか分からない。

 一人悶々と悩んでいると、エミルが心配そうに顔を近づけてくる。だから近いって!


「本当に大丈夫?何だか顔も赤いみたいだけど。もしかして熱があるとか」

「大丈夫。大丈夫だから心配しないで」


 そう言って私は歩き出す。


(いけない、まずはどうにかして落ち着かないと)


 こういう時は、何か別の事を考えると良い。さて、何を考えようか。


(エミルが輝いて見える。輝く、つまりは光っているということ。光るといえばホタルイカ。あれは下味をつけて焼いても美味しいし、スパゲティやサラダのアクセントとしても使えるから、非常に応用性のある食材で……)


「シンデレラ?」

「ひゃう!」


 思わず変な声を上げて後ずさる。ダメだ、ホタルイカの事を考えていても、声を掛けられただけでこの有様だ。


「な、なに?」

「道を間違えてるよ。次の町に行くならそっちじゃないでしょ」


 ホタルイカの事を考えていて気付かなかったけど、よく見ると道は二つに分かれていた。本当は右の道に行かなければならなかったのだけど、私は左の道を進もうとしていたのだ。


「何を考えていたのかは知らないけど、あんまりボーっとしていると危ないよ」

「分かってるから。もうホタルイカの事は考えないようにする」

「ホタルイカって?」


 首をかしげるエミルをよそに、私は右の道へと進路を変える。

 相変わらず態度が悪いと分かってはいるけど、やはり普通に振る舞うなんてとてもできない。前はどうやって接していたっけ、それすらよく分からなくなっている。 

 そんな私の後を、エミルが追いかけてくる。


「ねえ、やっぱりどこか変だよ」


 不安そうなエミルの声。こんな態度をとっているのだから、自分のせいではないかと心配しているのだろう。私は振り返らないまま、エミルに向かって言う。


「ごめんね。でもエミルは本当に何も悪くないから。これは私の問題なんだから、気にしなくて良いよ」


 そう言うのが精いっぱいだった。するとエミルは優しい声で訴えかけてくる。


「分かった。君がそう言うのなら、もうこれ以上詮索はしないよ。けど、君の言う問題がもし長引くようだったら、その時は相談してくれると嬉しいな。僕は君の力になりたいから」

 

 彼の優しさが心にしみる。

 普通なら気を悪くしてもおかしくないのにそんな風に気を使ってくれるだなんて。やっぱりエミルは優しいなあ。


「それに、君がこっちを見てくれないのも寂しいしね。せっかく可愛いのに、顔が見られないなんて勿体無いよ」

「―――ッ」


 不意打ちの言葉に驚いたと同時に、思わず口元が緩んでしまう。

 背を向けていてよかった。もし向かい合っていたら、このニヤけた顔を見られるところだった。

 そういう甘い言葉をかけないで。勘違いしちゃうから!

 そう叫びたかったけど、そうするわけにもいかず。私は依然鳴りやまない心臓を押さえながら、ただ俯くばかりだった。

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