シンデレラと毒リンゴ 5

 小人さんの話に言葉を失う。私も継母に虐められてはきたけれど、命を狙われるなんて事は流石に無かった。それなのに……


「白雪姫はお妃から逃れるため、一人この森に来られて身を隠そうとしました。そこで私や仲間たちと会い、一緒に暮らすようになったのです」

「それで、大丈夫だったんですか?追っ手はこなかったんですか?」

「はい、私達の家は森の奥のちょっと分かり難い所にありましたから、簡単にはたどり着けません。それに仲間で交代で見張りもしていたので、怪しい奴が来たら分かるようになっていました」


 どうやら対策はバッチリのようだ。けど、それならいったい私達に何を頼みたいのだろう。


「今の話を聞く限りでは白雪姫は安全そうだけど、何が問題なの?まさか僕達にお妃をやっつけてくれとか言わないよね」

「まさか。さすがにそこまで図々しくはありませんよ。ただ、完璧だと思っていた守りにも実は穴がありまして。お妃は諦めたと見せかけてチャンスをうかがっていたのです」

「それって、また命を狙われたってことですか?」


 私の問いに小人さんは辛そうに頷く。


「少し前のお話です。お妃自らが変装してこの森へとやって来たのです。お妃は剣も槍も持たず、格好もまるで町人のようだったので、私達も問題ないだろうと思い白雪姫に知らせていなかったのです。その結果、白雪姫はお妃の魔の手にかかり……」


 白雪姫さんを守れなかったということか。その事がよほど悔しいのか、小人さんは涙を浮かべて俯いている。ただ、今の話だとまだ私達の疑問は解けていない。


「それじゃあ、白雪姫さんは亡くなられたんですよね。なら、今更私達にできる事なんてあるんですか?」


 そう尋ねると、小人さんは勢いよく顔を上げるた。


「それなんですが、実はまだ死んだわけではないのです」


 え?だけど小人さん、さっき白雪姫はお妃の手に掛かったって言ってたよね。驚く私をよそに、小人さんはなおも話を続ける。


「白雪姫は生きています。ただ、お妃の手によって決して覚める事の無い長い眠りに落ちてしまったのです。例え頭から水をかけても、顔中に洗濯バサミをはさんでも、口や鼻にワサビを練り込んでも、決して目が覚める事はありません」


 例えがやけに具体的だけど、もしかして試したのだろうか。他はまだしも、ワサビをそんな風に使うのはどうかと思うな。


「そこまでして目が覚めないという事は、眠り続ける呪いをかけられたという事ですか?」

「まあそのようなものです」


 私とエミルは顔を見合わせる。少し前にエミルもカエルの姿になる呪いをかけられていただけに、呪いと聞くと放っておく気にはなれない。けど、呪い相手に私達に何ができるだろうか。


「できれば力になってあげたいけど、あいにく僕は魔法は苦手なんです」

「私も。できる事と言えば料理しかありません。でも目を覚まさせるレシピなんて知りませんし」


 ワサビでも起きなかった以上、苦い物やすっぱい物を口の中に放り込んでも効果は期待できない。


「大丈夫です。というかお嬢さん、ぶっちゃけ貴女は何もしなくて結構です」

「え、そうなんですか?」


 ここまで話しておいてまさかいらないだなんて。すると小人さんはエミルに向き直る。


「貴方です。貴方に力を貸してほしいのです。どうか白雪姫を救うために、呪いを解くためにお力を貸して下さい」

「僕が?」

「はい。私の目に狂いはありません。貴方なら無事白雪姫を目覚めさせることができます」

「けどそんな事が出来るの?さっきも言ったように僕は魔法は苦手だよ。そりゃあ力になりたいのは山々だけど」


 エミルはそう言ったけど、小人さんは構わないと話を続ける。


「呪いを解くのはそう難しい事をするわけじゃないんですよ。とりあえず私の家に来てもらえませんか。詳しい話は着いてからと言う事で。なあに、すぐ終わりますって」


 何か怪しいセールスみたいな文句を言っているけど、自覚は有るのかなあ。小人さんの誘いに乗って良い物かどうか少し躊躇してしまう。


「どうする、シンデレラ?」

「ちょっと気になる所はあるけど、話を聞いちゃった以上は放っておけないしねえ」


 私達が相談していると、小人さんが早くは役とせかしてくる。


「何をモタモタしているんですか。さっさと行きますよ」

「何だかやけに急かすけど……君、何か隠しているわけじゃないよね」

「……隠してるわけ無いじゃないですか。決して悪いようにはしませんよ」


 だったら何なのさっきの間は?こういう所が見え隠れするから躊躇してしまうのだ。


「仕方がない。色々と引っかかる所はあるけど、行くだけ行ってみよう」

「そうね。それに誰かが困っているというのなら力になってあげたいわ。小人さん、貴方の家に案内してくれる?」


 ようやく結論が出た私達は家がどこにあるのかを尋ねたけど、小人さんはなぜか渋い顔をしている。


「あの、お嬢さんも来られるのですか?」

「当り前でしょ。こんな森の中に彼女を一人になんてさせられないからね。それとも何か不都合でも?」

「う~ん、目覚めた時に相手が女連れだと文句を言われそうだけど。それにお嬢さんだっていい気分はしないだろうし……」


 小人さんは何やらブツブツ言っている。よく分からないけど、ひょっとして私は行かない方が良いのかな?


「どうしよう。私はここで待ってて、エミルだけ行ってきた方が良いんじゃないかな」

「いや、それはやめておいた方が良い。あの小人が昨日の奴らの仲間じゃないと決まったわけじゃないからね。僕等を分断さえて、その隙に君が襲われるといけない」


 なるほど、それは確かに困る。小人さんは悩んだようだ。けど、やがて諦めたように言う。


「この際仕方がないか。分かりました、それでは二人とも、私についてきてください」


 小人さんの案内で、私達は森の中を進む。私は歩きながら疑問に思ったことを聞いてみた。


「ねえ小人さん、どうして私じゃなくエミルの力が必要なの?」


 そりゃあエミルは私よりずっと頼りになるけど、それでも小人さんの食いつき方は不自然なきがする。初対面のはずなのに、まるでエミルなら大丈夫という確信があるように思えて。


「それは彼がイケメンだからで……まあ詳しい事は後で説明しますよ」


 またぼかされてしまった。けど、何やらおかしなことを言っていたような。


「ねえ、イケメンってどういう事かな?」


 小声で聞きながら、エミルの顔をまじまじと見る。きりっとした目、整った顔立ち。誰がどう見てもエミルはイケメンだろう。かく言う私も至近距離で見ているとつい見とれて……


「あぅ……」


 何だかくらっときた。そういえば、私はエミルの事が好きなんだった。それなのにこんな風に見ていたものだからオーラに当てられてしまった。


「大丈夫?暑さにやられちゃった?」


 ふらつく私をエミルが優しく支える。それはとっても嬉しいんだけど、エミルが解放してくれる限り動悸が治まりそうにないや。


「ちょっと足がもつれただけだから、もう大丈夫」


 赤く染まっているであろう顔を見られないよう注意しながら私は歩き出す。そんな私達を小人さんがじっと見つめている。


「やっぱりこの子はおいてきた方が良かったかもなあ?」

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