シンデレラと毒リンゴ 3
自分より奇麗だから。そんなお妃の理不尽なわがままで殺されるなんて嫌だ。しかも数いるお妃より綺麗な女性の中から適当に選ばれただけなのなら尚更だ。
「あのー、そう言う事なら見逃してくれると助かるんですが。さっきの話だと私を殺してもまた次の誰か狙われて、永遠に終わらないような気がすんですが。そんなの不毛じゃないですか」
「それがそうもいかないんだよ。我々も子供の使いじゃないんだから、ちゃんと任務を全うしないと。なあに、お妃もあと2、3人始末すればキリが無いと諦めるだろうから、ここは一つ犠牲になってよ」
「絶ッッッッッ対に嫌です!そんなんで納得するわけないでしょう!」
そんなお使い感覚で殺されてたまるか。すると男たちは困った顔をする。
「おい、どうする?可哀そうだし、見逃してやるか。正直俺もうこの仕事やだよ」
「でもなあ。俺達一度任務を放棄しているだろう。今度もサボったら何て言われるか」
「ああ、白雪姫暗殺の時か。アレは結局意味なかったな。見逃してやったのに、その後王妃がリンゴ売りに化けて、毒リンゴを食わせて殺してしまったって言うじゃないか」
何やら物騒な話をしている。話は断片的で良く分からないけど、お妃さん、もうすでに誰かを手にかけているの?そう思うと、とたんに怖くなってきた。
「お願いです、見逃して下さい。そうだ、皆さんお腹空いてません。お弁当でよければ差し上げますから、今日はこれでお引き取り願います」
そう言って私はバッグからお弁当箱を取り出す。中身はお昼に食べようと今朝作ったサンドイッチだ。だけど男達は下げすんだ目でそれを見る。
「こんなもんではいそうですかと帰れるか!」
そう言って男は差し出されたサンドイッチを払いのけた。結果サンドイッチは宙に放り出され、そのまま地面へと落ちる。
「ああーッ!」
そんな、せっかく作ったのに。
悲しい気持ちでサンドイッチを見ていると、奥にいた男が近づいてきた。
「もう良い。さっさと終わらせるぞ」
そう言って歩を進めた男は、あろうことか落ちたサンドイッチを踏み潰したのだ。
「―――――ッ!」
サンドイッチを踏んだ男は私の前まで来て腰の剣に手をかける。
「何か言いたいことはあるか?」
静かな声でそう問いかけられ、私はゆっくりと口を開く。
「―――あります」
サンドイッチに向けられた目線を目の前の男へと向け、キッと睨みつける。すると私の様子にギョッとした様子だったけど、そんな事を気にしている場合では無い。
「貴方はなんてことをするんですか!あのサンドイッチは、宿屋のご主人から貰った自家製の食パンに生みたて卵で作った玉子焼きをサンドした物なんですよ。それを踏みつけるだなんて」
「え、サンドイッチ?」
男は困惑しながらさっき踏んだサンドイッチに目をやる。まさかとは思うけど、踏んだ自覚も無かったのかこの人は。
「それからそっちの貴方も!そもそも貴方がサンドイッチを払わなければこんな事にはならなかったんです。反省してください!」
私の声に集まっていた男達がビクッと体を震わせる。だけどその中の一人が恐る恐るといった様子で口を開く。
「お前がどう思っているかは知らないが、俺達はサンドイッチなんてどうでもいいんだよ」
そんな、サンドイッチがどうでもいいだなんて。まさか――
「ひょっとして貴方……サンドイッチが嫌いなんですか?」
「はあっ?」
確かにそれならサンドイッチをどうでもいいという気持ちも分かる。いや、だけど……だからといって食べ物を粗末にしていい理由にはならない。
「貴方がサンドイッチを嫌いだというのならそれは仕方がありません。けど、貴方にだって好きな食べ物はあるでしょう。もしそれを粗末に扱われて踏みつけられたら嫌でしょう。それに、食べ物というのは全ての生き物にとって生きるための物なのです。それを粗末に扱うだなんて、許される事ではありません!」
ありったけの想いをぶつける。
男達は圧倒されたように固まって動かなくなっている。私も言いたいことは言ったので黙っていると、静寂を破るように、後ろからパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
「立派な口上だったよ。やっぱり食べ物を粗末にしちゃいけないよね」
振り返るとそこには手を叩きながら近づいてくるエミルの姿があった。
「エミル!」
私は急いで彼に駆け寄る。
「聞いてよエミル、この人達がね」
「うん。話は聞いていたよ。本当はもうちょっと前に出て行こうとしたんだけど、君が話し始めたから出て行くタイミングを逃してた。それで、貴方達は彼女に何用ですか?」
そう言ってエミルは腰に携えていた剣を抜く。
「お前、我々とやり合う気か?」
男達も剣を抜く。だけどそんな彼らに向かってエミルは声を張り上げる。
「斬られたい奴からかかってこい!例え多勢に無勢でも、最初の一人二人は確実に仕留める。他の奴らも無事で済むと思うな。たとえ僕を討てたとしても、満足に歩けぬ体にしてやる!彼女に手を出すというのなら、相応の覚悟をしろ!」
エミルの言葉に男達の顔から戦意が消える。
「おい、どうする?」
「どうするって。俺やだぞ、あんな馬鹿な命令で命を落とすのは」
男達は相談し合い、やがて一つの結論に達した。
「俺達も命は惜しいから退く。お妃にはお前がさほど綺麗じゃ無い女だったから殺す必要は無かったと伝えておく」
そう言って男達は去って行った。綺麗じゃないと報告されるのはちょっと複雑だったけど、これで命を狙われなくなるなら良しとしよう。
安心した私は、剣を収めたエミルに声をかける。
「ありがとうエミル。危ない所を助けてくれて」
「君に怪我が無くて良かったよ。それにしてもあいつ等、いったい何を考えているんだ」
機嫌が悪そうなエミル。エミルは優しいから、私が命を狙われたなんて知って怒っているのだろう。
「シンデレラが綺麗じゃないだなんて、目がおかしいんじゃないの?」
「えっ、そっち?」
「当り前だよ。君は綺麗だし、可愛いよ。さっき彼等相手に啖呵を切っていた時でさえ、僕には輝いて見えたよ」
啖呵を切ったって。私はただ食べ物を粗末にしちゃいけないって注意しただけだよ。
「そういえばサンドイッチ。さすがにこれじゃあ食べられないよね。ゴメン、今日はお昼ご飯は抜きみたい」
せめてエミルの分だけでも無事ならよかったんだけど。だけどそんな私の頭をエミルはそっと撫でる。
「君のサンドイッチが食べられないのは残念だけど、気にしないで。それに、何だか安心したよ。やっと僕の目を見てくれたね」
「えっ?」
そういえば、ちゃんとエミルの目を見て話せている。さっきの出来事が強烈だったせいで変に意識をしなくてすんでいるのか、指摘された後もあんまりドキドキしない。
「ちゃんと目を合わせられるようになって良かったよ。やっぱりこっちの方が話しやすい」
「ごめん。嫌な思いさせちゃってたよね」
「平気だから気にしないで。まあちゃんと顔を見られなかったのはちょっと寂しかったかな。さっきも言ったけど、君は可愛いからね」
サラッとそんな事を言われては、また少し心臓が加速してしまう。
(幸いなのはエミルが私の気持ちに全く気付いてなさそうってことね。たまにドキッとするようなセリフを言うのもいつも通りだし、バレていたらこんなこと言ってこないよね)
さっきまでの私は自分でもどうかと思うほど挙動不審だった気もするけど。ひょっとしてエミル、恋愛方面には鈍感なのかな?
何にせよ、ちゃんとエミルと話せるようになったのは良かった。
お昼ご飯は無くなっちゃったけど、私達は木の陰で腰を下ろし、お喋りをしながら少しの間休息する。
「シンデレラ、最近ちょっと様子がおかしいけれど、僕のことを意識してくれたってことは……無いかな。だってシンデレラだし」
エミルが何か呟いたけど、それが私の耳に届くことはなかった。
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