シンデレラとお菓子の家 10
火にかけた油がだんだん温まっていき、ヘンゼルとグレーテルがスライスされたジャガイモを運んでくる。私は煮えたぎった油の中に、そのジャガイモを投下した。
「あの、これはいったい?」
ヘンゼルとグレーテルの両親が料理を進める私達を不思議そうに見る。
「まあ見ていて下さい」
ぱちぱちと音をたてて油が弾ける。ほどなくしてこんがりと揚がったスライスポテトをお皿に取り、最後に塩を振った。
「シンデレラ、これは?」
「これはジャガイモを使ったお菓子で、『ポテトチップ』という名前をつけました」
「名前を付けたって、これってシンデレラが考えたお菓子なの?」
王子は驚いたけど、それは少し違う。この料理を考えたのは……
私はヘンゼルとグレーテルの両親に振りかえった。
「このお菓子のそもそもの考案者は、ヘンゼルとグレーテルです。王子が持って来てくれたジャガイモをドーナツみたいに揚げたら美味しいんじゃないかと言ってくれました」
「この子達が?」
二人は驚いてヘンゼルとグレーテルを見る。
「はい。最初は皮をむいたジャガイモをそのまま揚げていたので中まで火が通ってなかったり、大きすぎて食べにくかったりしましたけど、薄くスライスすることで問題を解決し、パリッとした食感にする事が出来ました。お二人とも、食べてみてもらえませんか?」
私は二人にポテトチップスを差し出す。二人は恐る恐るそれを口に運んだ。
「これは……旨い。本当にこれをこの子達が?」
「はい。私も一緒に考えましたけど、じゃがいもを上げるというのはヘンゼルの、スライスするのはグレーテルのアイディアなんです。私はこれからも二人にこれを作っていってほしいって思っています。ただ……」
チラリとお鍋に目をやる。火は止めたけど、中にはまだ高温の油が残っている。
「これを作るには油で揚げなければならないので、まだこの子達だけに任せるのは心配なんです。ですからお母さん、これからは一緒に作ってやってもらえませんか」
「作るって、私がですか?」
お母さんは不安げな様子だ。きっとヘンゼルやグレーテルと上手くやっていけるかまだ不安なのだろう。だけど。
「最初は上手くいかないかもしれません。けど、一緒に料理をしていれば、きっと打ち解けることもできるはずです。元々家族なんですから」
そう言われたお母さんはヘンゼルとグレーテルに向き直った。
「ヘンゼル、グレーテル。こんなお母さんだけど、一緒に作って良いかい?」
「うん、一緒に作ろう」
「しょうがないけど、シンデレラが俺達だけじゃ危ないって言ってたし」
お母さんはヘンゼルとグレーテルをそっと抱き締め、お父さんも同じように家族の輪に入る。その様子を見ていた私の耳元で王子が囁いた。
「料理をで関係を修復させようってわけだね。シンデレラらしいや」
「まだ成功するかどうかは分からないけど、そうなれば良いなって思ってます」
結果が出るのはもう少し先の話。いつかこの家族が笑顔でポテトチップスを作れる日が来れば良いと思い、私は詳しいレシピの描かれたメモをお母さんに渡した。
それから王子がこれからの監視処分についてや、お父さんの雇用についての話をし、その間私はヘンゼルとグレーテルとお話をしていた。
「ねえ、シンデレラはこれからどうするの?」
グレーテルが聞いてきたので、私はそれに答える。
「もうすぐお菓子の家が完成するから、それが終わったら自分の店を開かないかって王子に言われてる」
「そう言えばあの兄ちゃん、本当に王子様だったんだな。けどそんな人に声をかけられるなんて、シンデレラってすげえな」
「そんなこと無いよ。私は運が良かっただけだよ」
魔女に頼んでお城の厨房に入れてもらって、たまたまそこで王子と会って、たまたま作っていたカボチャの煮付けを気に入ってもらえた。王子はちゃんと腕もあると言ってくれたけど、やはり運によるところが大きい。そう考えると、このまま運に頼ったままお店を開いて良いものか、少し不安になってしまう。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
私の心中を察したのか、グレーテルが心配そうに聞いてきたから、私は何でも無いと返した。
「それにしてもお姉ちゃん、本当に王子様とは何にも無いの?」
「何にもって?」
「前に王子様は彼氏じゃないって言ってたけど、それって本当?」
ああ、そう言う話か。
「うん。身分も違うし、王子だって私をそんな風に見ていないよ」
そう言ったけど、なぜかグレーテルは、そしてヘンゼルまで怪訝な目で私を見る。
「王子様可哀そう」
「俺もそう思う。けど、ちょっと良かったかも。なあシンデレラ」
そう言ってヘンゼルは私を見た。
「俺、大きくなったらもう一度シンデレラに弟子入りする。それで、一人前になったら、絶対シンデレラを幸せにするから、俺と結婚してくれ」
ええっ、まさかのプロポーズ⁉
ヘンゼルは本気で言っているのかな? ヘンゼルと私とでは歳が離れているし、そもそも弟子入りした師匠といずれ結婚しようというヘンゼルの将来設計にも突っ込み所があるような気がする。
どう答えたら良いか困っていると、王子にポンと肩を叩かれた。
「シンデレラ、別れは辛いだろうけど、そろそろ僕等は退散しよう。家族だけにする時間も必要だよ」
「あ、そうですね」
答えを待っていたヘンゼルには悪いけど、王子のおかげで助かった。私は王子に引っ張られ、玄関へと連れて行かれる。なんだか引っ張る力が強い気もするけど。
「本当に、ご迷惑をおかけしました」
ヘンゼルとグレーテルの両親が揃って頭を下げる。この二人が二度とヘンゼルとグレーテルを手放さない事を祈る。
「シンデレラの姉ちゃん、次に会う時に返事は聞かせてくれよ。それと、王子の兄ちゃん」
ヘンゼルは王子に目を向ける。
「俺、兄ちゃんには負けないから!」
いったい何の話だろう。すると王子も、それに答えた。
「僕も負ける気はないから」
二人は何か勝負でもしているのかな? ふとグレーテルに目をやると、さっきまで楽しくおしゃべりしていたグレーテルの目に元気が無い。
「グレーテル、どうしたの?」
するとグレーテルは私の足にギュッと抱きついてきた。
「お姉ちゃん、もう会えないの?また会いたいよ」
グレーテルの目が潤んでいる。そうだ、グレーテルはこれからこの家で暮らしていく。グレーテルの言うように二度と会えないわけじゃないけど、これからは会い難くなるだろう。そう思うと、なんだか私も寂しくなってきた。
「グレーテル、シンデレラを困らせるなよ」
「だって……」
グレーテルは私から離れようとしない。思えばこの数日、二人と沢山お喋りをしたし、一緒にお菓子も作った。短い間だったけど、二人は間違いなく私の弟子で、家族のように思っていた。
「グレーテル。ヘンゼルもよく聞いて」
私はヘンゼルを招きよせ、二人を抱きしめた。
「少しの間会えなくなっちゃうけど、またいつか一緒にお菓子を作ろうね。二人がいてくれて、私もとっても楽しかったよ」
抱きしめる手に力が入る。グレーテルだけでなくヘンゼルの肩にも力が入っているのが分かる。私も別れるのは辛い。だからこそ、ちゃんとお別れは言わなくちゃならない。
「一緒に作ったポテトチップの事も、二人がまた会いたいって言ってくれたことも忘れないよ。だから、離れていても私は、二人の事が大好きだよ」
腕の中から二人のすすり泣く声が聞こえる。力いっぱい二人を抱きしめた後、最後に二人のお父さんとお母さんに一礼し、私は背を向けた。
玄関の戸を開けた所で、背中に声が聞こえた。
「お姉ちゃん、私もお姉ちゃんのこと大好き」
「俺、絶対料理うまくなるから、グレーテルもつれて会いに行くから」
そんな二人の声を聞きながら、私と王子は家を出た。
家の前にいた野次馬はすでにいなくなっており、代わりに魔女のお婆さんが待っていてくれた。
「あの子達はどうなった?」
その質問には私の代わりに王子が答えてくれた。
「両親ともどもこの家に残る事になりました。上手くいけば良いですけど」
「どうだかね。もしまた何かあったら私があの子達を雇ってやるよ。筋が良いってシンデレラのお墨付きだからね。で、シンデレラはどうしてそんな泣きそうな顔をしてるんだい?」
「泣いてません」
そう言って私はそっぽを向く。そんな私の頭を、王子が優しく撫でてくれた。
「行こうか、シンデレラ」
「……はい」
少し歩いて振り返ると、ヘンゼルとグレーテルの家がまだ見える。二人に明るい未来が待っている事を願いながら、私達は村を後にした。
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