シンデレラとカボチャの煮つけ 3

 舞踏会から数日が経ち、今日も継母や義姉達に言われて掃除をしていた。するとそこに、血相を変えた義姉がやってきた。


「シンデレラ、いつまで掃除してるの。今すぐカボチャ料理を作りなさい!」


 え、まだ掃除機をかけ始めたばかりなのに。それにカボチャ料理って何で?困惑する私に、継母が説明する。


「街で王子様と家来がカボチャ料理を作る女を探してるんだよ。これはチャンスだ、ここでアピールすればいずれは妃になれるかもしれない。娘ときたら、舞踏会では食ってばかりだったからね」


 なるほど、私の作った料理を義姉達が作った事にするつもりらしい。まあ良いけどね。


「カボチャパイで良いかな?」

「何でも良いから早く作るんだよ!」


 言われた私は、せっせと調理に入る。それにしても、なぜカボチャ料理を作る女を探しているのだろう。疑問に思いながらも作業は進み、生地をオーブンに入れる。


 さて、ちょっとカボチャが余ってしまった。ついでに煮付けも作ろう。お城の厨房では食べてもらえず、継母や義姉達もみすぼらしい料理と言って食べないけれど、私は好きだ。あの夜の彼も、褒めてくれたし。


 パイが焼きあがり、義姉さんがそれを持って行く。


「今家の前に来ているわ。これで玉の輿よ」


 上機嫌で外に出る義姉さん。それにしても王子か、どんな人だろう。ちょっと前までは貴族に興味はなかったけど、あの日の彼のような紳士的な人もいると分かると、興味が出た。一目見るだけ、そう思い外へ行く。


 外にはお城から来た人が沢山いて、義姉さんが持って行ったカボチャパイを見ていた。


「違う。見た目が全然違う」


 人込みの奥からそんな声が聞こえてきた。


「そんな、じゃあこのカボチャパイは……」

「安心して、ちゃんと責任もって臣下達が食べるから」


 とたん、お城の人達がざわめいた。


「またですか?我々はもうカボチャは食べ飽きました」

「そうは言ってもね。せっかく作ってくれたのに食べないのはマナー違反だし」

「だったらアンタが食べろや!」


 この声は料理長だ。バレてはいけないからとっさに顔を隠す。


「でもね料理長、そもそも貴方が彼女や料理の名前を覚えていたらこんな苦労はしなくて済んだんだよ」


 あれ、よく聞いたらこの声も覚えがある。その人をそっと見ると。

「あ……」


 丁度こちらを見ていたその人と目が合った。


「あー、貴方はあの時の!」


 つい叫んでしまい、皆が私を見る。声の主はあの舞踏会の日の彼だったのだ。彼も私に気付いて笑ってくれたけど。


「あー、お前はあの時のバイト!」


 先に料理長がこっちに来た。まさか、偽の履歴書がばれて私を捕まえに来たの?

 慌てて逃げようとする私の襟首を、料理長の力強い手ががっしりと掴んだ。


「放して下さい。お願いだから見逃して!」

「ええい五月蠅い!お前のせいで、俺達がどれだけカボチャ攻めにあったと思ってる!」

「カボチャ攻め?いったい何の話ですか?料理長は煮つけを食べてくれなかったじゃないですか」


 言っていることが分からず混乱していると、あの夜の彼が料理長を諌めてくれた。


「ごめんね。ここに来るまでにいくつもカボチャ料理を出されたんだけど、食べるのは彼等に任せてたから気が立ってるんだよ」

「王子、わかっているのなら少しはご自分もお食べください」

「でもね、僕が食べたいのは彼女の料理なんだよ。だから他のでお腹いっぱいになるわけにはいかなかったんだ」


 お城の人達はげんなりしている。私の料理を食べたいって。


「あの、貴方はいったい何者なのですか?」

「控えい、頭が高い!」


 とたんに料理長が間に割って入った。

「こちらにおわすお方をどなたと心得る。

 恐れ多くも我が国の第三王子、エミル殿下にあらせられるぞ!」

「ええー?」


 貴族とは思っていたけどまさか王子様だったなんて。慌てて土下座する。


「あの子、相手が王子だって知らなかったの?」

「普通気づくだろ。城から王子がやって来たって噂でもちきりだったんだから」


 兵隊さんや野次馬たちの視線が痛い。けど確かに今まで気づかなかった私の方がどうかしているだろう。恥ずかしくて地面につけた頭を上げられずにいると彼……もといエミル王子が優しく声をかけてくれた。


「そんなにかしこまらなくて良いから。今まで通りでお願い」

「でも……」

「その方が、僕は嬉しいな」


 そう言って王子は優しく微笑む。とたんに集まっていた女の子達の黄色い歓声が響いた。わずかに男性の野太い歓声も混じっていた気がするけど、そこは気にしないでおこう。


「何あの子、王子が今まで通りが良いって言ってるのに土下座するわけ?」

「王子様の優しい心遣いを蔑にするだなんて許せない」

「よーし、オラがとっちめてやるだ」


 女の子の厳しい声が耳を打つ。そんな風に言われると出来ないとは言えない。土下座をやめて立ち上がった。


「ごめん、土下座なんてさせたから、スカートが汚れちゃったね」

「いえ、私が勝手にやったことですから。それに、元々良い服じゃないので、汚れても構いませんよ」

「そうはいかないよ。ちょっと待ってて」


 そう言って王子は私のスカートについた土を払ってくれた。王子、そんなもの素手で払っては綺麗な手が汚れてしまいます。そう思ったのは私だけではなかったようだ。


「王子様に土を払わせるなんて」

「だいたい馴れ馴れしいのよ。もう一度土下座すべきね」

「オラの王子様に悪い虫が付いてしまっただ」


 ギャラリーは好き勝手言ってくれる。きっとここで王子の好意を断ったとしてもそれはそれで叩かれるだろうし、いったい私にどうしろというのか。

 もうどうにでもなれと思いながら成り行きに身を任せていると、土を払い終わった王子は私を見て言った。


「ここに来たのは君に会いたかったからなんだ。でも名前は聞いて無かったし、手がかりはカボチャ料理だけだったから、カボチャ料理を作る女の子で探すしかなかったんだ」


 それでこの騒ぎと言う訳か。それにしても、なぜ私を探していたのだろう。


「もう一度あれを食べたいんだけど、作ってくれるかな」

「カボチャの煮付けですか?ちょっと待ってて下さい」


 それなら丁度作ってる。急いで台所から持って来て王子に差し出した。


「やっぱり美味しいや。料理長も食べてみなよ」


 言われて料理長も口にする。


「どう、これが君が食べもしなかった料理の味だよ。美味しいでしょ」

「そうかもしれませんが、正直カボチャを食べ飽きてるせいで正常な判断ができません」


 本当にカボチャばかり食べさせられたのだろう。気の毒に思っていると、王子が言った。


「君を探していたのにはもう一つ理由がある。自分の店を開くのが夢だって言ってたよね。僕にその手伝いをさせてくれないか?」

「えっ?」


 私は耳を疑った。


「君の言ってた貴族も平民も関係なく笑顔になれる場所。それを僕も作りたい。もちろん君が良ければだけど」

「はい、ぜひお願いします」


 こんな千載一遇のチャンス逃すわけにはいかない。


「決まりだね。今度こそ君の名を教えてくれる?」

「はい、私はシンデレラと言います」

「シンデレラか、良い名前だ」


 王子は笑顔で私の手を取る。しかし。


「あのー、王子」


 大臣と思しき人の疲れた声が、私を現実に引き戻した。


「その娘を探していたのは店を開かせるためだったのですか?私はてっきりお妃に迎えるつもりなのかと」


 妃?いくらなんでも私がお妃なんて恐れ多いよ。


「まさか、会って二度目の女性に求婚するなんて出来ないよ」


 そうだね。お妃さん探しはもっと真剣にやらなきゃ。でも王子、こんな風に手を握ってると誤解されちゃわない?


「そっちはもっと時間をかけて振り向いてもらうからね」

「え?」


 それってどういう事?一瞬図々しい考えが浮かび、すぐにそれを振り払う。


(なに勘違いしてるの?王子は私に支援をしてくれるってだけなんだから)


 一人で慌てていると義姉さんが空気を読まずに王子の前に立った。


「王子、でしたらぜひ私を妃に!私はその子の義姉です!」


 カボチャパイを持ったままの義姉さんがそんな事を言った。義姉さん、いくらなんでもそれは無茶だよ。


「そうは言ってもね。まてよ、という事はそのカボチャパイはシンデレラが作った物?」

「はい、私が作りました」

「だったらそれも僕が食べよう。皆カボチャは飽きたって言ってたから良いよね」


 そう言ってパイを食べる。こうして食べてもらえるのはやっぱり嬉しい。


「王子!」

「なに大臣?パイも煮付けもあげないよ」

「そんなものはどうでも良い!悠長な事を言ってないでさっさとお妃をお探し下さい!」

「あー、聞こえないー」


 王子は五月蠅そうに耳を塞ぐ。華やかに見えて羨ましい王子だけど、やっぱり大変な事も多そうだ。それにしても、お妃探しで忙しいのに私を探しに来るなんて。王子の優しさには感心する。

 大臣と言い争う様子を見ていると、ふと王子は私の方を振り向いた。そして――


「シンデレラ、走れるかい?」

「え、はい」


 次の瞬間、王子は私の手を取って走り出した。


「あの、どこへ行かれるのですか?」

「どこでも。君ともっと話がしたい」

「あ、お店の場所とかメニューの話ですか?」

「……まあそんなとこ」


 王子は少し顔をしかめたけど、すぐにまた笑顔に戻った。

 王子に手を取られ、心なしが胸がドキドキする。後ろからは大臣達が追ってきたけど、私達は振り返ること無く走り続けた。




                 シンデレラとカボチャの煮つけ  終

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