シンデレラと毒リンゴ 2

 時刻はお昼を回った頃。私は街道から少し外れた大きな木の陰に腰を下ろし、一休みしていたけど……


「ダメだー、心臓がもたないー」


 エミルの顔を見るたび、言葉を交わすたびに心臓が凄い事になっている。このまま旅を続けていたら、いつか本当に限界が来て止まってしまうのではないだろうか。いや、それはダメだ。私はもっと料理の勉強をしたいのだから、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 今はエミルが近くの湖まで水を汲みに行っているから落ち着いているけど、戻ってきたらきっとまたさっきみたいな事になってしまうだろう。そうなる前に何か対策を考えないと。


(そもそも、世の恋する女の子たちはいったいどうしているのかしら?みんな私のように挙動不審になっているとは思えないけど)


 なんせこの歳になるまで料理に明け暮れるばかりで、恋愛には無縁だった。

 町の女の子たちの恋バナを耳にする機会はあっても私には関係ないと思っていたけど、こんな事ならもっとよく話を聞いておけばよかった。


(エミルは、私がこんな事で悩んでいるなんて思いもしないんだろうな)


 もしこの気持ちにエミルが気づいたら一体どうなるだろう。エミルが求めているのはあくまで私の料理の腕だし……いや、友達くらいには思っているかもしれないけど、好きだってことがバレたらその関係も破綻してしまうだろう。

 そうなるとこれ以上一緒に旅はできなくなるかも。当然お店を開くのを手伝ってくれる話も白紙になるかもしれない。良い事なんて一つも無いじゃない、やっぱり何としてもバレないようにしないと。


「あーあ。考えてることをうまく隠す方法って無いかなあ」


 俯きながらそんな言葉を漏らす。すると――


「それならいい方法がありますよ」


 不意に低い男の声がした。驚いて顔を上げると、いったいいつの間に来ていたのだろう。黒いマントを羽織った男が数人、私の前に立っていた。

 見るからに怪しい人達だけど、それよりも私は気になる事があった。


「考えてることを上手く隠す方法があるんですか?」


 一番近くの男に問いかける。すると彼はゆっくりと口を開く。


「ありますとも。簡単なことです、死ねば心の内がバレる事はありません」


 そう言ってニッと笑う。いや、私が聞きたいのはそう言う事じゃなくて……


「私は真剣に悩んでいるんです。だいたい何なんですか貴方たちは、ふざけているんですか?」

「これは心外だなあ。我々もふざけているわけじゃないんですよ。貴方に死んでもらうためにこうしてやっていたのです」

「…………はい?」


 言っている意味がよく分からない。死んで

 もらうために来たって……


「またまたぁ、冗談言わないで下さいよ。それじゃあまるで貴方達は私を殺しに来たみたいじゃないですか」

「だから冗談では無いんですって。貴女のおっしゃった通り、殺しに来たんですって」

「……嘘でしょ?」


 彼らの目は本気だ。けど、いったいどうして。私を殺しても彼らの得になるとは思えないのに。すると先頭の男は少し疲れた様子で言った。


「いやね、我々も本当はこんな面倒くさいことはしたくないんですよ。けれどお妃がどうしてもやれって言うから仕方なく動いたんです」

「面倒くさいって、それなら断って下さいよ。だいたい何なんですかそのお妃って?」


 そんな人に心当たりは無い。すると男が私の疑問に答える。


「この国のお王妃様の事です。今は王がお亡くなりになっているので、実質この国のトップに当たるお方です」

「そんな人がなぜ私を?」


 これで命を狙われているのがエミルなら、国同士のトラブルかもしれないって思うけど。私はそんな偉い人に命を狙われる覚えなんてない。


「お嬢さん、この国の王家に伝わる魔法の鏡の話は聞いたことがありますか?」

「魔法の鏡?まあ噂程度になら」


 魔法の鏡。たしか質問したことに何でも答えてくれるという便利な鏡と聞いている。その鏡を使ってこの国は繁栄したとかで、この国が鏡の国という名前なのも勿論それが以来だ。

「お妃様はですね。その鏡に聞いたんですよ。この国で私より美しい女はいるかって。そしたら鏡は貴女の名をあげたのですよ、シンデレラさん」

「ええっ?」

「それを聞いたお妃さはたいへん怒りました。この国で私より美しい女がいるのは許せない。今すぐそのシンデレラを探して殺してしまえ。そう我々に言いつけたのです」

「何よそれっ?」


 身に覚えのないはずだ。自分より美しいから殺すだなんて、そんなのとばっちりも良い所だ。あ、でも綺麗だって言われたのはちょっと嬉しいかな。


「我々もこんな汚れ仕事嫌なんですよね。だいたい、今回はお妃の質問のしかたが悪い。お妃より綺麗な女なんてどれだけいると思っているんだ」


 一人が言うと、周りの男たちも口々に愚痴り始める。


「だよなー。お妃、昔は綺麗だったらしいけどもういい歳だしなあ。噂では中年太りしてるのを隠すために、ふくらみのあるドレスを着て誤魔化してるって話だぞ」

「部屋には通販で買った美容グッズが所狭しと並べられてるとも聞くぞ。そのくせ飽きっぽいからどれも長くは続かない」

「ぶっちゃけあの妃、平均よりちょい下くらいじゃねえか。見てみろ、この子だってそこそこ可愛くはあるけど、わざわざ嫉妬するほどでもないだろ。きっと鏡も数いる女の中から適当に選んだのがこの子だったんだよ」

「そうだな。きっともう一度同じ質問をしたら、今度は別の子の名前を上げるだろうな。この子も運が無いなあ」


 ため息をつきながら肩を落とす男たち。

 私も喜んで損した。それじゃあ私が特別綺麗だってわけでも無いじゃない。それなのに命を狙われるなんて、冗談じゃない。

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