シンデレラと毒リンゴ 8

 白雪姫さんの眠るベッドの周りを、小人さん達が心配そうに取り囲む。エミルも準備を進める私に何か言いたそうだけど、言うに言えないと言った様子だ。

 まあ気持は分かるけど。私自身この方法を思いついた時はどうかと思ったし、実行すべきかどうかも大いに迷った。

 けどこのまま何もしないわけにはいかない。準備をしていると一人の小人さんがついに聞いてきた。


「お嬢さん、本当に大丈夫なんでしょうか。掃除機で食べてしまったリンゴを吸い出すなんて」


 小人さんは怪訝な顔をしている。私の考えた方法と言うのは白雪姫さんの口に掃除機のホースを突っ込んで、喉の奥にあるリンゴを吸い取るというものだった。

 皆は心配しているようだけど、この方法には確かな実績があるのだ。


「任せて下さい。東の国ではこの方法で喉に詰まらせたお餅を取ったと言われています。白雪姫さんのリンゴもきっとこれでとれるはずです」


 実際に試したことは無いのだけど、やってみる価値はあるはず。掃除機のプラグをコンセントに挿して準備完了。すると今度はエミルが声をかけてきた。


「何だかごめん、僕が煮え切らないばかりに、君にまで迷惑を掛けてしまって」

「良いのよ、気にしないで。いきなりキスをしろなんて言われても途惑うのは当たり前だもの」


 ホントはエミルが白雪姫さんとキスをするのが嫌だからというのが行動理由だけど、当然その事は伏せておく。お願い白雪姫さん、これでちゃんと起きて。

 祈るような気持ちで、私は白雪姫さんの口に掃除機のホースを突っ込んだ。


「…………………」


 うん、これは思っていた以上にシュールな光景だ。横になる白雪姫さんの口から伸びる不釣り合いなホース。いくら白雪姫さんが美人とはいえ、こうなってしまっては台無しだ。自分のやってしまったことに少し罪悪感を覚える。


「ああ、白雪姫がとんでもない姿に」

「可哀想に、もしこの事が外に知られたら、掃除機姫なんて呼ばれるんだろうな」


 小人さん達が悲痛な声を出し、更にはエミルまで顔をしかめる。


「やっぱり僕がキスをした方がよかったのかも。自業自得とはいえこれはちょっと……あ、もちろん僕自身が彼女とキスをしたいわけじゃないから」


 分かってる、自分がとんでもない事をしている事くらい。でもここで止めてしまっては、白雪姫さんはそれこそ掃除機のくわえ損になってしまう。

 その上そうなっては、掃除機をくわえた直後の白雪姫さんの口にエミルがキスをしなければならなくなるかも。そんなのは絶対に嫌だ。ここは誰も不幸にならない為にも、やはり作戦を続けるとしよう。

 半ば強引に自分を納得させ、私は掃除機のスイッチに手をかける。


「それじゃあ、始めますね」


 見守っていた皆が息を吞む。私は覚悟を決めて、掃除機のスイッチを押した。

 瞬間、ウィーンという音と共に掃除機が動き出す。今白雪姫さんの口の中では吸引が始まっているだろう。だけどそれでも白雪姫さんは目を覚まさない。

 一向に変化の無い白雪姫さんを見て、一人の小人さんが声を出す。


「起きないようですが。やっぱりこの作戦、無理があったのでは?」

「待って下さい、もう少ししたら目を覚ますかもしれません」

「これだといっその事目を覚まさない方がいいような気もしますが……起きないならやはりエミルさんにキスをしてもらうしかありませんね」


 それはダメ!こうなったら仕方がない。できればやりたくは無かったのだけど……


「掃除機の吸引力を『強』にします!」

「ええっ、正気ですかっ?」


 驚く小人さんをよそに、『強』のスイッチを入れる。


 ヴイイイイイィィィィィィィィン


 ああ、白雪姫さんのお顔が大変なことになっている。

 小人さん達はとても見ていられないのか手で顔を覆っているし、エミルも若干引いている。


「シンデレラ、本当にこれで大丈夫なの?何だか凄い事になってるけど」

「エミル、見ないであげて!こんな姿を見られたら白雪姫さん、女の子として生きていけないよ」


 まあそうさせてしまっているのは私なんだけど。もしこのまま目を覚まさなかったら迷惑どころの騒ぎではない。責任を取って腹を切れと言われても仕方がないほどの事をしてしまっている気がする。ああ、お願いだから目を開けて。

 そう思った瞬間、ガコッという音と共にホースが何かを吸い込んだ。


「手応えがありました!」


 私は急いで掃除機のスイッチを切ると、口からホースを外した。目を逸らしていた小人さんやエミルもそばに寄ってきて事態を見守る。


「白雪姫、どうか起きてくれ」

「いや、これで起きてしまっていいのだろうか?」

「けどここまでやって何の成果も無かったら最悪じゃないか?」


 小人さん達はもう起きた方が良いのか眠ったままの方が良いのかもわからないといった様子。だけどその時、白雪姫さんの口元が微かに動いた。


「エミル、白雪姫さんが」

「うん、確かに反応があった」


 期待を込めて見つめていると、白雪姫さんは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。


「白雪姫!」

「目を覚まされたのですね」


 小人さん達は声を上げて前に出てくる。白雪姫さんはムクリと体を起こした後、まだ眠たそうに眼をこすっている。


「わたくしは一体何をしていましたの?」


 寝ぼけ眼のままの白雪姫さんが尋ね、小人さんの一人がそれに答える。


「白雪姫、貴女はお妃に毒リンゴを食べさせられて、永い眠りについていたのです」

「毒リンゴを食べて?そういえばリンゴ売りに化けたお妃が訪ねてきたわね。ああ、思った通りあれは毒リンゴだったのね」


 白雪姫さん、どうやらリンゴ売りの正体にも毒リンゴにも気づいていたようだ。だったらどうしてそんな物を食べちゃったの?

 いや、答えは簡単か。イケメンとキスがしたかったからだ。白雪姫さんは虚ろな目で部屋の中を見回していたけど、小人さん達の後ろにいるエミルに目をやった所で動きを止めた。


「……やった、イケメンだ」


 そう言ったかと思うと、白雪姫さんは眠たそうにしていた目を見開き、ベッドから飛び起きた。


「白雪姫、急に動いてはなりません」


 小人さんがそういうも白雪姫さんは止まらない。集まっていた小人さん達を押しのけてエミルに向かって一直線。そしてあろうことか白雪姫さんは呆気に取られていたエミルにそのまま抱きついたのだ。


「ちょ、ちょっと」


 エミルは慌てているけど、白雪姫さんは放してはくれない。幸せいっぱいといった表情でエミルに身を預けている。


「……ああ…私の王子様」


 よほどエミルの事が気に入ったのか、とろけそうな瞳でそう呟いた。実際にエミルは王子様なんだけど。

 いや、今問題なのはそんな事じゃない。私は無言のまま二人に近づき、そのまま引きはがしにかかる。


「白雪姫さん離れて下さい!エミルが困っています!」

「あら、貴女はどなたかしら?」


 どうやら白雪姫さんは私の存在に気付いていなかった様子。というより、エミル以外眼中になかったようだ。小人さん達でさえ、もはや空気のような扱いになっている。


「私はシンデレラ、エミルの旅の仲間です。それより早くエミルから離れて」


 強く抗議したのだけど、白雪姫さんは直も離れようとはせず、エミルの背中に手を回す。


「この方、エミルさんっておっしゃるのね。でも困っているなんて言いがかりですわ。そうですよねエミルさん」

「いえ、できれば離れてくれると助かるのですが」

「えっ……分かりました。貴方がそうおっしゃるのなら」


 エミルの言うことだと素直に従う白雪姫さん。一瞬凄く残念そうな顔をしたものの、すぐに気を取り直して笑顔を作る。


「はじめましてエミルさん。わたくし、この鏡の国の王女をやっております白雪姫と申します。このたびは危ない所を助けていただき、ありがとうございます」

「いえ、僕は別に何も。小人に案内されてついてきただけですから」

「そうですか、この小人達が」


 白雪姫さんはよくやったと言わんばかりに小人さん達に親指を立てる。小人さん達は気まずそうに目を逸らしているけど。

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