シンデレラとお菓子の家 2

 焼きたてのクッキーは王子も魔女も気にいってくれたようで、二人とも美味しそうに食べてくれた。


「良い味じゃないか。このラングドシャのクッキー、お菓子の家の風呂場のタイルに使うと良いよ」

「お風呂場ですか?でも水に濡れると傷んでしまうんじゃ」

「安心しな。魔法でどうにでもなるよ。だいたいそんな事を言い出したら夏になればチョコレートのドアは溶けちゃうし、森の中にあるから蟻が群がってきたりと問題だらけじゃないか。都合の悪い事は全部魔法で何とかするよ」

「凄いご都合主義。けどそれなら美味しいお家ができそうですね」


 魔女と話していると、今度は王子が語りかけてきた。


「そう言えばお店の事だけど、そろそろ具体的な話をしてみない?」


 お店というのはもちろん私が開きたいと言ったレストランの事。だけど――


「そのことなんだけど。悪いけど、もう少し待ってもらいたいんです」

「どうして?あんなに自分の店が開けるのを楽しみにしていたじゃない」

「お菓子の家がまだ完成してないから、終わるまでは集中したいの。だって森の魔女は私の恩人なんだから」

「なるほど、君らしい答えだね。でも、本当にそれだけ?」


 その問いに、私はドキリとした。確かに王子の言うとおり、理由はそれだけでは無かった。むしろもう一つの理由の方が私を悩ませていたのだ。


「何か心配ごとでもあるの?」


 そう問いかける王子に、私はゆっくりと頷いた。


「私、今の腕でお店をやっていけるかが不安なの。王子が援助してくれるのは嬉しいけど、本当にそれに見合った腕があるのかって思って」

「何言ってるの。シンデレラの料理は最高だよ。お店を持ちたいと言わなければ、お城のコックとして雇いたいくらいだよ」


 それを聞いてクスリと笑う。本気なのか大袈裟に言っているのかは分からないけど、どちらにせよ嬉しい。


「ありがとう。けどこの一ヶ月、足りない物が多すぎるって実感したわ。王子も知ってるでしょ。私がお城の厨房で修行しているって事」


 王子はコクンと頷いた。王子に援助をしてもらえると決まってから、私は時々厨房で働かせてもらっていた。


「お城で作ったシンデレラの料理は僕も食べるけど、あれなら問題ないよ。料理長だって認めてるでしょ」


 王子の言うとおり、料理長は厳しく指導してくれるけど、私の腕ならやっていけるだろうとも言ってくれた。けど、一緒に働くコック達をみると、やっぱりまだ足りないものがあると思うのも事実だ。特に知識と経験が欠けている気がしてならない。


「経験はまだしも知識って。シンデレラは国一番の料理マニアでしょ。東の島国のカボチャの煮付けだって知ってたじゃない」

「甘いわよ!」


 私はビシッと王子を指差した。


「私が東の国の料理を知っていたのはほんのたまたま。昔偶然手にした書物に和食と呼ばれる料理が書いてあって、それで興味を持って研究して言っただけ。私はカボチャの煮付けを知っていたけど、反対に私の知らない料理や味付けを知っている人なんて五万といるわ。今まで家で継母や義姉さん相手にしか料理を作っていなかった私ではやはり底が知れてるの。王子はカボチャの煮付けを気に言ってくれたけど、ラッキーパンチだけでどうにかなるほど料理の世界は甘くはないの!」


 一気に喋ったところでハタと気づいた。

 しまった、またやってしまった。私は料理の事となると我を忘れて熱弁を振うという癖があるのだ。王子に引かれてないかと、恐る恐る顔色をうかがう。


「相変わらず君は料理の事となると人が変わるね」

「うう、ごめんなさい」

「謝ること無いよ。そうしていた方が元気が良くて素敵だよ」


 そう言ってくれると助かります。王子はアッサムティーを一口飲んで言った。


「迷っているようならもう少し待ってみるよ。納得のいかないまま無理に前に進むのも良くないからね」

「ごめんね、せっかく力になるって言ってくれたのに」

「気にしないで。たくさん悩んで、ゆっくりでも良いからやりたいようにやるのが一番だよ」


 王子がそう言った時、どこからか声が聞こえてきた。


「王子―!公務をサボって何やってるんですかー」


 あの声は大臣だよね。王子に目をやると、彼はバツの悪い顔をしている。魔女はそれを見て溜息をつく。


「アンタ、さてはシンデレラに会いたくて城を抜け出してきたね」

「仕方ないでしょ。こうでもしないと会えないんだから。シンデレラ、お城のフリーパスを渡したのに全然会いに来てくれないしさ」

「え、ゴメン。あんまり行ったら迷惑かなって思って」

「まあ、シンデレラも忙しいしね。それじゃあ僕は城に戻るよ。そうだシンデレラ、ちょっと耳を貸して」


 何だろう。魔女や大臣に聞かれたくない事でもあるのかなあ。王子はそっと私の耳に顔を近づける。そして。


「えっ?」


 耳では無く髪に柔らかい感触があった。それが俗に言う髪キスというものだと気づいた時、私の顔は一気に火照り出した。


「お、お、王子~!」


 こういう悪戯はダメだって言ったじゃないですか。けれど王子は焦る私を見てクスクスと笑う。


「ごめんね。これくらいやらないと僕の気持ちに気付いてくれないかなって思って」

「いったい何の話ですかー」

「う~ん、どうやらまだ伝わってないみたいだね。けどそろそろ戻らないと公務が溜まっているし、名残惜しいけど今日はもうお別れかな」


 そう言って王子は大臣の声がした方へと去って行ってしまった。私は何も言う事が出来ずに口をパクパクさせている。そんな私を見て魔女が言った。


「あの王子、意外とグイグイ行くねえ。軟弱な草食系よりよっぽど見どころがある。良い相手に惚れられたねえ」

「そんなんじゃありません。王子ってば酷い!」


 すでに姿の見えなくなった王子に向かってそう言い、私はうずくまる。


「きっと王子は私を女の子として見ていないんです。だから軽いノリであんな風に接してくるんです」


 けど、王子がどう思っていようと私だって女の子なのだ。王子のような格好良い男の子にキスなんてされたら、正常ではいられないというのに。


「どうやら今日はこれ以上お菓子の家造は無理っぽいね」

「すみません。うう~、酷いよ王子様」

「わたしゃあそこまでする王子の気持ちに気付いてやれないアンタの方が酷いと思うよ」


 魔女は呆れたようにため息をついた。

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