シンデレラとお菓子の家 9
ヘンゼルとグレーテルの両親が椅子に座り、テーブルをはさんで私と王子、それにヘンゼルとグレーテルの四人が腰を下ろした。家の中は重く張りつめた空気が漂い、妙に静かだ。
最初にその沈黙を破ったのは、ヘンゼルとグレーテルのお父さんだった。
「すみませんでした」
彼はテーブルに頭を擦りつけるように謝ってきた。お母さんも同様に頭を下げる。
「職も失い、食べるものに困り、つい魔がさして二人を見捨ててしまいました。いったい何とお詫びをすれば良いか」
すると今度は奥さんが言ってきた。
「主人は悪くないんです。この子達を森に置いてこようと言い出したのは私なんです」
目を潤ませて言う。ヘンゼルとグレーテルからも彼女が言い出したと聞いていたけど、目の前にいるこの人からはそんな大それたことを言ったとは思えない、酷く弱弱しい印象を受けた。
「毎日の育児と切迫した家計に追われて、ついそんな事を言ってしまったんです。今では後悔しています。ヘンゼル、グレーテル、ゴメンね」
旦那さんと同じようにヘンゼルとグレーテルに頭を下げるお母さん。
「家内は追い詰められていたんです。けど、この子達がいなくなってから、だんだんと元気がなくなっていきました。あの時は確かに酷い事を云いましたけど、それも本心では無いんです。今では私も家内も、また家族四人で暮らしたいと思っています。」
お父さんはたぶん嘘を言っていないと思う。王子は子供を好きでない親もいると言っていたけど、この人達はそうではない気がする。そうであって欲しいというフィルターの掛かった偏った見解かもしれないけど、それでも私はこの人達の事を信じたかった。
グレーテルはそんな両親をじっと見る。
「お父さんお母さん泣かないで。私も、お父さんやお母さんと会えなくて寂しかった。だからもう、捨てたりしないで。また四人で暮らしたい」
だけどヘンゼルはそんなグレーテルに強く言った。
「捨てないかどうかなんて分かんないだろ。またいつか食べるものに困ったら、同じように捨てられるかもしれないんだ」
ヘンゼルは頑なに両親の事を認めようとしない。私はそんなヘンゼルに言った。
「ねえ、ヘンゼルはやっぱりお父さんとお母さんの事を許せない?」
「当たり前だろ、誰がこんな親」
そうは言ったけど、ヘンゼルが無理をしているように思えてならない。私はそっとヘンゼルの頭に手を置いた。
「許せないんだったら、ちゃんとお父さんとお母さんにその事を言って。ヘンゼル、さっきからちっとも二人を見ていないよね」
そう。ヘンゼルは話が始まってからずっとそっぽを向いていて、正面にいるご両親と目を合わせようとはしていなかった。
「言いたい事があるならちゃんと言わなきゃ。許せないならちゃんとその事を伝えるの。他の誰かに言うんじゃなくて、ちゃんとご両親と向き合って」
とたんにヘンゼルの表情が歪む。ご両親もヘンゼルから面と向かって『許せない』と言われたらショックだろう。けど、それでもちゃんと向き合わなければならないのだ。
ヘンゼルは躊躇っていたけど、やがて両親を見て言った。
「俺はまだ許せない。今は反省しているかもしれないけど、一度は俺達を捨てたんだ。当然だろ!」
ご両親の目に悲しみの色が映る。だけど、ヘンゼルはさらに続けた。
「けど、グレーテルが四人で暮らしたいって言った。グレーテルが許すって言うなら、俺も我慢してやる」
ヘンゼルの言葉で、お父さんが驚いて尋ねる。
「良いのかヘンゼル?お父さんたちの事、許せないんだろ」
「うん、許せない。だからこれから許してもらえるように頑張れよな」
ヘンゼルは許せないという答えは変えなかったけど、たぶんどこかで親を求めていたのだろう。目にはうっすら涙の跡が見える。
私も思わず目が潤んできた。すると、お母さんが恐る恐る王子に尋ねた。
「あの、私達はこの後どうなるのでしょうか?」
「反省しているとはいえ、一度は子供を捨てたんです。それ相応の罰を受けなければなりません」
王子は冷たく言う。けど、その後「ただし」と付け加えた。
「貴女達が意図して子供を置き去りにしたのか、それとも森で遊んでいた時に逸れてしまい、ちゃんと見ていなかった自分達を責めるあまり置き去りにしたと言ってしまったのかはこれからの調査次第です。貴女達ヘンゼルとグレーテルの証言が重要になってきますね」
それってつまり、口裏を合わせて事実を曲げるって事?
「良いんですか、そんなことして?」
「良くはない。けど、ヘンゼルとグレーテルにはまだ親が必要だ。もちろん二度とこんな事が無いように監視も付ける。子供を危険な目に遭わせたとして風評被害も受けるだろう。貴女達はそれと戦う覚悟がありますか?」
王子はじっとお父さんとお母さんを見る。二人はつらそうな表情を見せるも、強い声で言った。
「覚悟はできています。もうどんな事があっても二人を手放すつもりはありません」
「許されない事をしたという事は分かっています。けれど、もう一度私達にチャンスを下さい」
二人の目は真剣だ。本当に自分達のしたことを後悔して、やり直そうと思っている気持ちが伝わってくる。
「仕事はどうするつもりです?決意だけでは生きてはいけません。収入も無しにどう生活するつもりですか?」
「それは……」
言葉に詰まる。そんなお父さんを見て、王子はこんな事を言ってきた。
「すみません。食糧難も経済の悪化も、国がうまく機能していないからです。そこであるプロジェクトを考えているんです」
そう言って王子は一枚の書類を差し出した。
「これは……ジャガイモ栽培プロジェクト?」
そう言えば、ジャガイモの栽培をおこなうって言ってたっけ。前に持って来たじゃがいもは美味しかったなあ。
「そうです。大規模なジャガイモ栽培を行い、食糧難を脱出しようというものです。ただ、なにぶん始まったばかりで、人手が足りないんです。栽培員を大量に募集するつもりなのですが、よろしければそこで働いてみませんか?」
「良いんですか?私なんかで」
「はい、ちゃんと仕事さえやってくれるのであれば」
お父さんは深々と頭を下げる。私は王子が仕事の斡旋まで考えていた事に感心した。
「王子、お仕事の事まで考えていたんですね。私、そこまで考えていませんでした」
「別に彼等のためだけじゃないよ。人手が必要だって言うのは本当だし」
何はともあれ、とりあえずはこれで決着がついたようだ。だけど。
私は王子とお父さんの話を聞いていたお母さんに声をかけた。
「すみません、ちょっとお台所を貸してもらっていいですか?」
「え?かまいませんが」
「ありがとうございます。ヘンゼル、グレーテル。アレを作ってみよう」
私はヘンゼルとグレーテルを台所に呼ぶと、こっそり持って来ていたあるものを取り出した。それはさっき王子の話した、この前もってきてくれたジャガイモの残りだった。
「グレーテルはピーラ―で皮をむいて。ヘンゼルは包丁でジャガイモを薄く切ってね」
そして私はお鍋に油を張って温める。そんな私達の様子をお父さんとお母さんは首を傾げながら見ていた。
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