シンデレラと毒リンゴ 4

 予期せぬ襲撃から一夜明けた今日、私とエミルは森の中を歩いて街へと向かっていた。


「エミル、本当に森を歩いて大丈夫なの?」


 昨日襲われたばかりという事もあり、どうしても周りを警戒してしまう。だけどエミルは安心してと言わんばかりに答える。


「平気だよ。むしろ森の中だから安心できるんだよ。もし昨日の人達がまた狙ってくるとしても街道に網を張っているだろうし。普通は次の街に行くのに森を抜けたりはしないからね」


 なるほど、裏をかいたと言う事か。昨日あれから私は、どうして彼等に襲われたのかをエミルに話し、その上で彼は進むルートの変更を言ってきた。


「昨日は退いてくれたけど、もう来ないという保証はないからね。この国のお妃さまにも困ったものだよ」


 エミルの話では、どうやらお妃が国の実権を握って好き勝手やっているらしい。自分より綺麗だからという理由で刺客をさし向けるだなんて、こんな事でこの国は大丈夫なのかな?


 そんな事を考えながら歩いていると、私は木の根っこに足を取られて転びそうになる。


「危ない!」


 よろけた瞬間、伸びてきたエミルの手が私の手を掴み、間一髪転ぶのは間逃れた。


「平気?森の中は歩きにくいから、僕がもっと注意しておくべきだった」


 そう言って謝ってきたけど、今のは明らかに私の不注意なのだから彼が責任を感じる必要はない。


「私が足元を見ていなかっただけだから気にしないで。それと、もう手を放しても大丈夫だから」

「あ、ごめん」


 慌てて手を放すエミル。少し落ち着いたとはいえ、こんな風にいきなり手を取られたらやはり緊張する。掴まれた際に汗をかいていなかっただろうかと、細かいことでも気になってしまうのは困りものだ。

 けどそんな気持ちを悟られないよう、わざと大きな声を出して誤魔化す。


「もう転ばないよう気を付けるから、町へ急ぎましょう」


 気を取り直して再び歩きだす私達。それにしても、この森は大変穏やかだ。

 事前に聞いた話でも、ここにはオオカミのような危険な獣は出ないそうで、道にさえ迷わなければ安全な場所だそうだ。足場は少し悪いからやっぱり普通なら避けて通るだろうけど、気を付けてさえいればそこまで苦になるものでもない。

 森を通ることにしたのは正解だった。そう思った時だった。


「もし、旅のお方」


 不意に声が聞こえてきた。こんな森の中に誰かいるの?一瞬昨日の人達が来たのかと思い緊張が走る。


「シンデレラ、君は下がって」


 エミルも同じことを考えたようで、私を守るように前に出る。

 腰の剣に手をかざし、辺りを警戒するエミル。私も辺りを見てみたけど、人の姿は見えない。さっきの声は誰のものだろう。まさか、隠れて私達を狙っているんじゃ。

 ビクビクしながら様子を窺っていると、さっきの声が慌てたように言う。


「待って下さい。私は別に怪しい物ではありません。貴方達に危害を加えるつもりはありません」


 声はそう言ったけど、エミルは直も警戒を解こうとしない。


「自分の事を怪しいなんて言う人はまずいないよ。危害を加えないって言うなら、まずは姿を見せてくれないか」

「分かりました。それでは姿を見せましょう」


 声はそう言ったけど、なぜか以前姿は見えないままだ。これはますます怪しい。

 そう思った時、再び声がした。


「どこを見ているんですか。私はここですよ」

「ここって……」


 声のした方に目を向けると、そこには 身長が一メートルにも満たない小さな子供…いや、小人がいた。

「小人さん…なの?」

「そう言えば聞いたことがある。この国の森の奥には小人が住んでいるって。君がその小人さんかい?」

 驚く私と冷静なエミル。小人さんはこっちに近づいてきてぺこりと頭を下げた。


「おっしゃる通り、私が森の小人です。突然で申し訳ありませんが、どうか力を貸してほしいのです」

「力を貸してほしいって、何かあったんですか?」

「実は、私は仲間の小人たちと一緒にこの森で暮らしていたのですが、少し前から私達の家にさるお方がお泊りになっているのです」

「さるお方って?」

「大きな声では言えませんが、白雪姫と言えばおわかりになるでしょう」

「白雪姫だって?」


 エミルが大きな声を出す。え、エミルの知っている人なの?小人さんは分かって当然のような言い方をしていたけど、私は初めて聞く名前だ。いやまてよ、本当にそうだろうか。最近どこかで聞いたような気もする。


「その白雪姫というのはどなたですか?」


 私が聞くと、小人さんは目を丸くする。


「貴女、白雪姫を知らないんですか?無知な人ですねえ」


 その物言いにはちょっとムッとする。その白雪姫さんがどれだけ有名なのかは分からないけど、力を貸してほしいと言っておいてそれは無いんじゃないかなあ。


「仕方ないでしょう。知らないものは知らないんですから。そりゃあその白雪姫さんが稀代の天才料理人だったり、農作物の新しい栽培方法を考案した人だったら知らないのは恥ずかしいけど」


 だけどもしこれがご当地アイドルや町の地主さんなら旅人の私が知らなくても無理はないだろう。だけど小人さんは呆れた顔をしてエミルに問いかけている。


「あのー、このお嬢さんはいったい何を言っているのですか?」

「気にしないで下さい。彼女の頭の中はほぼ料理関係の事で埋め尽くされているだけです」


 エミル酷い。そりゃあ強く否定はできないけど、最近は料理以外の事もちゃんと考えているんだよ。エミルの事とか……まあそれはさておき。


「ねえ、結局白雪姫って何者なの?」

「白雪姫というのはね、この国の王女様の名前だよ。珍しい名前だから、たぶん人違いって事は無いですよね」


 小人さんははコクンと頷く。え、それじゃあ本当に王女様なの?そんな人の名前を知らないとなると、そりゃあ呆れられても仕方が無いよね。

 けど、それだとちょっと気になる事がある。


「ねえ、王女様って事は、昨日刺客を放ったお妃さまの娘さんってことよね」


 小声で聞いてみたけど、エミルは首を横に振った。


「それは違うよ。白雪姫と言うのは王と前妻の間にできた子で、今のお妃とは血のつながりは無いんだよ。王が無くなった今は権力争いをしているそうで、仲は悪いみたい」


 何とも嫌な話だ。けど、私も継母に虐められていたわけだし、珍しいことでは無いのかもしれない。勿論そうでない親子もたくさんいるだろうけど。


「それで、その白雪姫がいったいどうしたの?」


 ようやく話が本題に戻ると、小人さんは待ってましたとばかりに口を開く。


「実は白雪姫はお妃から、自分より美しいなんて許せないという理由で命を狙われていたのです」

「命を狙うって」


 昨日の私と全く同じパターンじゃない。今になってようやく思い出したけど、そういえば昨日の刺客たちが白雪姫の名前を口にしていた。お妃様は義理とはいえ白雪姫のお母さんのはずなのに、殺そうとするだなんて。

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