シンデレラと毒リンゴ 7

 どうやら私は恋をした途端に、身勝手になってしまったらしい。

 エミルがキスをしない限り、白雪姫さんは眠ったまま。状況が状況だから嫌だなんて言っている場合じゃないと言うのは分かるけど、女心は複雑なのだ。一方エミルも困った様子で小人さん達を見ている。


「どうですか、白雪姫はご覧の通り大変な美人です。これなら貴方だって不満は無いでしょう」

「容姿の良し悪しは関係ないよ。彼女を起こしたいって気持ちは分かるけど、やっぱりいきなりキスをしろと言われても心の準備が……」


 エミルはあまり乗り気じゃない様子。するとそれを見た小人さん達は慌てだす。


「そんな、白雪姫の見てくれならどんな男でもイチコロだろうと思っていたのに」

「誰だよ、いきなりキスなんて言うと抵抗があるだろうけど、先に顔見せとけば大丈夫だろうって言った奴は。全然ダメじゃないか」


 なるほど、案内してくれた小人さんが詳しい話をしないまま私達を連れてきたのにはそう言う理由があったのか。でも生憎エミルは相手が綺麗な人だからって承諾するほど軽くはないのだ。


「そもそも、キスで起きるのなら何も僕じゃなくても、例えば君達の中の誰かがすれば良いんじゃないの?」


 そうだ、その手があった。キスをするのはエミルじゃなくても良いはずだ。だけど小人さん達はそろって首を横に振る。


「もし私達の誰かがキスをしたら、目を覚ました白雪姫が怒り狂います。『イケメンでもないのによくもキスしてくれたなー』って」

「私達みんな殺されちゃいますよ」

「七人全員墓に埋められます。七墓村の出来上がりです」


 どうやら白雪姫さんは随分とアブレッシグな人のようだ。せっかく助けてあげたのにそんな目に遭わされたのでは小人さん達もたまったものじゃないだろう。


「でもそれじゃあ、僕がキスをしても怒るんじゃないかな。話を聞いていると、とても無事でいられるとは思えないんだけど」


 ええっ、それじゃあエミルが可哀そうだよ。せっかく助けてあげたのにボコボコにされかねないだなんて。だけど小人さん達はその心配はないと言ってきた。


「貴方なら大丈夫です。何しろ白雪姫は大変な面食いですから。キスをしたのが貴方なら怒るどころか小躍りして喜ぶことでしょう」

「いや、流石にそれは言いすぎなんじゃ。女の子にとってキスは大切な物なんだし」

「いいえ、白雪姫は前々から言っていました。もし自分が毒りんごを食べて眠ってしまうようなことがあれば、その時は超絶イケメンのキスで起こしてくれと」

「本当にそんな事言ったのっ?それじゃあ白雪姫は毒リンゴの事を知っていて警戒していたってことだよね。だったらどうして食べちゃったの?」


 疑問に思うのももっともだ。私だったらそんな時にリンゴを渡されても無事と分かるまで絶対に食べようとしないだろう。


「リンゴを食べた理由ですか?それはイケメンとキスをしたいという己の欲望を叶えるために……白雪姫の名誉の為にこれ以上はお答えできません」

「もうほとんど答えを言ったよね!それ絶対確信犯だよ!知っていて自ら毒リンゴを食べたんでしょ!イケメンとキスをしたいから!」


 小人さん達は一斉に目を逸らす。どうやらエミルの言った通りで間違いはないようだ。

 そうなると眠ってしまったのは白雪姫さんの自業自得のような気もするけど、それでもこのままというわけにはいかないだろう。


「リンゴを食べた経緯なんてどうだっていいでしょう。ちゃっちゃとキスをしてくださいよ」

「私達がイケメンを見つけてくるのにどれほど苦労したと思っているんですか?それにこんな美人と合法的にキスが出来るんでしょ、役得だと思いませんか。普通の男性なら大喜びですよ」


 グイグイとキスを進めてくる小人さん達。だけどエミルは依然浮かない顔だ。


「今の話を聞いて『はいそうですか』って答えたら、僕はどれだけ最低な男なの?むしろハードルが上がっていってるんだけど」


 確かに。私だってそうやってキスをするエミルは見たくない。だけど中々承諾しないエミルに、小人さん達は徐々に苛立ちを募らせていく。


「貴方、困っている人を見捨てるんですか!」

「鬼!悪魔!人で無し!」

「貴方がキスをしてくれなければ、私達は白雪姫に殺されちゃうんですよ」

「たとえ眠っていても呪い殺されます。白雪姫ならきっとそうします」

「そうなると今度は私達が化けて出ますよ。毎晩夢枕に立って、耳元で歌って踊ってやります。寝不足になりますよ、それでも良いんですか!」


 ここまでくるともはやお願いでは無く脅しだ。エミルは困った顔でチラチラと私の様子を伺っている。もしかして、私に助けてほしいと思っているのだろうか。

 できる事なら私だって何とかしてあげたい。だけどいったいどうすれば良いの?話を聞く限りでは私がキスをしても白雪姫さんが納得するとは思えないし。

 そうしている間にも小人さん達はエミルにキスをさせようと必死になっている。


「何も心配する必要はありません。遠慮せずにさっさとやっちゃってください」

「だからまだやるなんて言ってないから。後ろからグイグイ押すのはやめてくれる」


 小人さん達は意外と力持ちのようで、エミルの抵抗もむなしくベッドの横へと追いやられていく。どうしよう、このままじゃ本当にエミルがキスをさせられちゃう。

 その場面を想像すると、とても落ち着いてなんかいられなかった。


「待って下さい!」


 気がつけば私は声を上げていた。エミルも小人さん達も、一斉に私を見る。


「何ですかお嬢さん。まさか白雪姫が起きるかどうかの大事な場面で、彼氏にキスをしてほしくないからやめろとは言いませんよね」

「それはそうですけど……って、エミルは彼氏じゃありません!」


 なんだか自分で言ってて心が痛むけど、事実なのだから仕方が無い。勘違いされたことが嫌だったのか、エミルはなんだか切なそうな顔をしている。


 うぅ、いくら彼氏と思われたのが嫌だからって、何もそんな顔しなくても。だんだんと心にダメージが蓄積されていく。だけど小人さんはそんな私の気持などお構いなしだ。


「だったら尚更です。貴女の彼氏じゃないのなら口出ししないで下さい」


 小人さんの言う事は正論だけど……もう諦めるしかないのだろうか。一瞬そう思ったけど、その直後ふとアイディアが浮かんだ。


「待って小人さん。貴方達のお願いは白雪姫さんを起こしてほしいって事ですよね」

「その通りです。だからこうしてキスをしてほしいって頼んでるんじゃないですか」

「目的は起こすことですよね!つまり白雪姫さんが目を覚ますのなら、何もその手段はキスでなくても構わないと言う事ですよね」

「えっ?それはまあそうですけど……」


 認めたわね。後でやっぱりダメだなんて言っても聞いてあげないんだから。キスでなくても白雪姫さんが目を覚ませば文句はないわけだ。


「シンデレラ、他に何か方法があるの?」


 エミルが心配そうに聞いてくる。上手くいく保証はないけど、もしかしたらという方法ならある。そのためには道具が必要なんだけど。

 私は小人さんに向き直って尋ねた。


「小人さん、掃除機ってありますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る