シンデレラとお菓子の家 1
木が多い茂った森の中。屋外に設置されたキッチンで、私はせっせとお菓子作りに励んでいた。
「シンデレラ、調子はどうだい?」
様子を見に来た森の魔女が呼んでいる。私は作業の手を止めて振り返った。
「順調です。柱が出来上がって、今は壁を作っています」
建設中の家を見上げる。料理人志望の私が家を建てていることに疑問を持ってはいけない。最初にお菓子作りをしているって言ったでしょう。私が造っているのは、家は家でもお菓子の家だ。
「しっかり作るんだよ。お城の舞踏会…じゃなかった、厨房に連れて行ってやった恩は働いて返してもらうよ」
「うーん、魔女さんの言っている事は詐欺のような気もするけどなあ」
魔女に魔法をかけてもらってお城に行ったのが一カ月前。その後家に王子がやって来て私が店を開くのを手助けをしたいと言ってきたのは驚いたけど、さらに数日後にやって来た魔女の言葉も同じくらい驚いた。
『無事幸せをつかんだようだねシンデレラ。手助けをしてやったんだから私のために働きな』
魔法はただでかけてくれた訳ではなく、相応の見返りをよこせと言ってきたのだ。あの時はそんなこと言って無かったじゃないか。後になってそんなこと言ってくるなんて理不尽だと思いながらも話を聞いてみると、私に求める見返りはお菓子の家を造れというものだった。
その作り方と言うのは、私が作ったお菓子を魔法で大きくして家の形にくっつけていくというものだった。
魔女から借りた杖を使えばお菓子を大きくしたり、動かしてくっつけることも可能だから難しくない。どうやら魔女が私に求めていたのはお菓子作りの腕だったらしい。
(最初はどうなるかと思ったけど、これなら何とかなりそうで良かった)
よくよく話を聞けばちゃんとお給料も出るそうで、これくらいの見返りで良いのかとすら思ってしまう。何より私の腕を買ってくれたことが嬉しかった。
「それにしても、どうしてお菓子の家なんて作ろうと思ったんですか?」
「そりゃあお菓子が好きだからに決まってるじゃないか。甘いお菓子に囲まれるだけじゃ飽き足らずお菓子の中に住む。乙女の夢だね」
乙女って、魔女さんはもうお婆さんでよ。心はいつまでも少女のままと言うことだろうか。
(まあ私の場合は少女どころか恋も知らない子供なんだけどね)
壁の半分を作り終えたところで、思わぬ人物が訪ねてきた。
「やあ、シンデレラ。頑張ってるね」
「王子、どうしてこちらに?」
やって来たのはこの国の第三王子、エミル殿下だった。お城にいるはずの彼がどうしてこんなところにいるのだろうか。
「どうしてって、君に会いに来たんだよ」
「私に?あ、援助してくれるお店の話があるんですね」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
王子は困った顔をしたけど、すぐに笑顔を取り戻した。
「君がお菓子の家を作っているって聞いて来てみたんだ。君が料理をしているところを見て見たくてね」
ああなるほど。一度ちゃんと料理する姿を見ておきたいということか。
「ちょっと待っていて下さい。今クッキーの生地を作っていますから。魔女さん、このクッキーを王子にあげてもいいですか?」
「構わないよ。ついでに焼きあがったら一休みしな」
魔女の許可ももらい、生地作りを再開する。バニラエッセンスを入れて生地をこねる。
それにしても、王子に私の作ったクッキーを食べてもらえるのはなんだか嬉しい。やっぱり初めて私の料理を認めてくれた人だからだろうか。
「君は楽しそうに料理をするんだね」
いつの間にか隣に来ていた王子が私をのぞき込む。
「そりゃあそうですよ。昔からこれだけが楽しみだったんですから」
「ああ、そう言えば君は継母やお義姉さんに……ねえ、あれから何か意地悪とかされてない?」
細めた声で尋ねられる。私が王子と仲良くなってしまったものだから継母や義姉が嫉妬していないか心配してくれたのだろう。けど大丈夫。
「平気ですよ。むしろ今迄より大人しくなっています」
おそらく王子を恐れての事だろう。王子の後ろ盾を盾にするみたいで心苦しいけど、正直助かっている。
「困ったことがあったら何でも言ってね。僕でよければ相談に乗るよ」
お店のために援助してくれるだけでなく、相談にも乗ってくれるだなんて。王子様はすごく優しい人だ。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私、生きてきた中で今が一番幸せですから。こうして一日中料理が作れるんですから」
「確かに。前に会った時よりももっと笑顔が素敵だよ。その笑顔が向く先が僕でないのがちょっと残念だけど」
「どういうことですか?」
「いや、何でもないよ」
ほどなくして出来上がった生地をオーブンに入れて焼き上げる。アッサムティーを用意して、私達は一休みすることにした。
「それにしても、まさか厨房に行ったはずのシンデレラが王子を落としてくるなんてね。アンタいったいどんな魔法を使ったんだい?」
魔女が興味深そうに私を見る。特別な事なんてしてないんだけどなあ。それに――
「落としたって、王子はお店の出資者ですよ。そう言うのじゃありませんって」
同意を求めようと王子を見たけど、王子はクスリと笑った。
「さあ、どうだろうね」
いやいや、どうも何もないでしょう。こういう表情を見るとついドキッとしてしまうから心臓に悪い。
「私としてはあんた等がくっついちまった方が都合が良いんだけどね。私のおぜん立てのおかげで平民が王子をゲットしたとなると箔がつくからね」
「それじゃあ、そうなるように頑張ってみますね」
「王子、だからそう言う冗談は……」
王子ってば悪乗りしすぎだよ。私だって女の子なんだからそう言う風に言われたらつい本気にしてしまうことだってあるんだからね。そっぽ向く私を見て王子は困った顔をする。
「ごめん、怒らせちゃった」
申し訳なさそうに言うけど、ダメですよ。王子はよくこうやって私をからかってくるんですから。いくら支援してくれるとはいえ、怒る時はちゃんと怒らないと。
「許してくれないの?」
切なそうな目を向ける王子。ズルイです。そんな目で見られたら許さないなんて言えないじゃないですか。
「もう、大目に見るのは今回だけですよ。遊び半分でそう言う事を言わないで下さいね」
しっかりと言ってやった。これで王子も大人しくなってくれるだろう。
私はお茶のお代わりを用意するために席を離れたけど、残った王子と魔女は何やら話している。
「僕はいつだって本気なんだけどな」
「アンタも面倒な相手を好きになったもんだねえ」
二人が何を話しているのかは聞こえなかったけど、なんだか元気が無いみたいだ。クッキーも焼きあがったし、これでも食べて元気になってもらおう。
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