シンデレラと笛吹き男 1

 私、シンデレラはお料理の修行のため、そしてエミル王子は視察のため。それぞれ目的は違うけど、大陸を回るという手段が一致した私達は、二人でグリム大陸をめぐる事にし、今日から旅を始めている。

 当初一人で旅をするつもりだった私にとって、エミルが一緒にいてくれるというのは心強かった。


 今まで『王子』と呼んでいたのを『エミル』と呼ばなければならないのが少し大変だったけど特訓のおかげで何とか呼べるようになった。

 さらには敬語も禁止。エミルの提案で旅の間は上下の無い、対等な関係で接することになっている。


「いい、僕等はあくまで旅仲間なんだから、妙な気遣いは無用だよ。下手に王子扱いをして誰かに正体がバレたら色々と面倒なことになるかもしれないからね」


 そう言われて私も納得した。エミル曰く王子として視察を行うと、知られてマズいものがあっても隠されてしまう場合が多いそうだから、ただの庶民として視察をする必要があるそうだ。視察って大変なんだなあ。


 そんな事を話しながら、私達はひたすら街道を歩いてく。今日は暑すぎず寒すぎず、歩くのに適した気候だったけど、背負った荷物が少し重く、お昼を過ぎたあたりから少し疲れが出てきた。


「疲れてない?荷物持とうか?」

「大丈夫、全然平気だから」


 そう言ってエミルの提案を断った。本当は少し重いけど、エミルだって同じくらいの量の荷物を背負って歩いているんだ。旅に出て早々に甘えてしまったら、今後様々な場面で迷惑を掛けかねない。


 それにしても、こんなに歩いたのは生まれて初めてだ。家で継母や義姉達に膨大な仕事を任されていたから体力には自信はあったのだけど、やはり家での仕事と旅をするのでは疲れ方が全然違う。日が沈みかけ、街道を抜けて町に着いた時にはすっかり足が棒になっていた。


「ようやく着いたね。疲れたでしょう」

「うん、旅って思っていたよりもずっと体力使んだね」

「初めての旅なんだからそんなものだよ。大丈夫、きっとこれから慣れていくよ」


 エミルの励ましの言葉を聞きながら、私は町の様子を窺う。

 この町は宿場町として栄えているようで、私達と同じような旅姿の人達が行き来している。みんな旅に慣れているのだろう。あまり疲れた様子の人はいない。私は一日歩いただけでこの体たらくだというのに。


「大丈夫シンデレラ。足、痛くない?」


 足をさすっていると、エミルが心配そうに聞いてくる。


「ちょっと痛いけど、休めば良くなると思う。エミルこそ大丈夫?」

「僕は平気。これでも鍛えているからね」


 確かに。道中のエミルは疲れを見せない涼しい表情で歩いていた。王子様というとお城から余りでないイメージがあったから、彼に体力があるのはちょっと意外だった。


「インドアで体力の無い王子なんて今時流行らないからね。時々お忍びで町に出たり、山で狩りをしたりしてたんだ。実はこういう旅もこれが初めてじゃないんだよ」

「そうだったんだ。エミル、私よりずっと旅に慣れてるんだね」

「そういう事。それじゃあ、暗くなる前に宿を探そう」


 しばらく二人で宿を探し、酒場に隣接している格安の宿を見つけた。私はともかく、王子であるエミルが泊まるにはいささか不釣り合いな気もしたけど、今のエミルはあくまでただの旅人。必要以上の贅沢はしないし、宿代もできるだけ節約したいと、エミルの方から言ってきた。


「勿論君が豪華な宿の方が良いならそうするけど」


 そう言われたけど、私もできるだけ出費は押さえたい。エミルがそれで良いならと、この格安の宿に泊まる事に決めた。

 宿に入り、番頭さんに声をかける。


「すみません、部屋は空いていますか?」

「お二人様ですね。部屋は一部屋でよろしいですか?」

「いえ、二部屋お願いします」


 エミルがすかさず番頭さんに答える。うん、流石に同じ部屋はまずいよね、いやまてよ。


「あの、もしかして二人一部屋の方が安くなったりします?」


 さっきも話したけど、路銀も無限にあるわけでは無い。節約できる所があれば少しでも安くするべきだろう。


「はい。一部屋の方が若干の安くなっております。どうなさいます、一部屋に……」

「二部屋でお願いします!」


 エミルが再び、今度は有無を言わせない強い口調で言った。え、でも一部屋の方が安いって言っていたよ。

 番頭さんが部屋を確認していると、エミルが困った顔で私を見てくる。


「シンデレラ、さっきのアレは何?一部屋にするつもりだったの?」

「うん、安いならそっちの方が良いかなって思って」


 とたんにエミルが頭を押さえる。


「君は警戒心無さ過ぎ。どこの世間知らずのお嬢様?一人で旅に行かせなくて本当に良かった。もしそうしてたら財布優先で見ず知らずの人と同室を頼んでたかもしれない」


 エミルはそう言ったけど、流石にそこまでぶっ飛んだ事をする気はない。


「エミル、私をなんだと思ってるの?いくらなんでもそこまではしないよ。エミルなら平気だって思っただけだよ」


 するとエミルは顔を赤らめながら慌てたように声を出す。


「そういう所が心配なの。シンデレラが良くても僕が無理」


 そんな話をしているうちに番頭さんが部屋の鍵を持って戻ってきた。エミルの部屋は私の部屋の隣で、少し休んだ後に隣の酒場で夕食を取る約束をして、私は部屋へと入った。

 部屋は机とベッドが置かれているだけの簡易なものだったけど思っていたより広く、値段の割にはいい部屋だと言える。


 荷物を床に置いて、私はベッドに腰を下ろす。今日は疲れた。もしこのまま横になればすぐに眠れる自信がある。だけど旅の目的を忘れてはならない。

 私は鞄から、宿に来る途中で買った一冊の本を取り出した。それはこの周辺の町のグルメガイド。高級料理からB級グルメまでなんでも網羅している本だ。


 早速本を開いて中身を確認する。中には美味しそうな料理が挿絵と共に紹介されていた。どれもこれも美味しそうだけど、全てを食べれるわけでは無い。厳選して料理を選んで、できればお店の人にレシピも聞きたい。


「やっぱり郷土料理は押さえておきたいわね。その土地の食文化の特色が現れてるし。隣の酒場でも何かあるかな?」


 しばしの間、私はガイドブックに目を通し続けた。

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