シンデレラとお菓子の家 11

 ヘンゼルとグレーテルが親元に帰ってから三日後、ついにお菓子の家が完成した。


「私が思っていた以上に美味しそうな家ができたね。ご苦労だったねシンデレラ、今日は完成パーティーといこうじゃないか」


 お菓子の家のパーティー料理は勿論お菓子。森の動物たちも集まって来てお菓子の家の周りはちょっとした騒ぎになっていた。

 宴も竹縄になった頃、王子がお菓子の家を訪れた。


「やあ、お菓子の家が完成したんだってね。これ、新築祝い」


 そう言って王子は高級フルーツの詰め合わせを魔女に差し出した。


「流石王子、良い物を持ってくるね。アンタも参加していきな」

「ではお言葉に甘えて」


 私は王子の分の紅茶とパイを用意する。


「それにしても、こんな立派な家を造るだなんて、流石シンデレラだよ」

「ありがとう。けど、これは私だけで造ったんじゃないよ。ヘンゼルとグレーテルも、たくさんアイディアをくれたし。ねえ、あれから二人がどうなったか分からない?」


 私が聞くと、隣で魔女も聞き耳を立ててくる。何だかんだ言って、やっぱり魔女も二人の事が気になるらしい。


「今のところ問題はなさそうだよ。とはいってもまだ三日目だから、油断はできないけどね」

「そっか。今度は家族そろって、この家を見に来てくれないかな。自分達の造った家なんだから、二人だってきっと見たいはずだし」

「きっとそう時間は掛からないよ。二人のお父さんも再就職が出来そうだし。落ち着いたら君の方から誘ってみても良いんじゃないの」


 王子は何の気無しに言ったようだけど、あいにくそれは叶わない。何故なら、私はある決心をしていたからだ。

 その事をどう伝えようかと悩んでいると、私が言うより先に王子が口を開いた。


「ところでシンデレラ、家造りも終わったけど、お店の方はどうする?」

「それは……」


 だいぶ答えを先延ばししてしまっていた。けど、お菓子の家も完成したし、いい加減答えを出さなければいけない。私は少し前から思っていた事を王子に言った。


「私、やっぱり今のままではお店を出せない。王子が支援してくれるって言ってくれた時は勢いでお願いしますって言っちゃったけど、今の腕で店を開いても、きっと満足の出来る結果は出せないと思うから」


 せっかく王子が協力してくれるといったのに、本当に申し訳ない。だけど王子は優しくい口調で言う。


「ゴメンね、僕も話を持って行くのが早すぎちゃったみたい。もっとゆっくり考える時間をあげるべきだった」

「ううん、王子には本当に感謝しています。それで、もう少ししたら旅に出ようと思うの。料理修行の旅に」

「旅だって?」


 王子が聞き返してくる。そして王子だけでなく、横で話を聞いていた魔女も驚いている。


「シンデレラ、アンタまさか女の身で一人旅をするつもりかい?」

「はい。大陸中を旅して、色んな料理に触れたいって思っています」


 そう。これが私の考えていた事。

 今の腕ではまだ一人前とは言えない。それならもっと料理の修業をして一人前になり、王子に支援してもらうのに恥じない実力をつけたかった。


「アンタ、料理修業の旅なんて簡単に言うけどね、思い付きで何とかなるほど簡単なモンじゃないよ。いったいどれだけかかると思っているんだい」


 魔女はそう言ったけど、私だって何の覚悟も無しに言い出したわけじゃ無い。


「旅は楽しい事ばかりじゃないって事も分かっています。ですが、やっぱりちゃんとした修行をしたいんです。幸い、魔女さんから貰ったお給料もあるから、当面はお金には困りませんし」

「けど、一人だと危ないよ」


 王子は心配そうに言う。確かに旅なんて初めてだし、いろいろ分からない事も多いだろうけど……


「ゴメン、それでもやっぱり行きたいの。もっと視野を広げて、いろんな人たちと出会って、皆に喜ばれるようなお店を作りたいから」

「シンデレラ……もう決めたんだね」

「……はい」


 やはり王子には申し訳ないけど、これが私のやりたい事なんだ。

 王子も魔女も何も言わないまま、辺りに静寂が訪れる。王子がせっかく手を差し伸べてくれたのに、こんな事を言い出して怒っているんじゃないかと心配したけど、王子は怒るわけでもなく、うつむきながら何かを考えているようだ。


「あの、王子」

「ああ、ゴメン。何だっけ?」


 よほど深く考えていたのだろう。私が声をかけた途端、王子はハッとした様子で顔を上げた。


「いえ、用があった訳じゃないけど……怒ってない?」

「怒るなんてとんでもない。僕は君が本当にやりたい事なら応援するよ。まあ、一人旅と言うのはちょっと心配だけど……」


 言葉が途切れたかと思うと、王子は再び何かを考えたような顔をした後、何かを思いついたように言ってきた。


「ねえ、これはお願いというか提案なんだけど」

「何ですか?」

「あんまり真剣に聞かなくても良いよ。思ったんだけど、旅をするならやっぱり一人じゃ危ないと思うんだ」


 確かにそうだけど、旅に慣れているガイドなんて雇うほどの余裕はない。


「それで、考えたんだけど……」


 そうして王子は考えを口にした。








 その日は朝からよく晴れていた。私は大きな荷物を抱えながら、森の中にあるお菓子の家を訪れていた。


「絶好の旅日和だね。森の中でも明るいって分かるよ。体調の方はどうだい?」

「ばっちりです。昨夜は興奮して眠れないんじゃないかって思いましたけど、布団に入ったらぐっすり眠れました」

「問題ないなら良いよ。ちゃんとお金は持ったかい?忘れ物は無いね。分かっているとは思うけど、長い街道を歩く時は食料と水、雨具を用意しておくんだよ」


 魔女は心配症のお母さんみたいに私の心配をしてくる。だけど何だかそれがとても嬉しい。

 今日は私が料理修行に旅立つ日。魔女は出発前に一度顔出すように言ってきたのだ。


「アンタは料理以外はどこか抜けてる所があるから心配だよ」

「そんなこと無いですよ。掃除や洗濯だって出来ますし」

「そうじゃなくてね。アンタは色々と鈍いから、旅の途中で悪い奴に騙されないか心配なんだよ。まあ、そうならない為にアイツもいるんだけどね」


 魔女がそう言った時、背後で物音がした。振り返ると。


「おはようシンデレラ」


 いつもと変わらない笑顔の王子がいた。ただその服装はいつもの煌びやかな服では無く、庶民が着るような服だった。


「王子、その格好は?」

「どう、これなら目立たないでしょ。いつもの格好で旅をするのはちょっとね」


 そう。なんと王子は私の旅に同行してくれる事になったのだ。

 私の初めての一人旅を心配した王子は、私と一緒に大陸を旅して、かねてより計画していたという庶民のフリをしてのお忍び視察を行うと言ってくれた。


『二人とも大陸中を見て回るって言う目的は同じなんだから、一緒に行った方が良くない』


 一人旅にちょっぴり不安のあった私は、その提案に私は飛びついた。王子はあくまでお忍びの旅なので正体がばれないよう、こんな服を着ているというわけだ。もっとも王子の場合はその綺麗な顔立ちのおかげでどんな服を着ていても目立ってしまう気もするけど。


「アンタもやるねえ。視察なんて言って旅に付いて行くなんて」

「視察計画があったのは本当で、それを彼女のスケジュールに合わせるだけです。シンデレラ一人だと、やっぱり心配ですし」


 何やら魔女と王子が話している。私が心配と言っているのははっきり聞こえた。


「私ってそんなに心配ですか?」

「そりゃあね。何が心配って、僕との二人旅を二つ返事でOKした時点で心配だよ。僕は男で君は女の子だってこと分かってる?」

「うん、だから男性の王子が女の子の私のボディーガードもしてくれるって事ですよね。本当にありがとうございます」


 女の一人旅はやはり物騒だし、これで安心だ。


「うん、やっぱり心配だ。凄く」

「王子、アンタだけが頼りなんだから、シンデレラを守ってやりなよ」


 何故か頷き合う二人。

 事前に打ち合わせしていた旅のルートを地図で確認し、いよいよ出発となった。


「そうだ、あんた等にこれを渡しておくよ」


 そう言って魔女は水晶玉を取り出した。


「何ですか、この水晶玉」

「何かあったらこの水晶玉に強く念じてみな。そしたら私の持っている水晶玉と繋がって、いつでも相手の様子を見たり、会話したりできるんだよ」


 それは便利、まるで携帯電話みたいだ。私はありがたくそれを受け取ると、荷物の中にしまった。


「それじゃあ魔女さん、行ってきます」

「ああ、くれぐれも気を付けるんだよ」


 魔女に見送られ、私と王子は歩きだす。


「そう言えば王子、お城の仕事の方は大丈夫なんですか?」

「うん。そっちは全部引き継いでもらったから。兄さん達もいるし、僕が抜けても問題ないよ。ところでシンデレラ」

「はい?」

「その王子って言うの、やめた方が良いね。でないと僕が王子だってすぐにばれちゃうから」


 そうだった。王子はお忍びの旅だというのに、これでは台無しだ。だけど、それじゃあどう呼べばいいのだろう。


「普通に名前で良いよ。そう言えばシンデレラ、僕を呼ぶ時はいつも『王子』だったよね。ちょっと名前で呼んでみて」


 そう言えばそうだった。王子の名前はエミルだったはず。けど、王子相手に名前呼びというのはちょっと恥ずかしい。困っていると王子が言ってきた。


「早く呼んでよ。まさか、名前を忘れたなんて言わないよね」

「そんな事ありません、エ、エミ……」


 どうしよう。いざ口に出そうとすると、思っていたより恥ずかしい。それでもどうにか声を振り絞る。


「エ……エミ、エミルさん」


 やっと言えた。だけど何故か王子は納得のいかない顔をする。


「さんづけはちょっとね。ねえ、今度はエミルって呼んでみて」


 ええー、呼び捨てなんてハードルが高すぎるよ。もしかして王子、私の困る姿を見て楽しんでる?何だかさっきから笑っているし。


「王子……じゃなかったエミルさん、楽しんでますよね」

「そんなこと無いよ。でも、エミルって呼んでくれないのか、残念だな。この前ヘンゼルとグレーテルの村での結婚騒動の時くらいにに残念だ」

「わぁぁぁぁぁ!その話はやめて下さい!」


 まさかあの話をぶり返してくるなんて。あの騒動でダメージを受けたのは私の方だというのに。王子、もしかしてSッ気があるのかなあ。


「ほら、呼んでみて。エミルだよ」

「エ……エ、エミル」


 王子……いや、エミルは満足そうに頷いた。と思ったのも束の間、すぐにまた言ってきた。


「ちょっとぎこちなかったかな。これじゃあ怪しまれるよ。もっと沢山名前を呼んで慣れておかないと」

「まだやるんですか?」

「うん、町まで結構あるし、その間練習しよう」


 そんな、一回呼んだだけでもすごく緊張したのに。だけどエミルは引き下がってくれない。


「……エミル」

「もっと元気よく」

「エ、エミル」

「もっとハッキリと」

「エミル!」

「今度は元気良すぎ。変に思われちゃうよ」


 こうして、私達の旅の第一歩はエミルの名前を呼ぶことから始まった。その甲斐あってか街に着く頃には何とか自然にエミルの名前が呼べるようにはなったけど、そのかわり声がカラカラになってて、上手く喋れなかった。


 果たしてこんな私達の旅が上手くいくのか?ちょっぴり不安を感じさせるスタートとなってしまいました。




                    シンデレラとお菓子の家  終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る