シンデレラとお菓子の家 8
どうして王子がここに?そう思った瞬間、それまで私を見ていた兵隊たちが王子に敬礼をした。
「エミル王子であらせられますね。視察に伺うことは聞いております。失礼ですが、この娘は王子のお知り合いで?」
「妃にしたいと考えている相手かな」
「王子!何を言ってるんですか!?」
こんな公衆の面前で王子相手に叫んでしまったけど、そんな私を責めないでほしい。サラッととんでもない冗談を言ったのだから、叫んでも仕方ないじゃない。ほら、驚いた兵隊達は私を見ているし、集まった村の若い女性は怪訝な顔をしている。
「え、あの子が王子様の婚約者なの?」
「あまりパッとしない。ていうか地味。全然釣り合ってないじゃない」
うるさーい。言われなくたってそれくらい分かってるわよ。それに舞踏会でドレスアップしていた子達ならともかく田舎村の貴女達だって私と似たようなものじゃない。
「王子、そう言う冗談はやめてって言ってるじゃないですか」
「僕は本気なんだけどな」
まだ言いますかこの王子様は!
よーし、こうなったら私だって仕返ししてやる。王子の悪戯を本気にしたフリをして困らせてやろう。
私は王子に近づくと、その胸に顔をうずめた。
「え、シンデレラ?」
よし、動揺している。やってみ分かったけど、これって思っていたよりずっと恥ずかしいな。
ギャラリーからは黄色い声が上がっているし、やらなきゃよかったと少し後悔している。だけどここで引いてなるものか。
「そんな事を言ったら……本気にしちゃいますよ。私は……王子の事が好きなんですから……」
ああ、生まれて初めての告白めいたセリフが、からかわれた事への仕返しというのも女の子としてどうなんだろう。
だけどこれも全部王子のせいだ。ふん、王子だってちょっとは反省すればいいんだ。
「本当かい、シンデレラ」
顔を上げると、王子は困惑した目で私を見ている。
「これ以上言わせないでください。王子は私の気持ちに、答えてくれるんですか?」
これでマズイと思った王子はバツの悪い顔をして、今までのは全部冗談だと言い、今後は悪ふざけも無くなるだろう。そう期待して王子の言葉を待っていたけど……
「勿論だよ」
「……えっ?」
おかしい。王子は予想に反して満面の笑みを浮かべている。そして私を両手で強く抱きしめた。
「お、王子!」
王子の力は意外に強く、動こうとしても中々引きはがせない。王子は私を抱きしめたまま嬉しそうに言う。
「これでやっと君を妃として迎え入れる事が出来る。結婚式はいつがいい?純白のドレスと、綺麗なガラスの靴を用意するよ」
待って待って待って!
どうして王子はそんなに乗り気なの?私は庶民だよ、今でこそちょくちょく会ってるけど、住む世界がまるで違うし、結婚なんてできるわけないよ。は、もしかして私の企みに気付いて合わせているのか?だったらもうちょっと粘って王子を困らせて……
「まさか君に好きだって言ってもらえるなんて、嬉しいなあ。まるで夢みたいだ」
無理です。こんな王子とこれ以上張り合うなんてできません。どうせ勝てない勝負ならこれ以上ダメージが増える前にさっさと降参しよう。
「王子、ちょっといいですか」
「なに?あ、ゴメン。強く抱きしめすぎちゃってたね」
王子は抱きしめるのを止め、私は王子の手から離れる。さて、潔く負けを認めようと、私は深々と頭を下げた。
「どうしたの、シンデレラ?」
どうやら王子はちゃんと負けたと言ってほしいらしい。悔しいけど、ここは観念して正直に謝ろう。
「ごめんなさい、仕返しをしてやろうなんて考えてしまった私が馬鹿でした。負けを認めますから結婚のビジョンを語るのは勘弁して下さい」
「……えっ?」
王子が驚いたように固まる。そういう気付いていませんでしたっていうノリはもう良いです。
「仕返し?負けを認める?どういう事?」
「もうとぼけなくても良いですよ。冗談を言う王子を困らせるために、私がその冗談に乗っかったことくらい気付いているんでしょう」
「冗談……なの……」
途端に集まっていたギャラリーがどよめいた。
「何あの子、さっきの全部冗談だったの?」
「しかも相手は王子様。何考えてるの」
「サイテーね」
反省しています。耳が痛いのを我慢して罵倒を一身に受ける。するとそれを助けるかのように王子が言った。
「ご、ごめんシンデレラ。どうやら君を困らせちゃってたみたいだね。皆、彼女を責めないであげて。元々僕が冗談を言ったのが原因なんだから」
するととたんに今まで私を責めていた人たちが静かになる。時に冗談は言うけれど、こうやって困っている時は助けてくれる優しい王子の事は好きだ。何だか王子の表情が酷く悲しげに見えるのが気になってしまうけど。
「あの~、王子。コントはその辺にして、そろそろこっちを何とかしてほしいのですが」
ずっと待たされていた兵隊さんがそう言ってきた。見るとそのそばではさっきのやり取りを見たヘンゼルやグレーテルも目を丸くしている。しまった、さっきの醜態をこの子達にも見せちゃったんだ。
「姉ちゃん、酷いね」
ヘンゼルの視線が痛い。もしかしたらこんな情けない人の弟子になんてなるもんかって思われたかもしれない。だとしたらショックだ。
私がショックを受けている横で、王子は兵隊さんと話し始めた。すっかり脱線してしまっていたけど、私がヘンゼルとグレーテルを誘拐したわけじゃ無いと説明してくれている。
「この子達は森で迷子になっていたのを僕の友達が、シンデレラが見つけて保護していたんだ。だよね」
「はい、ですから誘拐犯じゃないです」
「う~ん、するとこの子達の両親が二人を森の奥に置き去りにして、その後貴女が保護したという事ですか?」
そう言う事になるね。ヘンゼルとグレーテルのお父さんとお母さんは何も言えないでいる。するとそこで王子が口を挟んだ。
「置き去りにしたかどうかは、僕では判断できません。もしかしたら置き去りでは無く、森で遊んでいて迷子になっただけかもしれません」
え、二人が置いてきぼりにされたって話は、前に王子にもしたよね。すると王子はヘンゼルとグレーテルに近づいて言った。
「二人とも、お父さんとお母さんの事は嫌いかい?」
「それは……」
「……………」
二人とも黙ってしまった。すると、王子は今度は兵隊さんに言った。
「この場は僕に任せてもらえないかな。この子達とその親御さんを、少しの間借りたい」
「それは……貴方がそう仰るのなら」
「ありがとう、あまり時間はとらせないから。すみません、少し家を貸してもらえますか?」
王子に言われ、ヘンゼルとグレーテルのご両親が頷いた。
王子とヘンゼルとグレーテル、そしてその両親。五人が家の中に入ろうとした時、私は王子に言った。
「王子、お願い。私も同行させて」
彼等がどうなるか、やはり最後まで見届けたい。私の言葉を聞いた王子は、二人のお父さんに尋ねた。
「というわけですけど、構いませんか?」
「はい、そのお嬢さんにはヘンゼルとグレーテルがお世話になっています。私もお礼が言いたい」
「では、彼女も同行させます。行こう、シンデレラ」
王子に言われ、私たち六人は家の中へと入って行った。
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