シンデレラと毒リンゴ 6

 小人さんの案内で、私達は森の奥へとやってきた。それにしても似たような景色ばかりで、案内が無ければ迷ってしまいそうだ。


「そういえばお妃は自ら変装してここまで来たのよね。よく迷わなかったわね」


 疑問に思っていると小人さんがそれに答える。


「おそらく迷わない方法を鏡に聞いたのでしょう。魔法の鏡は万能ですから」

「それは随分と便利な鏡だね。もしかして自分で来たのは、そんな貴重な鏡を他人に使わせたくなかったからかな」

「それもあるかもしれませんね。けど一番の理由は部下の男達だとリンゴ売りに変装できないからでしょうね」

「リンゴ売りって、お妃が変装したのはリンゴ売りだったんですか?」


 そんな、よりによって食べ物を売る人に化けて悪事を働くだなんて。変装のバリエーションなんてほかにいくらでもあったでしょうに。腹を立てていると小人さんがなだめるように言う。


「リンゴ売りに化けたのはちゃんと理由があるんですよ……あ、見えてきました。アレが私の家です」


 目をやると森の中に一軒のお家が立っていた。お妃がわざわざリンゴ売りに化けた理由も気になったけど、とりあえず家へと向かうとする。

 小人さんの家というからもっと小さいものを想像していたけど、大きさはいたって普通。そのため小人さんは玄関のドアの取っ手を掴むのにも一々手を上にあげなければならず、それはなかなか面倒そうだった。


「どうして家のサイズをもっと小さいものにしなかったの?僕等としてはこのサイズで助かるんだけど、元々君たち小人用の家なんだよね」


 エミルは疑問に思っていたことを尋ねる。すると小人さんはため息をついた。


「私だって好きで小人をやっているわけじゃないんです。チビとバカにされるのが嫌で、いつか背が伸びる事を夢見て普通サイズの家を建てたんです。だけど結果背は伸びることなく……笑いたければどうぞ笑ってください」

「いや、別に笑ったりはしないけど…なんかゴメン、変なことを聞いて」

「そんな事を言って、心の中では笑っているんでしょう。白雪姫なんて最初この話を聞いた時は腹を抱えて大笑いでした」


 小人さんの目には涙がにじんでいる。これは相当に闇が深いようで、エミルも触れてあげない方が良かったと後悔しているみたい。それにしても、そんな小人さんを笑うだなんて、白雪姫さんって一体どんな人なのだろう。


 そんな事を考えているうちに小人さんはドアを開け、私達を中に招き入れた。


「おーいみんな―、イケメンを連れてきたぞー」


 小人さんがそう言った途端、家の奥から人影が六つ。それも全てミニサイズの人達が現れた。


「ここに住んでいるのは本当に小人ばかりなのね」


 ここまで案内してくれた彼を含めて、合計七人の小人さん達はぐるりと私達を取り囲む。


「おお、確かにこれはイケメンだ」

「これなら白雪姫も喜んでくれるだろう」


 小人さん達は喜んでいる様子。だけど私達は未だに話が見えない。確かにエミルは格好いいけど、それに一体何の関係があるのだろう。首を傾げていると一人の小人さんが話しかけてきた。


「詳しい話をしますので、まずは白雪姫をご覧ください」


 そう言われて私達は奥の部屋へと連れて行かれる。通されたその部屋には一台のベッドが置かれていて、どうやらここは寝室のようだ。そしてそのベッドの中には、一人の女性が横になっていた。


「……綺麗」


 見た瞬間思わず声が漏れてしまった。眠っているその人はとても美しく、女の私でさえつい見とれてしまうほどだ。

 彼女が小人さん達の言う白雪姫なら、お妃が嫉妬するという気持ちも分かる。勿論だからと言って命を狙っちゃいけないけど。

 だけどこんな美人さんを前にしても、エミルは表情一つ変えずに話を進める。


「彼女が白雪姫?聞いてた通り眠っているみたいだけど、僕は何をすればいいの?」

「よくぞ聞いてくれました。実は白雪姫が眠っているのは、眠りの毒リンゴが原因なんです」

「眠りの毒リンゴですって?」


 思わず声を上げる。すると事情の分からないエミルが不思議そうに尋ねる。


「毒リンゴなんて、何だか物騒な名前だけど、君も知っているの?」

「実物は見たことは無いけど危険な果物として聞いたことはあるわ。その名の通り眠りの呪いが込められているリンゴで、それを口にしたら覚める事の無い眠りに落ちてしまうそうよ」


 何故か普通のリンゴと同じ木になる事もあり、出荷の際はよく判別しないと大変なことになると聞いたことがある。これでお妃がわざわざリンゴ売りに化けたという理由も分かった。おそらく普通のリンゴと偽って白雪姫さんに毒リンゴを食べさせたに違いない。


「そんな危険なリンゴがあるなんて知らなかったよ。それで、目を醒まさせる方法はあるの?」


 その問いに私は頷く。前日本で毒リンゴについて読んだ時、もし口にしてしまった時の対処法も乗っていたはずだ。アレは……


「確か、キスをすれば目を醒ますはずよ」

「キス?」


 驚くエミル。何でも眠ってしまう原因はリンゴに含まれる魔力が影響しているそうで、キスには呪いを解く効果があるそうだ。私も詳しい理屈はよく分からなかったけど、とにかくそういうことらしい。


「キスって、この前君が作ったような天ぷらじゃダメなの?」

「何を言っているのよ。アレはカエルの呪いを解く方法でしょ。毒リンゴの解き方はそれとはまた違うわ。口づけをすれば目覚めるって、本で読んだことがあるもの」

「そうかなあ。カエルの呪いが鱚の天ぷらで解けたんだから、今回もそれで大丈夫な気もするけど。それにそんな本を読んだことがあるなら、僕がカエルにされた時に思い出してほしかった」


 エミルは納得の行かない顔をする。もしかして、キスと鱚で名前が一緒だからいけると思っているの?そんなわけないじゃない、エミルって時々おかしなことを考えるわね。

 そんな風に考えていると、エミルがジト目で私を見てくる。


「シンデレラ、今なんだか凄く失礼なこと考えなかった?」

「そ、そんなこと無いよ。とにかく天ぷらは無理。仮に効果があったとしても、白雪姫さんは眠っているんだから、天ぷらなんて食べられないわよ」

「それもそうか。けどそうなると……」


 エミルはチラッと小人さん達に目を向ける。小人さん達の方も何やら期待のこもった目でエミルを見ている。


「聞いての通りです。エミルさん、白雪姫を助けるために貴方がキスをしてください」

「やっぱりそうきたか!」


 エミルは頭を押さえる。そうだよね、起こす方法がキスしかないのなら、エミルにお願いするのが妥当だよね。でも……


(それじゃあ、エミルが白雪姫さんとキスしちゃうの?)


 そう思うと、とたんに胸の奥がモヤモヤしてくる。もちろんキスをするにしてもこれは人工呼吸のようなもので、それ以上の意味はないと言う事は分かっている。分かっているけど……


(それでも、エミルが誰かとキスをするのは嫌だな)

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