再び、シンデレラとカボチャの煮付け 4

 お城に来た明くる日、私は念願だった厨房に足を踏み入れていた。そこにあったのは珍しい食材の数々。私は滅多にお目にかかる事が出来ないそれらに、思わず見とれていた。


「これって、甘いと言われているアワジシマオニオンですよね。それで、こっちにあるのはツバメの巣。ああ、薔薇のジャムまで」

 これらの食材を一度に目にすることができるなんて。ストックしてある食材を見ただけでも、ここのお料理のレベルの高さがうかがえる。

 私は昨日の棘姫さんとの会話の事などすっかり忘れて、ただ食材達を眺めていた。


「これらって、そんなに凄い物なの?」

 一緒に見学に来ていたエミルが聞いてくる。エミルが知らないのも無理はない。たとえばアワジシマオニオンはただの玉葱やと勘違いする人も多いだろう。だけどこれはグリム大陸ではめったに見られなかったり、作るのが難しいとされる珍味なのだ。

 薔薇のジャムはこの国の特産品で、グリム大陸一美味しいと言われているジャムの一種。これはその中でも高級の品のようで、色や艶が普通の商店に並んでいるものとは少し違う。さすがお城の厨房、良い品を使っている。

 しばらくそれらを眺めていると、この厨房の料理長の男性が声をかけてきた。


「アンタかい、ガラスの国から料理の勉強をしてきたっていう子は」

「はい。シンデレラと申します」

 ぺこりとお辞儀をすると、料理長は機嫌良さそうに笑顔を作る。

「アンタみたいに若いうちから料理を頑張っている子がいて嬉しいよ。俺もアンタくらいの頃は料理修業の旅をしたものだ」

 そういう料理長はだいぶ若く見える。実年齢は分からないけど、ぱっと見三十代半ばくらいだ。だけど気になったのは、彼が料理修業の旅をしていたという事。同じような事をしていた人に出会えたことに、私は嬉しくなる。


「実は私もここに来るまで、いろんな国で料理を勉強してきたんです。どこに行ってもその国ならではの味付けや調理法があって面白いですよね」

「何?アンタも修行の旅をしてたのか?けど、女の子が旅をするのは大変だっただろう」

「いいえ、楽しかったです。エミルも付き合ってくれたので、そんなに苦労はしませんでした」

 そう言って私はエミルを紹介する。エミルは「どうも」とお辞儀をした後、料理長に尋ねる。


「料理修業の旅をしていただなんて、さすが美食の国の料理長ですね。それって、百年前に眠りにつく前の事ですか?」

「いいや、十年くらい前の話だ。そもそも俺は、眠っていた人間じゃない。俺が生まれた時には城はすでに眠りに落ちていたんだ。この厨房に入ったのも、呪いが解けてからだよ」

「そうだったんですか。でも百年前、当時働いていたコックも眠らされていたはずですよね。という事は貴方は、呪いが解けてからの短期間で料理長になったという事ですか?」

 そう言いうことになる。その出世の速さに驚いていると、料理長は笑った顔をする。

「城が眠りについている百年の間に、料理も進化していったからな。今の時代に合った作り手が必要だったんだよ。俺が料理長になれたのは運が良かったからさ」

 そうは言うけど、それでも凄い事に変わりはない。感心していると、料理長は思い出したように言う。


「そう言えば、ここに入って驚いた事がある。実は城が眠りにつく前、東の国から取り寄せていた梅干しが残っていたんだよ。何と百年も前のものだ」

「百年前の梅干し!」

 私は思わず声を上げた。一方エミルはキョトンとした顔で私達を見ている。

「えっと、梅干しって何?」

「梅干しって言うのは東の国の食べ物なの。ちょっとすっぱいけど、結構癖になる味よ」

「へえー、そんな物があるんだ。けど百年も前の物だと、今はもう食べられないね」

 そう言うエミルに、私は首を横に振って見せた。普通の食べ物ならエミルの言った通り腐って食べられたものじゃないけど、梅干しは違う。

「エミル、梅干しって言うのは梅の実を塩漬けにした食べ物なんだけど、これの凄い所は保存状態さえしっかりしておけば腐らないって事よ。だから百年前の物だろうと、今でもちゃんと食べれるの。しかも漬け込んでおけば置くほど味が出るのよ。百年も前の梅干しだなんて、どんな味がするのかしら」

 興奮気味にそう言うと、料理長も目を輝かせてくる。

「アンタ、さすがによく知ってるな。どうだい、今度その梅干をおかずに、白いごはんでも食べてみるかい」

「良いんですか?ぜひお願いします。エミル、その時はエミルも一緒に食べる?」

「興味はあるけど…百年前の食材かあ」

 残念ながらエミルはあまり乗り気でない様子。まあいきなり百年も前のだけど大丈夫何て言われても、簡単には頷けないという気持ちは分かる。美味しい物だからちょっと残念だけど、無理強いするわけにもいかない。

 するとエミルは話題を変えるように料理長に話を振る。


「そう言えば修行中、印象に残った事ってありました?僕等は旅の途中で何度か騒動に巻き込まれて大変だったんですよ」

「印象に残った事ねえ……そうそう、あんた等の故郷、ガラスの国に行った時の話だ。あの時、信じられないくらいよく食べる女の子がいて驚いた事がある」

「よく食べる女の子ですか?」

 何となく嫌な予感がした。よく食べる、しかもその子に会ったのがガラスの国となると、凄く身近に心当たりがあった。

「その子って、そんなによく食べたんですか?」

「ありゃあ食べるなんて言葉では収まらないな。当時俺は食べ放題の店で働いていたんだが、まるで胃の中にブラックホールでもあるんじゃないかと本気で思ったほどだ。あまりにも食べすぎたんで、途中で店長がストップをかけたよ。あの時は泣きそうな店長に同情し、まだまだ食べたりないという女の子に腰を抜かしたなあ」

 料理長の話に、私とエミルは誰ともなしに顔を見合わせる。

「シンデレラ、もしかしてその女の子って君の義姉さん……」

「言わないで。間違いないだろうけど、聞きたくない」

 義姉さんは子供の頃からそんなに食べてばかりだったのか。泣きそうだったという店長さんの気持ちも分かる。そうしなければきっと大赤字だっただろう。


「きっと今頃は凄いフードファイターにでもなってるんだろうな。アンタ、心当たりは無いかい?」

「ちょっとわかりません。ガラスの国は広いですから」

 まさか義姉だとも言えずに知らないふりをする。

 ちなみに城下町にある食べ放題ビュッフェの店の価格表には義姉さんの名指しで特別料金が設定されている。たしか男性料金の十倍はあったはずだ。

 私が無事にお店を開けたとしても、食べ放題だけはやめておこう。義姉さんの事だから家族割引にしろと言っては毎日店に通うだろう。そうなると潰れてしまうのは火を見るよりも明らかだから。


「他には、他の国では何かありませんでしたか?」

 姉さんの事をこれ以上話したくなくて、急きょ話題を変えようと喋り出す。

「他にはそうだなあ、俺やあんたと同じように料理修業の旅をした事があるっていう人の元で働かせてもらったことがあったな。紫ずきんという人だ」

「紫ずきんさん!」

 それって、赤ずきんのお婆ちゃんの紫ずきんさんの事だよね。

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