シンデレラと毒リンゴ 9
「何もしていないなんて謙遜なさって。けどそう言う謙虚な方は嫌いじゃありませんわ。あぁ、この先貴方のような優しくて頼りになる方が傍にいてくれたらどれだけ安心できるでしょう」
白雪姫さんは何だか芝居がかった口調で、悩まし気に頭に手を当てる。ちょっと、、傍にいてくれたらってどういう事?
「恥ずかしながら、わたくしは父上の後妻である継母に命を狙われておりますの。継母は大変我儘な方でして、この国をまるでご自分のおもちゃのように考えているような方なのです」
「それはまた随分と……それで、貴女はこれからどうするおつもりですか?」
話が国のことになった途端エミルの顔つきが変わった。他国の話とはいえ、やっぱり王子として国の行く末には思うところがあるのだろう。すると白雪姫さんは胸に手を当てながら語りだす。
「勿論このまま継母にこの国を任せるわけにはいきません。私は断固戦うつもりです。けど、正直とてても怖いんです。何しろ一度殺されかけているのですから」
それは仕方がないかも。毒リンゴと知ってて食べたのだとは思うけど、お妃に殺されかけたのは事実だし、怖がるもの無理はない。だけど次の瞬間、白雪姫さんはとんでもない事を言ってきた。
「エミルさん、不躾だという事は分かっています。ですがお願いです、これからも傍にいて、わたくしの事を支えて頂けませんか」
「はぁ?」
驚きの声を上げるエミル。私も同様に開いた口が塞がらない。だけど白雪姫さんはそれを気にする様子もなく、そっとエミルの手を握る。
「決して貴方を危ない目には遭わせません。ただ傍にいてさえくれれば、それほど心強い事はありません。どうかこの国のために、お力をお貸しいただけないでしょうか」
白雪姫さん、色々と理屈を並べてはいるけど、要はエミルの事が気に入ったから一緒にいたいだけなんだろうな。
けどそれよりも手!まずはその手を放してから。エミルが手を握られているのを見ると落ち着いていられない。
手を握られたくらいでコロッといくなんて事はエミルに限って無いだろうけど、白雪姫さん美人だし。万が一という事を考えるとやっぱり焦ってしまう。
だけど動揺する私とは裏腹に、当のエミルはいたって冷静だ。
「傍にいるだけって言われても……僕は貴女に頼られるような事をしたわけじゃないし」
「何をおっしゃいますか。貴方はわたくしを助けて下さったじゃありませんか」
「その事ですが……そもそも貴女を起こしたのは僕じゃないですから」
エミルが言いにくそうにそう口にした途端、白雪姫さんの顔色が変わった。
「……えっ?」
握っていた手が離れ、赤くなっていた顔色が一気に白くなっていく。白雪姫さんは信じられないと言った様子で小人さん達に目を向ける。
「そうですの?わたくしにキスをしてくださったのは、この方じゃありませんの?」
そもそも誰もキスはしていないんだけどね。小人さん達は何も言わず、尚且つ誰も目を合わせようとしない。それを見て白雪姫さんは悟ったようで、見て分かるくらい沈んだ表情になる。
「それじゃあ一体、誰が私を助けて下さったというの?どう考えても貴方しかいないじゃありませんか」
直もすがるような目でエミルのことを見る。だけどそのエミルの口から真実は告げられる。
「本当に僕じゃないんです。貴方を助けたのは、そこにいるシンデレラなんです」
「えっ!?」
エミルは私に目を向ける。白雪姫さんは信じられないような目で私を見たけど、すぐにクスリと笑った。
「ご冗談を。だってこの方は、女の子じゃありませんか」
本当に信じていない様子の白雪姫さん。けど実際助けたのは私なのだから仕方がない。
「あの、噓でも冗談でもなく、本当に私なんです。貴女を助けたのは」
「そんなバカな……え、まさか本当に?」
私は無言のまま頷く。最初は笑っていた白雪姫さんだったけど、その表情は徐々に青ざめていく。そして――
「いやあああああああぁぁぁぁぁ!」
絶叫がこだまする。白雪姫さんの顔には明らかに絶望の色が浮かび、まるで狂ったように叫び続ける。
「白雪姫、お気を確かに」
「見苦しい姿を晒されたら、エミル殿に嫌われますぞ」
慌てた小人さん達が宥める。だけど白雪姫さんは依然取り乱したままだ。
「そんなこと言ったって……どうしてよりにもよって女の子と……話が違うじゃない!」
頭を抱えながら奇声を発する白雪姫さん。このままではいけない、何とかして落ち着かせないと。そう思って手を差し伸べたのだけど。
「あの、大丈夫ですか?」
「近寄らないで!」
バシッと言う音がして、伸ばした手は拒絶の言葉と共に振り払われてしまった。
冷たい扱いを受けてショックだったけど、白雪姫さんの受けたショックは私の比では無いようで、涙目でこっちを睨んでいる。
「わ、わたくしはそういう趣味は無いのに―――」
可哀そうに、白雪姫さんは泣きながら洗面所に向かって駆けて行く。心配になって後を追ったけど、涙で汚れた顔で何度もうがいをする白雪姫さんを見ると、とても声をかけられない。
まあ掃除機を口の中に突っ込まれてたんだからうがいはした方がいいとは思うけど。
小人さん達は何とか白雪姫さんを励まそうと声をかけているけど、どうやらそれも彼女の耳には入ってなさそう。
そのあんまりな光景を見ながら、私は隣に立つエミルに相談する。
「どうしよう。白雪姫さん、絶対に私にキスをされたんだと思っているわ。本当は掃除機でリンゴを吸い取ったってことを伝えなきゃ」
問題は白雪姫さんが私の話を聞いてくれそうにないという事。ここはエミルに頼んで話してもらおうかと思ったけど、エミルは首を横に振る。
「確かに女の子にキスをされたのはショックだろうけど、掃除機に口を入れられたと聞いたら、それで良かったって思えるかな?」
私は白雪姫さんを起こした時のことを思い出してみる。
掃除機を口に突っ込まれた白雪姫さん。助けるためとはいえ、もし私が同じことをされたらと思うとやっぱりショックだろう。
しかも白雪姫さん、エミルの事を気に入っているみたいだし、気になる男の子にそんな姿を見られたとなると相当キツイだろう。
「……世の中には、知らないことが良いこともあると思うな」
「うん、僕もそう思う。どうせどっちもキツイことに変わり無いなら、これ以上彼女を刺激させない方が良いのかも」
同じ結論に達した私達に、これ以上できる事は何もなさそう。洗面所では未だに白雪姫さんが悲痛な声を上げている。
「ファーストキスだったのに―――」
こんな姿を見ると、やっぱりちゃんと言うべきなのかなとちょっと迷ってしまうけど。
勘違いしたままにしておくのと真実を告げる事、白雪姫さんにとってどちらの方が幸せなのか。いや、きっとどっちにしても泣きを見る事になるだろう。
私達はひたすらうがいを繰り返す彼女を、ただ見守ることしかできなかった。
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